第33話:再びドミオン商業ギルド②

「お待たせしました、リツ様。この十トンの木材どうしましょうか?」


 担当者は、数台の台車と数人の工員を連れ、私の元に戻ってきた。見慣れているとはいえ十トンの木材は何度見ても圧倒される。


「まず二トンの木材をこの荷馬車に積んでもらえませんか」


 そう言って私が自分の荷馬車の荷台を指さすと、ドミオン商業ギルドの工員はそそくさと木材を私の荷馬車に載せはじめた。私はそんな様子を何気なく見つめていたが、ふいに一人の工員が私に話しかけてくる。


「リツ様、荷台に置いてあるこの綺麗な青い箱、どこに置けばよろしいでしょうか」


 そう言いながら青い箱を持つ工員に対し、私は大いに取り乱し、大きな声で「ダメ」といって工員の手から青い箱を取り上げた。そんな私の取り乱しように驚いたのか、工員は目を丸くして私の顔をじっと見つめてくる。さすがにこれはまずい、そう考えた私は、この状況を少しでも良くできるよう、できる限りの優しい声で工員に話しかけた。


「これには大切な書類が入れてあるから、触らないで、ね」


 ただ、あんな姿を見せてしまった後では、どんな態度をしたところで印象が変わるわけがない。焼け石に水だということは分かっているけど、やれることはやっておかないとね。でも折角だから、そう考えた私は、ショルダーバッグから鍵を取り出し、青い箱の鍵を開けると、先ほど担当者がくれた自由売買を保証する証書を入れて蓋を閉め、それをショルダーバッグにしまいこんだ。そして、そんな様子を見ていた担当者は、なぜか呆れ顔で私に話しかけてきた。


「その青い箱はどうでもいいですから、残りの八トンの木材、どうするか決めてください。すぐにでも国内業者との取引で使用するんですか?」


 まったく、国内でしか取引できない木材なんて、ダブついて誰も買いたがらないことを知っていてこんなことを言うんだから、ほんと性格が悪い。私は心でそう悪態をついた。でも、こんなところで嫌味を言いあっても何にもならない。こういう時大切なのは笑顔、笑顔っと。


「そうね。今のところ国内の業者で取引先が見つからないから、しばらく貸倉庫に預けるつもりよ」


 私は再び満面の笑みを担当者に向ける。しかし場の空気は変わらない。担当者はただ冷たく、事務的な回答をするのみ。


「リツ様もご存知の通り、我々の倉庫は木材で一杯の状態でして、我々が倉庫をお貸しすることはできませんが、よろしかったでしょうか?」


「はい、それは大丈夫です。残りの八トンの木材は、こちらの貸倉庫にあずける予定です。問題なかったでしょうか?」


 私はそう言って、先ほどタキオン商業ギルドでもらってきた貸倉庫契約の契約書を担当者に手渡した。担当者は「拝見しましょう」と短く言って契約書に目を通しはじめたが、すぐに表情が曇る。


「タキオン商業ギルドですか。さすがにこれは厳しいですね」


 怒りを必死に押し殺していたであろう担当者から、ついに怒りの感情がこぼれ落ちる。私はそれを察知し、できるだけ丁寧な言葉を選びながら説明する。


「このスムカイトで空き倉庫となると、ここぐらいしか無いのです。ただランカラン王の勅令は、あくまでも売買契約の禁止です。所有する木材を保管する貸倉庫契約であれば問題ないと思います。また、この契約はドミオン商業ギルドにとっても良い契約になるはずです。なぜなら、この契約によってドミオン商業ギルドの倉庫に少しは空きができますし、タキオン商業ギルドの空っぽの倉庫も少しは満たされます。ドミオン商業ギルド、タキオン商業ギルド、双方にとって悪い取引ではないはずです」


 私のこの言葉に、担当者は今日初めての表情を見せ、しばらく考えこむ。


「リツ様のご要望は理解しました。確認してまいりますので、しばらくお待ちください」


 怒りを抑えた口調で担当者は私にそう告げると、再び倉庫の奥に消えていった。うーん、やっぱり私、相当恨まれているみたい。ドミオン商業ギルドとタキオン商業ギルド、両者に利益がある提案をしたのに、それでもあの表情か。


 私はため息を一つついて、自分の荷馬車の方に視線を移す。するとそこには、木材の搬入を手伝うタルワールの姿があった。こういう時、私も搬入の手伝いができれば、少しでもこの場の空気を変えられるのにね。腕力というか、力がない自分がほんと恨めしい。だって、今、私にできることって、この場で立ちつくして担当者の帰りを待つだけなんだから。


 タルワールとドミオン商業ギルドの工員が、二トンの木材を荷台に乗せ終わった、ちょうどそんな時、担当者が倉庫の奥から戻ってきた。意外なことにその顔はいままでの厳しい顔ではなく、多少の笑顔が含まれており、私は少しほっとする。


「ただいま確認したところ、貸倉庫契約であれば問題ないとのことでした。我々が八トン分の木材を運べる馬車を用意しますので、残り八トンの木材、今すぐタキオン商業ギルドにあずけてきてもらえませんか?」


「は、はい」と私は短く返事をする。よかった、一番心配していた貸倉庫契約の件、なんとかなったみたい。私は心底ほっとしたものの、こういう所で油断して足元をすくわれた経験は何度でもある。慎重に事を進めないとね。そう考え直した私は、緩んだ気持ちを無理やり引き締めた。


「はい、先方は営業時間内であれば、いつでも構わないと言ってくれていますので大丈夫だと思います。あと、馬車の賃貸料はいくらお支払いすればよろしいでしょうか?」


「いえいえ、今回の賃貸料は我々の方で持たせていただきますので安心してください。それでは、この賃貸契約の証書にサインをお願いします」


 担当者はそう言って私に証書を差し出したが、私がサインする前に、木材の搬出口には荷馬車がつけられ、残り八トンの木材が荷台に乗せられ始めていた。私はあまりにもの展開の早さに驚いたものの、意外とは思わなかった。つまり私が思っている以上にドミオン商業ギルドの倉庫には木材があふれているということなのであろう。であるならば、


「この証書にサインをする前に一つ相談があります。ご存知のとおり、私はまだ木材の先物証書を持っていまして、今後同じような取引をさせていただきたいと考えています。しかし、毎回このように手続きに時間がかかってしまっては、時間をお金に変えることを生業なりわいとしている私たち商人にとって有益であるとは思えません。そこでどうでしょう。証書の料金はお支払いしますので、タキオン商業ギルドとの貸倉庫契約を今後も認める証書をいただけませんか?その証書があれば、今後の木材の搬出はスムーズに進行すると思うのですが」


 私は、私ができる精一杯の誠意を込め、担当者に頼みこんだ。すると商人同士特有の沈黙が私と担当者を包む。このジリジリとした緊張感、何回経験しても好きになれない。


「わかりました、いいでしょう。このアルフラムが責任をもって証書を発行させていただきます。我々も倉庫一杯に積み上げられた木材にウンザリしていたところです。倉庫に空きができれば、新たに商品を仕入れることができます。回転率を上げることは商売では大切なことですからね」


 そう言ってアルフラムは右手を差し出した。そして私は、契約を焦っていることを見透かされないよう、できるだけゆっくりとアルフラムの右手をとった。

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