第35話:山賊の正体は?

 とりあえず考え直してみよう。この七か月間、何度も何度も考えてきたことだし、抜けはないとは思うんだけど。うーん、やっぱり抜けがあるとは思いたくない。少なくとも私が考えられる範囲でやれる事はやったはずだし、それが証拠に狙った証書は手に入っている。問題ないと思うんだけど、もしそれをすべてひっくり返す何かがあるとすれば、


「でも、どんなに頑張っても、商人の力じゃどうにもならない事もあるわ」


「国の力だろ?俺は軍事力という国の力によってすべてを奪われたばかりだから、よくわかるよ」


 タルワールは即答し、自嘲気味に笑う。しまった、大失敗。タルワールは戦争で故郷を奪われたばかりじゃない。さすがにこれはデリカシーがなさすぎる。


「おっと、すまない。余計なことを言ってしまったな。毎度一言多くて本当にすまない。とりあえず安心しろ、今回のリツの仕掛けがどんなものなのか俺には想像がつかないし、まだ誰もリツの仕掛けには気がついていないと思うしな」


「え、なんでそう思うの?」


 タルワールの意外な言葉に私は驚き、興味本意でタルワールの考えを問うてみる。


「なに簡単な話さ。俺が思うにリツの考えた仕掛けは、最初の一回しか通用しないが、大きくもうけることができる仕掛けだと思っている。そうでなければ、狼に襲われたくらいで号泣するメンタルしか持ち合わせのないリツが、こんなリスクの高い旅をするわけないからな。そしてこの仕掛けは、今のところうまくいっている。それがこの仕掛けに誰も気がついていないという証拠さ。もし誰かに気がつかれていたら、今までに何かしらの妨害を受けているはずだからな。どうだ、なかなか良いところをついているだろう?」


「そうね。当たらずも遠からずって感じね」


 さすがタルワール、なかなかに鋭い。でも落ち着いて考えてみれば、確かにタルワールの言う通りなのかもしれない。もし誰かが私の仕掛けをすべて読んでいて、その裏をとって私から大金を奪おうとするのなら、今回の仕掛けの性質上、それを実行するには莫大なコストがかかる。つまり、赤字になる可能性が高いのだ。そんな間尺に合わないことを誰がするのであろうか。この仕掛けは、明らかに自ら仕掛けた方が成功率は高いし、利益も大きい。つまり、裏を取るために誰かが仕掛けるのを待つという戦略は取りづらいのだ。もしそれでも裏を取りに行くことにこだわる者がいるとしたら、それは利益を度外視した、私に対して個人的な恨みがあるケースしかない。そしてそのケースですら、今のところ兆候すらない。つまり結論だけ見れば、タルワールの意見が正鵠を射ている可能性が高いというわけね。


 さしあたりは、この木材をシルヴァンに届けることに集中するとしますかね。私は心の中でそうつぶやいて、この件についてこれ以上考えることをやめた。大局観さえ間違っていなければ、目の前にあることを一つずつ積み重ねれば利益に辿り着くのが商人の仕事だ。今は目の前の一つ一つをやり切ることだけを考えていれば良さそうだしね。


 そう考えた私は心に力を込め、再び前を向く決意をする。そしてそんな私を見て、タルワールはほっとした表情を見せる。


「ところでリツ。今回の旅、ちゃんと勝算があってやっているんだと思うんだが、この後、襲われる予定の山賊については、どんな仕掛けを打っているんだ?」

急にタルワールにそう問われ、私の手綱を持つ手が一瞬固まる。


「な、なんのこ、とかし、ら」


「隠さなくてもいい、襲われる可能性の低い狼に対してならともかく、襲われる可能性の高い山賊に対して、リツが手を打っていないわけないからな」


 タルワールのこの一言に、私は「ふぅ」と思わず大きなため息をつくと「ご明察おそれいります」と肩をすくめ、降参のポーズをしてみせた。


「では話を戻そう。リツは山賊に対してどんな手を打ったんだ?いや違うな。リツは山賊の正体に察しがついているんじゃないか?そして、それを分かった上で対策を考えている。おれはそうにらんでいるんだが、どうかな?」


