第29話:タキオン商業ギルドとの商談②
「それでは、契約の形態と条件についてお話ししましょう」
オットルトはふたたび椅子に座ると私にそう切り出した。
「まずは契約の形態についてです。先ほども申しあげたとおり、我々タキオン商業ギルドはリツ様の持っている木材をここスムカイトで買い取ることはできません。そこで契約する内容は、我々が用意した手紙をシルヴァンのタキオン商業ギルドまで運ぶという形でどうでしょうか?」
そう言ってオットルトは私の目を凝視する。
「なるほど、その手紙の中にタキオン商業ギルドがシルヴァンで木材を買い取るという内容をしたためた証書を入れておくというわけですね」
私の答えを聞いてオットルトは満足そうな笑みを浮かべた。
「そうですね。手紙というものは、その性格上、他人に中身を見せるわけにはいきません。しかし、我々商業ギルドの大切な手紙をリツ様にお預けするのです。万が一の手違いがおきないよう、手紙を運んでいただくリツ様には、あらかじめ中身を確認していただく必要がありますね」
その言葉を聞いた私は、わざとらしく笑ってみせる。
「それでは、手紙の中身、つまり、具体的な条件交渉に移りましょう」
「この手の契約ですと、通常、木材一トン当たり銀貨二千枚で引き取らせていただくのですが、リツ様みたいな一流の商人とは我々も長い付き合いをお願いしたいと考えております。そこで今回は木材一トンあたり銀貨二千五百枚まで出しましょう。今回リツ様がお譲りくださる木材は二トンとのことですから、銀貨五千枚で買い取らせていただきたいのですが、よろしかったでしょうか?」
「ええ、その値段でお願いします」
私が笑顔でそう応じると、オットルトは満足そうに
「ただ、この取引には一つ条件があります。といっても何も特別なものではありません。そうですね、今回の契約の内容が手紙の輸送という形になっていますので、その
「つまり、三日以内にこの手紙をシルヴァンに届けて欲しいのです」
オットルトは両肘をテーブルの上につき、合わせた手を顎にあてながら声を小さくして話を続ける。
「今回の手紙、他人に中身を決して見られたくない代物ですから、
「わかりました、その条件でお願いします」
私が短くそう答えると、オットルトは満足そうな表情を浮かべ、椅子から立ち上がった。
「それではこの条件で証書と手紙を作成させていただきます。少々お待ちください」
そう言って立ち去ろうとしたオットルトを私は「待ってください」と呼び止める。
「実はもう一つお話があります」
「伺いましょう」
オットルトはそう答えると再び椅子に腰をおろす。
「今回の商取引で私が取り扱う木材は十トン、今お話したのはその内の二トンだけです。よろしければ残りの八トンについても、お話をさせていただきたいのです」
私の言いたいことがある程度予測がついていたのであろう。オットルトは顔色一つ変えずに話をはじめた。
「残りの八トンの木材を預ける倉庫を借りたいのですね。ランカラン王の勅命は来年五月まではタキオン商業ギルドに木材を売ってはいけないことになっていますから」
「はい、その通りなのですが、可能でしょうか?」
「もちろん可能ですが、値は張ります。なにしろ、自由に売買できない商品を一年近く倉庫に入れておくというお話です。それが商人にとってどれだけの損失になるか、聡明なリツ様でしたらおわかりでしょう。だから我々が提示する値段を聞いても納得していただけると思います。貸倉庫一年分の料金は、木材一トンあたり銀貨五百枚。八トンだと銀貨四千枚でお願いしていますが、それでよろしかったでしょうか?」
「その件については一つ妙案があります」
私はそう言ってオットルトとの会話を強引に断ち切った。
「一年後、私が木材を取りに来なければ所有権を放棄するという条件で、一トンあたり銀貨三百枚でお願いしたいのですが」
この提案にオットルトは呆れた表情ではなく、多少の怒りを込めた表情を私にむける。
