第36話:決闘!

「おい、リツ、これはなんだ?」


「これはなんだ、と言われても、山賊?」


 タルワールの質問に対し、私は疑問形で即答する。


「落ち着いているな、リツ。狼の時と違って取り乱していないから安心したぞ」


「そりゃ、どうも」


「ところでだ。さっき山賊対策をしているとか言っていなかったか?」


 タルワールは、この場でもっとも正しいと思われる質問を私にぶつけてくる。


「ちゃんとしているわよ。だけど山賊に会わなくてすむような対策をしている、って一言も言ってないでしょ?ちゃんと話聞いてた?」


「ちょっと待て。山賊対策といったら、普通、山賊に会わないような対策をするもんだろ?そうでなければ、リツはどういう対策を用意していたんだ?」


「だからそれは、これからするんだけど、じゃなくて、もうしているはずなんだけど、なんで今そんなこと聞くの?」


 私とタルワールは思わずお互いに見つめあう。とにもかくにも、タルワールが落ち着いているのは心強い。私は平静に見せるのが精一杯で、足がすくんで一歩も動けないもの。結局、狼に襲われた時と何も変わっていない。我ながら全然進歩がない。


「おいおい夫婦漫才はそろそろやめにして、こっちの話を聞いてくれないか?」


 ふいに蚊帳の外にいる山賊のリーダーらしき人物が、呆れ顔で私たちに話しかけてくる。


「残念ながら夫婦ではないんだな。なんというか契約上のパートナーみたいな感じか?」


「ちょっと、ひどいじゃない。残念ながらって、どういう意味よ。私じゃ物足りないって言ってるの?」


「おいおい若い女性が物足りないとか。変な勘違いされたらどうするんだ?」


 タルワールにそう言われてはじめて、私は自分がとっさに言った言葉が持っている可能性に気がついた。ちょ、ちょっと、そういう意味じゃない。だって私は、まだ。

そんなことをマゴマゴ言っている私を横目に、タルワールは颯爽と荷馬車から飛びおりると、腰に下げている剣を鞘から抜いて山賊の前に立ちはだかった。こういう時だけは、騎士らしい風格と無駄に甲冑を着ているタルワールが頼もしく思えてくる。今日だけはめてあげる。心の中でだけど。


「ところで俺たちに何かようか?」


「その荷台の荷物、ここに置いていってもらおうか。そうすれば命だけは助けてやろう」


 山賊は、山賊のお手本と言うべきテンプレートの台詞を吐いて私たちに迫ってくる。だけど、こればかりは応じるわけにはいかない。だってこのテンプレート、一番大切なものが抜けているじゃない。


「ちょっと待って。なんで荷物を要求しておきながら私を要求しないの?こういう時って、荷物と女を置いていけって言うものよね?なんであなた達は私を要求しないの?私のことなめてるの?私って、どうみても若いし、かわいいし、童顔だし、こんな木材よりも商品価値が高いとなんで思わないの?」


 私の怒りの方向音痴ぶりに甲冑を着た四人の山賊は虚をつかれ、ポカーンと間が抜けた表情を浮かべていた。そしてタルワールは、呆れ切って頭を抱え、天を仰いでいた。


「リツ、お前、さっき自分でも言っていただろう。こいつらはアルマヴィル帝国の正規兵だって。そしてこの立ち振る舞いは間違いなく騎士のものだ。どの国の騎士でも騎士道から外れる行為、つまり女性に手を出すという行為はしない。つまり、なんだ、お前の魅力とかなんとかは、この際関係がないってことだ」


 このタルワールの一言で甲冑を着た山賊・・・・・・・達に動揺が走る。


「黙っていても無駄だ。俺はシルヴァンの騎士だ。お前らの甲冑なんか見飽きている。かかってきな。少し早いが、あの戦争の恨み、ここで存分に晴らしてやる」

タルワールは語気に明らかな怒りを込めて山賊達を挑発する。


「そうか、お前は俺たちの正体を知っているのだな。そうであれば生かして返すわけにはいかない。誇り高きシルヴァンの騎士よ。最後に名前だけは聞いておいてやろう」


 甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーらしき人物は、そう言って両手剣を構え、タルワールの正面に立ちはだかる。


「俺の名はタルワール。元シルヴァン六番大隊長、タルワールだ。お前の名は?」


「すまない。今の任務の都合上、俺は自分の名を名乗ることはできない。しかしタルワール。戦場で戦った勇者達と同じく、俺はお前を斃した後、その名前くらいは覚えておいてやろう。ここで騎士としての生涯を全うし、今後は俺の記憶の中だけで生きるがいい」


 甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーは他の三人には手をだすなと伝えると、タルワールの前にゆっくりと歩み出る。どうやらタルワールと一対一の決闘をするつもりらしい。これが騎士道というものね、かっこよすぎるじゃない。そんな私の思考世界のヒロイズムをよそに、現実世界では、タルワールと山賊のリーダーの殺し合いが今まさに始まろうとしていた。


 私の目の前で行われている光景は、騎士道を何も知らない私にでもすぐにわかるような、独特で、まるで細い一本の糸が張り詰められたような、そんな非日常の緊張感を醸し出し、周りの空気の熱を一気に奪っていくような冷徹な雰囲気に包まれていた。まるでこれから起こる一つ一つの事象が、冷たく、そして鋭く、恐ろしいほどの緊張感をもって積み重なっていくような、そんな凄みを持っていた。


 なんの合図もないまま、それは急に始まった。一合、また一合。剣と剣が打ち合う甲高い金属音が森を包むと、徐々に周りの空気を重く、さらに重く圧縮していった。まさに見ている周りの者の呼吸すら困難にするほどの緊張感、そんな一進一退の死闘が目の前で繰り広げられていく。とその時、ふいに甲冑を着た三人の山賊の後ろから革の鎧を着た四人の男が現れたかと思うと、大きな声でこう言った。


「そこの男と女、死にたくなければ、いますぐ荷物をすべて置いていってもらおうか」と。

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