第32話:再びドミオン商業ギルド①

「クテシフォン商業ギルドのリツ様。木材の搬出口までお願いします」


 受付の方から私を呼ぶ大きな声。どうやら私の順番がきたみたい。タルワールとの楽しい会話もここまでね。私は長椅子から立ち上がり、タルワールと共に木材の搬出口へと向かう。さすが木材の搬出口と言うだけあって、その周辺は鼻の奥に残るような深みのある乾いた木の香りで満たされている。ほんとこの香りって、心に残っていたよくないものを洗い流してくれるような、そんな清々しい気持ちにさせてくれるのよね。私はそんな木々の香りを胸いっぱい吸い込むと、今日もあと少し頑張るぞっと自分を奮い立たせる。木材の搬出口に着いた私は、さっそく担当者に先物証書を手渡して、十トン分の木材搬出を頼んだ。


「確かに証書は確認させていただきました。今から十トン分の木材を用意させます。でもリツ様、今回引き出す木材はこの十トン分だけでよろしいのですか?」


「はい、とりあえず今回はこの十トンだけです。あとは後日、取りに伺います」


 怪訝そうに証書を見つめながら、親しみを一切感じさせない担当者に、私は目一杯の笑顔で応じた。しかし、私の渾身の笑顔をもってしても、担当者の眉間からシワを取ることはできなかった。


「確かに木材の引き取り期日まで多少の時間がありますので構いませんが、先物証書の件、できるだけ早めに処理してください。わざわざ委任状を使用した代理人の引き取りまで認めているのです。早くしてもらわないと我々も困るのです」


「わかっています。なんとか期日の今月末までに処理するようにします。それまでしばらくの間、ご迷惑をおかけしますが、お許しください」


 引き続き、私は精一杯の笑顔と全力の申し訳なさそうな声で応えたものの、担当者の表情は一切緩むことはない。


「しかし、リツ様。本当にあの量の木材を引き取れるんですか?最悪、我々が引き取ることになったとしてもお金は払えませんよ。ほんと迷惑しているんですから」


「大丈夫です。ちゃんと引き取りますから安心してください」


 私が自信満々でそう答えたものの、担当者は疑念の表情を一切隠すことなく、私の顔をじっと見つめてくる。これって、私のかわいさのせい・・ではなく、図々しさのせい・・よね。大丈夫、大丈夫、勘違いはしないから。


「では、身分証明書をお見せください」


 私は、目の前にいる不機嫌そうな男に言われるがまま、胸元からロケットを取り出して、その中身を見せる。


「はい、クテシフォン商業ギルドのリツ様ですね。確認させていただきました。さて、リツ様であれば当然ご存知のことでしょうが、規則ですので一応確認させていただきます」


「あなたはクテシフォン商業ギルド所属の旅商人ですので、ランカラン国王による勅命の特例措置を受けることができます。つまりこの十トンの木材のうち二割、二トン分の木材は自由に国外に持ち出して売買することができます。しかし残りの八トンの木材、これは来年の五月一日までランカラン王国内で、ランカラン王国内資本の業者としか取引ができません。もちろん国の外に持ち出すこともできません。それをゆめゆめお忘れなきように」


「はい、わかっています」


 私が短くそう返事をすると、担当者は書類を取ってくると言って、奥の事務室へ歩いていった。それを見た私は、ふぅと大きなため息をつく。私って、根が臆病で純朴だから、こういう悪意ってこたえるのよね。ま、自分で言うことじゃないかもしれないけれど。


「お待たせしました」


 しばらくすると、二枚の羊皮紙をもった担当者が戻ってくる。どうやら二つとも何かしらの証書のようだ。


「では、リツ様。この二つの書類にサインをお願いします。こちらが自由売買を保証する証書。つまり、今日お渡しする二トン分の木材の自由売買を保証する証書になります。木材を持って、国や街を出る際は、必ずこの証書が必要となります。再発行はできませんので、決して失くさないようお願いします」


「そしてこちらが誓約書。残り八トンの木材を来年の五月一日まで、タキオン商業ギルドをはじめとする国外資本の業者に販売しない事と、ランカラン国内の業者としか取引しない事と、国境を越えて持ち出さない事を誓う誓約書になります。この誓約書は国に提出され、これを破ろうものなら、リツ様だけではなくクテシフォン商業ギルドも厳しく罰せられます。この事もゆめゆめ忘れないでください」


 担当者は事務的に淡々と事実を述べると、証書と誓約書を私に差し出した。私はその二つの書類を神妙な面持ちで受け取って、じっくりと目を通す。なるほど、王の勅命を破った場合は最悪死刑もあるのね。でも、ここまで来たらもう引くことはできない。私は意を決して二枚の書類にサインをして、それを担当者に手渡した。


「これで契約成立です。誓約書はこちらで国に提出しておきますので、この自由売買を保証する証書はリツ様がお持ちください。それでは、私は十トン分の木材を持ってきます。どのように引き取るか、私が戻るまでに決めておいてください」


 そう言って担当者は、私に自由売買を保証する証書を手渡すと倉庫の奥に消えていった。私は笑顔を崩すことはなかったが、どうやらこの担当者が笑顔になることはなさそうだ。そして、いまだに自分の名を名乗ることさえしないところをみると、どうやら私は相当嫌がられているみたいだ。


「おい、リツ。なんか雰囲気悪くないか。先方もリツのことを知っているみたいだし、以前ここで何かあったのか?」


 今まで一言も話さなかったタルワールが、さすがに心配になったのか、私に小声で話しかけてきた。


「心当たりが全くない訳じゃないんだけど、ほら、私、ここの酒場で給仕をやっていたから、その時、何かトラブルがあったのかもしれない。お酒の席って色々あるし」


 さすがに言い訳としては苦しいかと私自身が思うだけあって、私の話を聞いたタルワールは納得できなさそうな顔を浮かべていた。ただタルワールはさすがで、この場は空気を読んで黙っていてくれた。こういうタルワールの態度、本当にありがたい。さすがの私も、あれほどの悪意に当てられ、平気でいられるほど屈強なメンタルの持ち主ではないのだから。

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