第37話:ダブルブッキング

 新たな山賊の登場に一番不意をつかれたのは甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーとタルワールであった。そしてこの新たな山賊に対応するため、二人はまるで息の合った恋人のように同じタイミングで剣をひく。


「あなた達は、いったいどれだけ多くの人の恨みをかっているんだ」


 甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーは呆れ顔でそう言った。もちろんタルワールも呆れ顔だ。しかし甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーは、騎士というだけあって自分の仕事に忠実な男であった。


「残念ながらこの二人の荷物は我々が予約済だ。お前らは次の旅商人を襲って自分の稼ぎを確保するがいい」


 甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーは、山賊らしい台詞を新たに現れた革の鎧を着た山賊・・・・・・・・の四人に言い放つ。どうでもいいことだけど、甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーって、渋みがあって、結構いい男よね。


「そうはいかない。我々も、そこの女とそこの女が持っている荷物を絶対に手に入れなければならないんだ。譲る事はできない」


 私を絶対に手に入れなきゃならないんだって、きゃー、私モテてる。この点だけでも革の鎧を着た山賊・・・・・・・・の方が好印象ね。どうしても荷物を手放さないといけない状況になったら、断然、革の鎧を着た山賊・・・・・・・・に、私、荷物を渡しちゃう。


 「待て」と短く甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーが革の鎧を着た山賊・・・・・・・・に話しかける。


「ここで俺達が潰しあっても意味がない。この女とこの二人が持っている金はすべてお前たちに渡そう。そして俺たちは荷物をいただく。この条件で折り合うことはできないか?」


 私たちそっちのけで革の鎧を着た山賊・・・・・・・・と甲冑を着た山賊・・・・・・・の交渉が始まっている。でもこれはあまりにも不公平だ。この場には甲冑を着た山賊・・・・・・・革の鎧を着た山賊・・・・・・・・と私とタルワールの三陣営がいるのだ。話し合うのであれば私とタルワールも入るべきであろう。私たちだけが武力ですべてを奪われる役回りというのは、シナリオ的にいささか無理があるのではなかろうか。


「それはできない。俺もお前たちと同じで、この女が持っている先物証書が狙いだ。こいつらが持っている端金なんぞに興味はない」


「先物証書?」


 甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーは不思議そうに首を傾げる。


「とぼけるな。この女が持っている木材二十万トン分の先物証書のことだ。我々はその荷馬車にある青い箱に入っている先物証書にしか興味がない」


 そう革の鎧を着た山賊・・・・・・・・のリーダーが叫ぶと、一瞬周りの空気が凍りつく。そして、次の瞬間、「二十万トン?」と甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーとタルワールはすっとんきょんな声を上げる。


「おい、リツ、二十万トンてなんだよ。まだ木材はあるって、確かにそう言っていたと思うが、いくらなんでも二十万トンは多すぎるだろう。そんな量の木材どうするんだ」


「どうするって、安かったからまとめて買っておいただけよ。ほら、今、高く売れるし、いい買い物でしょ?」


 そう私が答えるとタルワールは呆れ顔で天を仰ぐ。


「そりゃドミオン商業ギルドに嫌な顔をされるわけだ。どこの街に二十万トンの木材を保管できる倉庫があるっていうんだよ」


 どうやらタルワールは、私がドミオン商業ギルドで邪険に扱われていた理由のすべてを悟ったようであった。


「ごちゃごちゃうるさい。はやく二十万トン分の先物証書をよこせ」と革の鎧を着た山賊・・・・・・・・のリーダーが言う一方で、「先物証書の二十万トンという話は本当か?」と甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーが私を問い詰めてくる。もう収拾がつくような状況ではない。三者三様、自分の好きなことを言うだけで誰も質問に答えようとしない。そして無為な時間だけが流れていく。でも、こんな無駄な時間を過ごしたのも久しぶり。これもこれで悪くないかもと私は心の中でつぶやきながら、今の状況を結構楽しんでいた。


 さて、永遠に続くと思われた無駄な時間を打ち切ったのは、甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーであった。さすがアルマヴィル帝国騎士の統率力といったところね。一方、元シルヴァンの大隊長さまはうろたえているだけね。


「もし二十万トン分の先物証書がこの荷馬車にあるとすれば、我々は引くことができない。なぜなら我々が受けた命令は、木材に関わるすべての物を持ってこいというものだからだ。当然、この命令には先物証書も含まれる。すまないが、この場は我々を立てて先物証書と木材のすべてを譲ってほしい。そのかわり後日になってしまうが、それに相当する金銭をあなた達に提供することをお約束しよう。これが我々のできる最大の譲歩だ。もしそれが受け入れられないというのであれば、我々は力に訴えるしかなくなる」


 この甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーの一言がこの場の混乱を収拾すると、同時に緩み切った空気を一気に引き締めた。しかし、この提案に革の鎧を着た山賊・・・・・・・・のリーダーは納得できないようであった。


「あなたたちの事情は理解したが、我々の事情も理解してほしい。我々が交わした契約は、この女の生死を問わずスムカイトに連れて帰る事と、この女がもつ二十万トン分の先物証書を手に入れる事だ。元々、我々が二十万トン分の先物証書の話をしなければ、あなたたちは木材を手に入れるだけの任務であったはずだ。だからあなた達は我々から先物証書の話を聞かなかったものとして木材のみを持ち帰り、我々は先物証書とこの女を持ち帰る。これでいいのではないか」


 私の命と私の荷物が奪われることは横に置いておいて、この革の鎧を着た山賊・・・・・・・・のリーダーが提案した理屈が持つ説得力に私はいたく感心した。もしかしてこの人、名うての商人かも。私がそう思った瞬間、甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーは首を強く横に振った。


「確かにあなたの言う通り、先物証書の話を知らなかった時点であれば、我々はその妥協案を受け入れることができたであろう。しかし今はそれを知ってしまっている。一度知ってしまったことを都合よく忘れることは騎士道に反する行為だ。私は、私自身の誇りにかけて、その提案を受けいれることはできない」


 カッコいいセリフだけど、山賊をやっている人が騎士道とかなにかの冗談かな?と私は笑いをこらえるのに必死であった。しかも言っている本人がその矛盾に気がつかず、堂々と真剣に話しているさまは喜劇以外の何物でもない。私は心の中で大笑いしていたものの、その一方で、この状況を利用してこの場を切り抜ける方法を必死に考えていた。

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