第30話:ちょっと、ひとやすみ
「なるほどな、俺と契約する前にそんな事があったんだな」
「そうよ。大変だったのよ」
興奮気味で話す私に対し、タルワールは冷めた口調。
「もしかして私の話、分かりにくかった?」
私が、恐る恐るそう聞き返すとタルワールは少し考え込んだ。さてはこいつ、私の話を聞き流していたな、それを悟らせないように無難な言葉を選ぼうとしているな。でも、まっいいか。なんというか、この男には今までいいようにあしらわれてきたことだし、ここでタルワールが隙を見せてくれれば、この旅はじめての反撃ができるかもしれないわけだし。私はそんな悪趣味的な感情で自分の心を満たしていった。
「いや、リツの話はわかりにくくはなかったんだが、朝起きてからの事をあまりにもストレートに話してくれたものだから、なんというか面食らってな。ほら、俺も一応独身の男性だから。なんというか、プライベートな話というか、朝のポエムというか、正直そんな細かいところまで赤裸々に話されると反応に困るんだ。ただ素直に驚いたのは、若い女性の朝というのは、なんというか、こう、もっと甘くて、ロマンティックな何かかと思っていたんだが、そんなものでもないんだな。それともリツが特別なのか?」
「ちょっ」
そう言われて私は思わず言葉につまる。確かに余計なことを話しすぎたのかもしれない。そう考えた私は、恥ずかしさのあまり思わずタルワールから視線を外してしまう。
「仕方がないじゃない。私、こういうことを人に説明するの苦手だし。そもそもその日は特別な朝だったんだし、仕方なくあんな事をしていただけよ。だから誤解しないでちょうだい。私の朝は、なんというか、うまくは言えないけれど、ちゃんと甘っちょろくて、乙女全開の朝なんだから」
うーん、これはだめだ、反論になっていない。私はすぐに、というか、言っている途中で気がついたものの、ここまで言ったら仕方がない、勢いで押し切ろう。もちろんその間、私の顔は自分に対する怒りと恥ずかしさで真っ赤に染まるだろうし、視線はずっと外したままになるだろうけど。
「わかった、わかった。リツのいつもの朝はもっと乙女チックなんだな、そう覚えておく。ちゃんと普通の女性っぽい朝を過ごしているってことにしておくよ」
「ちょっと待って、私はまだ少女。女性という言い方には抵抗がある」
「おいおい、引っかかるのはそこかよ」とタルワールは思わず苦笑い。
「でもリツは二十二歳なんだろ、立派な大人の女性じゃないか」
「なに言ってるの、私は童顔だし、まだまだ少女に見えるでしょ?いや問題はそこじゃない。いい、女の子は自分が少女と思っている間は少女なの。そこに理屈はないの。そういう所もちゃんとわかってほしい」
ついつい興奮してしまった私は、思わずまくしたてるようにタルワールに詰めよった。しかし興奮して顔を真っ赤にしているのは私だけ、タルワールはタルワールでそんな私の振る舞いもどこ吹く風、マイペースで話を続けていく。
「わかった、わかったから。今回は俺のデリカシーが足りなかった。すまなかった」
「わかればよろしい」
タルワールの素直な謝罪に、心が広くて寛大な私は、笑顔でその謝罪を受け入れてあげた。でも今回だけだから、次、同じようなことを言ったら容赦しないから。私はこの一大決心を心に深く刻みつけた。
「でも、ちゃんとわかったこともあったぞ。リツがあれほど急いでいたのに、やけに帰りが遅かったのはそういうことだったんだな。リツはあの時、荷馬車を取りに行っただけではなく、タキオン商業ギルドに行って貸倉庫の証書と契約書も取りに行っていたんだな」
「そう、その通りよ。ちゃんと私の話、聞いていてくれたんだ」
うんうんと私は
「しかし、考えれば考えるほどわからなくなるんだが、ドミオン商業ギルドは、タキオン商業ギルドの貸倉庫を使うことをよく許してくれたよな。あの二つの商業ギルド、仲が悪いんだろ」
そう言いながらタルワールは大きく首を傾ける。
「そう、そうなのよ。でも、なんで二つの商業ギルドが仲が悪いってわかったの?」
「そりゃいままでの話を聞いていたら誰でもわかるだろうに。少なくともこの件については、お互いがお互いに自縄自縛になっている気がしなくもないがな」
「そう、その通りなのよ。だからドミオン商業ギルドに貸倉庫の話を持っていった時、この話を受けてくれるかどうかすごい不安で、生きた心地がしなかったのよ」
私はタルワールの話にうんうんと素直に
「なぁ、リツ。折角ここまで話してくれたんだ。ドミオン商業ギルドを出た後、リツが何をしていたかも教えてもらえないか」
タルワールが珍しく私にそうせがむので、私は「仕方がないわね」と短く答えた。
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