第27話:常連の老婆心

 私は総丸太づくりの大きな建物の前に立っていた。この建物はスムカイトにある建物の建築様式とは一線を画しており、周りの建物からは明らかに浮いていたものの、その堂々とした風格は明らかに周りの建物を圧倒していた。それもある意味当たり前、この建物は大陸一の大国、アルマヴィル帝国の伝統的な建築様式で作られた建物だからだ。つまりこの建物こそ、アルマヴィル帝国の直接資本で作られたタキオン商業ギルドのスムカイト支部となり、私にとって最初の勝負所となる場所だ。


 私は両手で自分の頬を叩いて気合いを入れる。今回の大仕掛け、上手くいくかどうかは、ここで木材の売買契約を締結できるかどうかにかかっている。私がドミオン商業ギルドで給仕をしながら準備を整えていたすべてのものが、うまくいくかいかないかはここ次第。そんな決意を胸に、私はタキオン商業ギルドの扉をくぐる。


 店の中に入ると、朝早くにもかかわらず、エントランスホールには人があふれていた。さすがシルヴァンの資材取引をほぼ独占しているだけあってすごい熱気。そしてこの熱気は、受付にまで及び、そこには信じられないくらいの行列ができていた。しかし不思議と私のような旅商人は一人もいない。そりゃそうよね。ここに話を持ってきても、あのギャンジャの森を抜けろと言われるのだから命がいくらあっても足りやしない。死んでしまったら折角稼いだお金も使えなくなるわけだしね。


 そんな事を考えながら行列に並んで待っていると、いつの間にか私の順番が回ってきた。


「それで、ご用件は?」


 不愛想な受付の男に、私は自分が旅商人であることを告げると、木材をこの街で仕入れてシルヴァンに運搬する契約を結びたい旨を伝えた。


「本当によろしいのですか?」


「もちろん」


 私が即答すると受付の男は困惑した表情を浮かべる。


「お嬢さん、やめておきなさい。あなたと同じ目的でここに来た旅商人の方すべてが、その取引をやり遂げることができませんでした。見たところ、あなたはまだお若い。こんなところで命を落とすかもしれない取引をすることはありません。もう少し安全で確実にお金を増やす方法を考えなさい」


 私はその受付の男の忠告に素直に感謝したものの、私にできることは首を横に振ることだけであった。


「ごめんなさい。私、もう木材を買い付けてしまっていて、今さら引くことはできないの」


 私が申し訳なさそうにそう答えると、受付の男はさらに困惑した表情を浮かべる。


「悪いことはいわない。すぐにその木材の売買契約を破棄してきなさい。今だったらそれほど多くのキャンセル料を払わなくてすむはずです」


 受付の男はそう言って椅子に座り直し、真剣な顔をしながら私に忠告をしはじめた。


「いいですか、確かに街の外に自由に出せる木材に関して言えば、ここタキオン商業ギルドは一トン当たり銀貨二千枚程度は出すでしょう。そしてあなたがスムカイトで仕入れた値段はだいたい銀貨五百枚くらいだと思いますので、大もうけができるように思えるかもしれません。しかしそれは、街の外に自由に出せる木材だけの話なのです。あなたも商人なら知っているでしょう。街の外に出せる木材は旅商人が購入した木材の二割だけです。あなたは木材五トンを銀貨五百枚くらいで仕入れていると思いますが、自由に街の外に持ち出せるのはそのうち一トンだけ。手元には四トンの木材が残るのです。あなたが、その四トンの木材をスムカイトの街商人に安く、つまり多少損をする値段で売る事ができればトータルでもうけが出ると考えているのならば、それは間違いです」


 私は受付の男の言葉に耳を傾け、引き続き話に傾注する。


「いいですか、この国の商人や商業ギルドのほとんどは、シルヴァンの復興特需をアテにして大量の建築資材を仕入れていました。しかし、各商業ギルドの仕入れが終わるか終わらないかのタイミングで、ランカラン王から『国外に建築資材を出してはいけない』という勅令が出ました。これにより、ここスムカイトの商人の多くは、自由に売ることができない大量の在庫を抱えてしまったのです。そんな状態で、スムカイトの街商人があなたの持っている自由に処分できない木材を買うわけがないのです。あなたはその手元に残った木材をどう処分するつもりなんですか。アテはあるのですか?」


 私は受付の男にそうまくしたてられ、言葉を失う。


「いいですか、あなたはまだ若いですから理解ができないことなのかもしれませんが、商人において一番困る事は、処分することができない在庫を抱えることです。在庫を抱えるということは、あなたのような旅商人の唯一の武器である身軽さをドブに捨てるようなものなのです。あなたは、シルヴァンに、ここタキオン商業ギルドに、木材を売ることで目先の利益を得ることができるかもしれません。しかし一方で、あなたは大量の在庫を抱えるのです。しかもこれから一年間、自由に売買することができない在庫をです」


「あなたはその在庫を維持するために、これから多額の維持管理費を払い続けることになるのですが、そこら辺を含めて、今回、あなたがしようとしていることはちゃんと利益がでるようになっているのですか?」


 受付の男はそこまで一気に話しきると「それで、ご用件は?」と再び私に尋ねてきた。


 さすがの私でも、この受付の男が言わんとしていること、そして、なぜ今このような状況にもかかわらず、私にこのような話をしてくれたのかを理解することができた。つまりこの取引は、絶対にうまくいかない形になっている。タキオン商業ギルドは旅商人が必ずもうけが出ないように仕掛けをうっている、そう教えてくれているのだ。そして普通の商人であればここで心を止めることができる。しかし、残念ながら私は普通ではなかった。


「ありがとうございます」


 私は最初に素直な自分の気持ちを伝える。


「でも安心してください。一年間在庫になってしまう木材については、それを預かってくれる倉庫も含めてちゃんと目星をつけてあります。そして、それを含めてちゃんと黒字になるようになっています。そしてなにより、挑戦することは若い商人の特権でもあります。ここは私に挑戦する機会をもらえないでしょうか」


 私が意を決して受付の男にそう告げると、受付の男は大きくため息をついて私の言葉に静かにうなずいた。


「私は、この六か月間、ドミオン商業ギルドの酒場でずっとあなたを見てきました。あなたは私の見立てていた通り、たいへん意志の強い女性なのですね。そこまで言うのなら、私はこれ以上あなたを止める事はできません。ただ老婆心ながら、二つの忠告を受け入れてほしいのです」


「はい」と私は自分でも驚くくらいの素直さで返事をする。


「一つは、たとえ山賊に襲われたとしても抵抗せず、荷物を素直に引き渡すこと。そしてもう一つは、お金に糸目をつけず屈強な護衛をつけること。この二点をここで私にお約束ください」


 私は受付の男の真剣な言葉に「わかりました」と私ができる最も真摯な態度で返事をすると、受付の男は微笑みながら私にこう告げた。


「無事に帰ってきてください。私はあなたが働いていたあの酒場でいつまでも待っていますから」と。

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