「それでは話になりません。リツ様がおっしゃっていることは、貸倉庫の料金の一部を現物、つまり、木材で支払いたいというご提案ですよね。今の木材の値段がこのまま維持されれば説得力を持つ提案になりますが、残念ながら、今の木材の値段はシルヴァンの戦争特需で高騰しているだけです。一年後に木材が、一トンあたり銀貨二百枚以上の価値があるとはとても思えません。さすがにそのお話は交渉の余地すらありません」
私はオットルトの怒りの表情に対し、できる限りの笑顔で、そして、できるだけ低い声でオットルトに返事をする。
「大丈夫です、一つ方法があるのです。タキオン商業ギルドの倉庫を圧迫することなく、八トンの木材を預ける方法が」
「面白そうな話です。是非、聞かせていただけませんか?」
オットルトは先程の怒りの表情とはうってかわり、興味深そうな目で私の顔を
「これはいままで誰もが気がつかなかったアイディアだと思います。周りの人に聞かれては困りますので
私はそう言ってショルダーバッグの中から
「確かにこれは面白い取引です。一トン当たり銀貨三百枚でお受けしましょう。またリツ様に敬意をはらって、むこう一か月、同じ取引をタキオン商業ギルドでは受け付けないとお約束しましょう。きっとリツ様はこの取引で大きな利益を狙っていらっしゃるのでしょ?」
「もちろんその通りではあるのですが、じつはこの契約、タキオン商業ギルドが受けてくれるとは思っていませんでした。そのため今日は十トン分の先物証書しか持ちあわせがないのです。私はまだ木材の先物証書を持っていますので、もしよろしければ、残りの木材についても同じ契約を結んでいただきたいのですが」
申し訳なさそうに私がオットルトにそう尋ねると、オットルトは私に笑顔を向ける。
「もちろんです。この契約の内容でしたら、いくらでもお引き受けしましょう。それではリツ様が何トンの木材をお持ちなのか教えてもらえないでしょうか」
「申し訳ございません。今、正確な数字がわからないのです。さすがに先物証書ですから信用にたるところに預けていまして、すぐに引き出すことができないのです。先ほど契約した手紙の件もありますし、私は先を急がなければならない状況でもあります。総量は後日お知らせするという形にしてもらえないでしょうか」
「それで構いませんよ。それではリツ様が所有している木材すべてを引き取るという形で証書を発行させていただきましょう。但し、期日は決めさせていただきます。一年後にリツ様が大量の木材を持ってこられても我々は困ってしまいますからね」
オットルトはそう言って、にやりと笑う。
「それでは契約の有効期限は今月末、六月三十日でどうでしょう。これならリツ様が森を迂回する街道を通って、シルヴァンからスムカイトに帰ってきたとしても、充分に余裕があると思いますが」
私はオットルトの言葉を最後まで聞いて、黙って右手を差し出した。緊張の瞬間である。十中八九、大丈夫だと確信をしているものの、契約は完了するまで油断ができない。しかし、この永遠と思える一瞬は、私の安堵とともに氷塊する。すなわちオットルトが私の手を取ってくれたのだ。これで契約成立、ほっと一息だ。
「ところでオットルト様。この貸倉庫契約の証書なのですが、ドミオン商業ギルドに見せるとまずい内容も含まれています。よろしければ、証書と別に契約書という形で、貸倉庫契約を証明する書類を作っていただけないでしょうか?」
「もちろんです。これをドミオン商業ギルドに見られたら問題になりますからね。それでは、手紙と貸倉庫契約の証書と契約書、この三通を一時間くらいで準備させていただきます。申し訳ないのですが、その間、エントランスホールでお待ちいただけないでしょうか?」
「ごめんなさい、今から木材を買い付けに行かなければならないので、少し席を外させてもらえませんか。どうやら私は三日で手紙を届けなければいけない状況みたいですので」
「確かにその通りですね。それでは一時間後のいつでもいいですので、手紙と証書と契約書を取りに来てください。お待ちしております」
オットルトは、そう言うと大きな声で笑うのであった。
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