第28話:タキオン商業ギルドとの商談①

「えーと、クテシフォン商業ギルドのリツ様でしたね。まず所属する商業ギルドの証明書を見せていただけませんか?」


 受付で手続きをすまし、カウンター席に通された私は、懐からロケットを取り出すと、その中身をカウンター越しに座る中年の男に見せる。さすがに緊張する。商取引で重要なのは第一印象、ここが良いのか悪いのかは結果に大きく影響する。私はじっとりと背中に汗が浮かぶのを感じながら、自分のできる最高の笑顔を作ってみせた。


「クテシフォン商業ギルド、クテシフォン本部所属のリツ様ですね」


「初めまして、私はタキオン商業ギルドのオットルトと申します。よろしくお願いします。ところで本日はどのようなご用向きでしょうか?」


 このオットルトの受け答えを聞いて私は心の警戒レベルを一気に上げる。どうやらこのオットルトという人物、私が女性というだけで甘く見たりすることがなさそうだ。これはやりづらい。私は、私が女性という理由だけで油断しまくってもらいたかったのだけれども。


「本日は、私が所有している木材の一部を買い取っていただきたくて、こちらにお伺いさせていただきました」


「木材ですか」


 オットルトは私の言葉に少し戸惑いを見せながら返事をすると、手元に置いてあった台帳を開いた。わずかな時間であることはわかっているけれど、こういう時の沈黙って無駄に緊張するのよね。


「木材、木材ですね。量はいかほどになりますか?」


 オットルトは静かに台帳を閉じると、再び私に問いかける。オットルトに促された私は、ショルダーバッグから先物証書を取り出して、オットルトにそれを見せた。


「これは、私がスムカイトのドミオン商業ギルドから十トンの木材を受け取る事ができることを証明する先物証書です。今回はそのうちの二割、つまり二トン分の木材を買いとっていただけないかという相談になります」


 オットルトは私が手渡した先物証書に一通り目を通すと、不思議そうな顔をして見せる。


「確かに、六月一日から六月三十日までの間に木材十トンを引き取ることを約束した先物証書で間違いありません。このようないいお話を我々タキオン商業ギルドにもってきていただいて本当にありがとうございます。しかし我々は、ここスムカイトにおいて、この木材を引き取ることができないのです。クテシフォンからいらっしゃったリツ様はご存知ないかもしれませんが、ランカラン王から勅命が出ていまして、この街では、我々はドミオン商業ギルドが仕入れた木材を買うことはできないのです」


 オットルトは申し訳なさそうに私にそう告げたものの、その言葉の裏に私を試している何かが含まれていることに私は気がついた。つまりオットルトは、この発言で、私の商人としての力量を測るつもりなのだ。


「オットルト様、私も商人です。その件は私の耳にも入っております。だからこそタキオン商業ギルドとの商談が成立すると考えて、私はここに来ているのです」


「といいますと?」


「つまりこういうことです。今回の取引における木材の引き渡し場所は、シルヴァンでお願いしたいと私は考えています。つまり、売買契約はスムカイトで予約という形で担保していただき、実際の売買契約と木材の引き渡しはシルヴァンで行うという形を取りたいのです。この形であればランカラン王の勅令には抵触しないと思うのですが、どうでしょうか」


 私がそうオットルトに持ちかけると、オットルトは呆れ顔を浮かべ、私に返事をする。


「リツ様、意味がわかりません。木材をシルヴァンで売りたいのならば、直接シルヴァンのタキオン商業ギルドに木材を持ち込み、売り込めばいいだけの話じゃないですか、なぜスムカイト支部を通す必要があるのですか?」


 当然の質問ね、でもその質問は想定内。まずは、私はオットルトのこのもっともな質問に対し、大げさに首を左右に振ってみせた。


「残念ながらその方法では、売買が成立しても私の利益が望めないのです。つまり私みたいな旅商人が持ってきた出所がはっきりしない木材を、シルヴァンのタキオン商業ギルドが、まともな市場価格で取引してくれるのかという問題にぶつかるのです。もちろん売買証明書や出所証明書はちゃんと取ります。しかし木材は汎用的なものです。証書と商品が本当に一致しているかと疑われれば、私たち旅商人は黙るしかなくなります」


「つまり、スムカイトのドミオン商業ギルドで手に入れた木材を、私がこのままシルヴァンのタキオン商業ギルドに売り込みにいったとしても、買い叩かれる未来しかないのです。しかし、先物証書の段階での売買であれば話は別です。まだ商品と代えていない状態ですので、まちがいなくドミオン商業ギルドお墨付きの、一級品の木材を提供できる保証があるのです。また、ある程度まとまった量の木材を提供できるのは、この街ではドミオン商業ギルドしかありませんので、他の業者の製品とのすり替えも不可能です。この状態であれば、タキオン商業ギルドは私の木材を適正な価格で買い取る事ができるのではないでしょうか」


 私がそう答えるとオットルトは私の顔を凝視する。


「さすがはリツ様。その若さでクテシフォン商業ギルドの特別会員になる方は違いますね。私どもが値切るポイントをあらかじめ抑えてくるお手並み感心しました。私もこのレベルの商人と取引ができるのは望外の喜びであります。わかりました、この取引受けましょう」


 オットルトはそう言って立ち上がると、カウンター越しに右手を差し出した。そして私は、できるだけ平静を装いながらオットルトの手をとった。

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