05.絡み合う陰謀の糸
第34話:つまり、こういうことだろ?
「こう振り返ってみると、結構、色々な事があったんだな」
とタルワールは他人ごとのように私に感想を述べる。
「そうね。色々あったわね」
と私は自分ごとをしみじみと振り返る。
結構長く話をしたものだからもう喉がカラカラだ。話をはじめたのが日の出近く、話が終わったのが今。太陽はもう南の空に近づきつつあるし、あっという間に昼前だ。こう考えると六月一日って結構大変な一日だったのよね。ボリュームが多すぎて、話しきるのにこんなに時間がかかっちゃった。この間にシルヴァンとスムカイトを行き来する早馬と何度すれ違ったか、とても数えきれたものじゃない。
「いろいろな話を聞かせてもらえたのはありがたかったんだが、わからない事だらけだ。結局、俺が理解できたのは、商人というのは難しい事をしているんだなってことだけだ」
「え?それだけ?」
「そう、それだけ」
タルワールはそっけなく答える。うーん、やっぱり私の説明が悪かったのかな、自信なくなるよ。そんな思いが私の表情に出ていたのであろうか、私の顔を見たタルワールは申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
「すまなかった、リツ。そういう意味ではないんだ。リツの話が分かりにくいとか、話が分からないとか、そういう意味ではないんだ。なんというか、住む世界が違うという感覚さ。たとえば、今から俺が騎士道とかいうものを二、三時間かけてリツに話したとするだろ?でもリツはきっとそれを理解できない。それどころか信じられないという反応をするのだと思う。それと同じさ。結局、人という生き物は、自分が一番大切にしているものしか理解ができないようにできているのさ。そして俺とリツでは一番大切にしているものが違う。それだけのことさ」
うーん、わかったような、わからないような。なにかこうモヤモヤした気持ちだ。タルワールはそんな私の表情を見て天を仰ぐと、もう一度私に説明をしはじめた。
「これも俺の説明が悪かった。すまなかった」
「つまりこういう事さ。たとえば、もし俺がリツの話を聞いて、それを一回で理解し、すべてを分かってしまったとしたらリツは困らないか?つまり、これはそういう話さ」
私はますます理解ができなかった。一回ですべてが分かるように説明ができたら、それはそれで困らないし、一回ですべてが分かったとしたら、それはそれで問題ない気がする。うーん、やっぱりわからない。私は、自分の思考がどんどん霧の深い方に向かっていくような錯覚を覚えていた。うーんと真剣に考える私の表情を見て、タルワールは何か拍子抜けしたような表情を一瞬見せるも、それも一瞬で、すぐにゆったりとした笑顔に戻る。
「意外だが、リツは本当に気がついていないんだな。細かい所に気がつく割には大きな所を見逃すというか。まぁ、それが商人としていいかどうかはわからないが、それは女性としては代え難い魅力だと思う。大切にしろよ」
「だれが」と私が反論する前に、タルワールは人差し指を自分の唇にあて、静かにするよう無言で私に語りかける。
「俺がこの旅で、リツの話を聞いて理解ができたのはこういう話だ。少し長くなってしまうかもしれないが、我慢して聞いてくれ」
「俺がリツの話を聞いて感心したのは、商人という人間の考え方についてだ。商人というのは常に利益を追い求める。そして商人が最も大きな利益を得る方法の一つが独り占め、つまり独占するということだ。だから商人という生き物は独占を目指すのだと思う。今回の話でいくとタキオン商業ギルドがその独占をおこなっている業者というわけだ。しかし独占というものは、タキオン商業ギルドがアルマヴィル帝国の力を借りたように、政治の力がないと難しいんじゃないかと思う。独占を目指す商業ギルドが世界中にあるのだから当たり前なのかもしれないけどな。だから次に商人が目指すのは
タルワールはそう言って私の方を向いて軽く頭を下げる。
「結局、商人の目的は、自分が一番
私はタルワールの問いに黙って
「商人が独占するために一番大切な事はいち早く
そう言ってタルワールは私の顔を
「残念ながら」
私は、両手のひらを天に向けた。
「そこまで高く評価していただいて光栄なんだけれど、私はそんな立派な商人ではない。もし私がタキオン商業ギルドやドミオン商業ギルドを手玉に取れるような商人だとしたら、こんな所で旅商人なんかしているわけないじゃない」
私はそう言って笑顔をタルワールに向けたものの、タルワールの洞察力には心底感心した。なぜなら、タルワールが言ったことは、商人というものの根幹を指摘したものであったからだ。そして、タルワールは私の仕掛けもすべて洞察しているのではないかという恐怖にも襲われた。つまり、私が商取引以外の事は客観的に分析ができるように、タルワールも自分の分野以外の事は客観的に分析ができるということだ。そこに思いが至った私は、急に不安に襲われ、キャロルの手綱を持つ手にぎゅっと力を込めた。
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