第31話:もしかして、ウハウハですか?

 ふたたび時は戻って六月一日。


 ドミオン商業ギルドでタルワールとの契約をすました後の私は、とにかく大忙しであった。まず今回の取引内容を、私の所属ギルド、クテシフォン商業ギルドに報告して、それから宿に戻り、愛馬キャロルと荷馬車を引き取って、その足でタキオン商業ギルドに赴いて、手紙と貸倉庫の証書と契約書を受け取って、なんとかドミオン商業ギルドで木材を引き取れる状態になるまでなんと五時間半。いくらなんでも時間がかかりすぎ、もう陽は西に傾きかけているし。そんなことを考えていた私がドミオン商業ギルドに戻ると、その店先にはタルワールが立っていた。もしかして五時間半ここで待っていたってこと?


「こんにちは、タルワール。まだドミオン商業ギルドで仕事を探していたの?」


 私は明日からの相棒にそう声をかけた。


「いや違う。明日の集合時間とか決めていなかっただろう、それで、どうしたものかと途方にくれていただけさ」


 あまりにもあっけからんと言うタルワールに私は思わず呆気にとられる。


「いや冗談だ。店の人に聞いたら、リツは木材を取りに戻ってくるはずだと聞いたからここで待っていただけさ」


 タルワールは嫌な顔一つせず私に笑ってそう話しかける。これって私のミスなのに信じられないくらいのお人よし、じゃなくて、優しい人ね、と確かにこの時は思った記憶がある。後で散々からかわれるというのに。


 ま、そんなことは置いておいて、とりあえず私は、タルワールと明日の集合時間や集合場所、予定などをすり合わせて別れた、とはならなかった。どうもタルワールは、この後、特に用事がないみたいで、今日一日無償で私の護衛をすると言い出したのだ。


 冷静に考えてみれば、街の中で襲われる事なんてまずないし、無用のものだと私は思ったのだけれども、どうも商人という生き物は、無料とか無償とか、そういう言葉にめっぽう弱い。私も御多分洩れずそのクチで、ついつい反射的にタルワールの提案を受け入れてしまう。


 ちなみに私は、タダという言葉を聞くと心が異常に高揚し、即断即決するケースがとても多い。もちろんその後、後悔するケースも異常に多いのだけれども。しかしこればかりは何回やっても治らない、まさに不治の病。ほんと自分自身が嫌になっちゃう。


 ともあれ私は、受付に先物証書を提示して、それからタルワールを荷馬車にのせ、荷役場に向かう。何か変なものが途中に挟まった気もするけど、気にしないでおこう。


 私が荷役場につくと、当たり前のことではあるけれど、他の街からスムカイトに荷物を運んできた旅商人が搬入口に殺到し、ごった返していた。しかし、さすがに今から荷を持って出発しようとする旅商人はほとんどおらず、私が用のある搬出口にいる商人はまばらであった。今日一日、順番待ちばかりだったけど、最後だけは順番が早く回ってきそうね。そう考えた私は少し幸せな気分になれた。


 私は、荷役場の窓口の女性に一声かけて手続きをすますと、タルワールと共に長椅子に腰をかけ、自分の順番がくるのを静かに待った。今日はタフな交渉が続いたからこういう落ち着ける時間は本当にありがたい。そんな私は、人の会話に耳を傾けるわけでもなく、ぼーっと時の流れを感じながら過ごしていた。しかしタルワールは、荷役場がもの珍しいのか、興味津々で視線を四方八方に向けていた。


「リツ、今あいつが木材を買っていったが、五トンで銀貨五百枚って言っていたぞ。いくらなんでも高すぎないか?」


 タルワールが木材を積み込んでいる商人を指さし、大きな声で私に尋ねてくる。私は人差し指を唇にあて、まずは静かにするようタルワールに促した。


「そうね、それくらいが今の相場ね。でも一年前は一トンで銀貨五十枚くらいだったから、すごい価格になっているのは確かよね」


 私が小声でタルワールにそう答えたものの、タルワールは興奮を抑えきれず、声の大きさを調整できないようであった。


「五トンで銀貨五百枚、つまり一トンで銀貨百枚。価格が二倍になっているじゃないか、凄い価格だな。もしかしてシルヴァンに持っていったらもっと高く売れるのか?」


 タルワールは興奮した様子で私に話しかけてくる。私はもう一度人差し指を唇にあて、タルワールにもう少し小さい声で話すように促すと、タルワールに聞こえるギリギリの声で返事をする。


「そうね。シルヴァンで売れば一トン当たり銀貨三千枚にはなるんじゃないかしら?」


「銀貨三千枚!」


 タルワールは思わず大声をあげ、すぐに右手を自分の口にあてる。驚くのも無理もない。それくらい木材価格は高騰しているのだ。


「ただ、私がタキオン商業ギルドに売った価格は、一トン当たり銀貨二千五百枚だけどね」


 タルワールは口を右手で抑えながら、今度は小声で尋ねてきた。


「ということは、タキオン商業ギルドは仕入れ値の二割増しで木材を売っているということか。さすがに暴利じゃないのか?」


「そうね。やはりシルヴァンの建築資材の取引を独占している事が大きいのだと思う。独占していれば価格を自由に決められるから。シルヴァンとしても、街を復興するためには高くても木材を買わざるを得ないし、こればかりはどうしようもないかもね」


 「なるほど」とタルワールはうなずいたものの、顔は納得しているようには見えない。


「もしかして、タキオン商業ギルドはウハウハなのか?」


「もちろんウハウハよ」


 私はタルワールの表現があまりにも面白く、思わず「ふふっ」と笑う。


「リツもシルヴァンでは銀貨二千五百枚で木材を売れるんだろ、もしかしてリツもウハウハなのか」


「もちろんウハウハよ。でも、そんな私を護衛するだけで、銀貨百枚ももらえる仕事もナカナカのモノじゃない。もしかしてタルワールもウハウハなの?」


「あぁもちろんウハウハさ。明日の夕食がまずければ、さらにウハウハになれるみたいだぞ」


 そう言ってタルワールは小声で笑っていたが、私は真剣な顔でタルワールにこう応えた。


「残念ね。私の料理はナカナカのものだから、ウハウハになるのは私だけよ」と。

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