 タルワールはそう言って全身で好奇心を表現すると、ジリジリと顔をよせて迫ってくる。私はその迫力と洞察力に圧倒され、仕方なく正直にすべてを話すことにした。


「私がタルワールに隠しごとをするのはもう無理みたいね。そう、タルワールの言う通り、私は山賊の正体に察しがついている。その正体は、タキオン商業ギルドが雇ったアルマヴィル帝国の正規兵かそれに準ずるもの。そして、この結論を裏付ける証拠も結構ある。例えば、山賊の目撃情報。この街道、早馬が結構な頻度で通るけど、不思議と早馬による山賊の目撃情報がない。さすがにそれはおかしいと思うの。つまり山賊は、早馬が通る時間を正確に把握している。そして早馬の時間を正確に把握できるのは、早馬を共同経営しているスムカイトとシルヴァンの両都市に店を出している商業ギルドだけ。つまり黒幕はどこか大手の商業ギルドになるの。そして山賊に襲われた商人にも特徴がありすぎる。ここ二か月で襲われた商人は、すべて木材を輸送していた商人なの。木材を奪った所で高く売れる場所はシルヴァンしかないのにね。そしてシルヴァンで木材を扱えるのはタキオン商業ギルドだけ。つまり山賊の後ろにいるのはタキオン商業ギルド。それ以外考えられないのよ」


 私の説明にタルワールはうなずきつつも、頭の中の霧が晴れないような表情を浮かべていた。そしてしばらく考えた後、一つの疑問を私にぶつけてくる。


「黒幕はタキオン商業ギルドということはわかった。しかしタキオン商業ギルドは、なぜ山賊を雇うのではなく、アルマヴィル帝国の正規兵を雇っているんだ?」


 「そんなの簡単よ。タキオン商業ギルドが木材の輸送を旅商人に依頼しておいて、その旅商人から自分自身で木材を奪うのよ?こんな自作自演がばれたら大変なことになるじゃない。そうさせないために絶対の信頼をおけるものに仕事を任せたかったのよ」


「なるほど、それでタキオン商業ギルドの背後にいるアルマヴィル帝国の正規兵に白羽の矢がたったというわけか。それはそれでわかったんだが、どうしてタキオン商業ギルドやアルマヴィル帝国はこんなアコギなことをしているんだ?」


 そう問われて私は少し考え込んだものの、すぐタルワールに返答した。


「単純にお金がないからだと思う。タキオン商業ギルドは建築資材をシルヴァンで独占販売する権利を持っているけれど、裏を返せばシルヴァンに建築資材を安定して供給する義務を持っていることにもなるの。つまり、たとえ木材の仕入れがままならない状態だとしても、流通を守るために赤字覚悟の高値で買いつけなきゃいけないし、ある程度適切な価格で売らなければいけないの。だから、この木材不足を打破できる可能性がある旅商人が持つ二割という枠は、タキオン商業ギルドにとってかなり魅力的に映ったはずなの。だからこんな手紙を届けるついでに木材を買い取るという詭弁を用いた契約をしてでも、この枠で木材を手に入れようとしたんだと思う。でも、それだけでは赤字を補填することはできなかった。そこで考えたのが、山賊に襲わせて木材をタダで手に入れるという方法なの。わかった?」


 私はそういってタルワールにウインクして見せると、タルワールは大きくうなずいた。よかった、なんとか誤魔化すことができたみたい。


「しかし、リツの洞察力は大したものだ。ここまでの事に推論だけで辿りつけるのだから」


 タルワールは驚きの表情を隠しきれていない。


「試すようなことをしてすまなかった。結論から言えば、山賊の正体はリツの言う通りアルマヴィル帝国の正規兵だ。これは実際に山賊と対峙した騎士仲間から聞いた話だから間違いない。しかし問題はここからだ。その山賊に対しリツはどんな手を打っているんだ?」


 「それは」と私が言いかけた時、四人の甲冑に身を包んだ男たちが、私たちの目の前に飛び出してきた。


「止まれ、そして、荷物をここにおいていくんだ!」


そう、私たちが待ちかねた山賊の登場であった。

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