第26話:状況を整理してみよう②

 でも、問題はここなのよね。私は「ランカラン王国資本の商業ギルドは、一年間、建築資材の国外への持ち出しと国外資本との売買契約を禁止。但し、国外の商業ギルドに属する旅商人は、購入した建築資材の二割に限り、国外への持ち出しと国外での自由な売買が可能」と書いた部分を指でトントンと叩く。


 ランカラン王国最大の商業ギルドであるドミオン商業ギルドは、今回の戦争特需をあてこんで海路で大量の建築資材を諸外国から集めていた。酒場でもこの話は出ていたし、ドミオン商業ギルドに勤めているクロリアナもそう言っていたし、これはこれで間違いないと思う。でもこの四の部分、ランカラン国王の勅令をどう扱えばいいのかが難しいのよね。


 この件に関して私が酒場で聞いた事情はこうであった。アルマヴィル帝国はシルヴァンに建築資材を供給できる商業ギルドを自国お抱えのタキオン商業ギルドに限定した。それを知ったランカラン国王は激怒、国内資本のすべての業者がタキオン商業ギルドに建築資材を販売することを一年間禁止する勅令を出した。これが世間で信じられている話の展開。しかしこの件に関しては別の原因があると私は確信している。ただその件については、今は横に置いておくことにしよう。


 だけどこの勅令、一つだけ抜け道があるのよね。つまりランカラン王国外の商業ギルドに所属する旅商人だけ、購入した建築資材の二割を自由に国外に持ち出して取引ができるという点。要するに、クテシフォン商業ギルドに所属する私は、ドミオン商業ギルドから十トンの木材を買ったとしたら、その内の二割の二トンはシルヴァンのタキオン商業ギルドに自由に売りつけることができるのよね。つまり、ここまで考えたことを整理すると、


「ドミオン商業ギルドから建築資材を買って、そのうちの二割をランカラン王国外で売って大きく利益を出し、残った八割を同額、もしくは、少しの損で、ランカラン王国内で売りさばくことができれば充分利益が出る」


 という事になる。つまり、これが今回狙う商取引の基本スキーム。問題はこれをいかに応用して大金を得るかということなんだけど、まずは何をシルヴァンに運ぶかがポイントになるのよね。「つまりここ」と言いながら、私は蝋板ろうばんに書いた「五.建築資材の中で、価格が乱高下しているのは木材」の部分を軽く指で叩く。

結局いくらややこしいことを言ったって、商取引でもうける方法は一つしかない。つまり「安く買って、高く売る」だ。これは順番を入れ替えることもできて「先に高く売っておいて、後で安く買い戻す」こともできるんだけどね。


 要するに、商取引で一番大切なことは「モノの値段」が「いつ安くなって、いつ高くなるか」という視点ではなく、「モノの値段」が「どちらの方向」に「どれだけ動くか」という視点なのよね。そしてその値段の幅、つまり値幅分だけ利益が期待できる。ただ今回、そういう視点でみれば狙いは間違いなく木材。私はそう考えながら蝋板ろうばんの五に丸をつける。しかも今回の場合、値段がどっちに動くかわかっているのだから楽勝よね。


 そうなると最後の関門は「どこで買って、どこで売るか」になるのだけれども、買うところはもう決まっている。私は心の中でそうつぶやいて蝋板ろうばんの「六.スムカイトにおいて、流通する木材の九割以上をランカラン王国資本のドミオン商業ギルドが抑えている」に大きく丸をつける。商品を仕入れる場所はドミオン商業ギルドだとしても、問題はこれをどこに売るのかなのよね。私はそう独り言をいって、思わず天を仰いだ。そう、このポイントこそ、今回の商取引の最大の難関の一つになる。たぶん私がこのまま木材をシルヴァンに持っていったとしても、タキオン商業ギルド以外の買い手はつかないと思うから。


 シルヴァンの街の外から建築資材を輸入して販売する取引は、タキオン商業ギルドが独占することが法によって定められている。そんな状況の中、わざわざ得体のしれない旅商人から違法な建築資材を買いとってくれる商店があるとは思えないのよね。確かに、アルマヴィル帝国に占領されたシルヴァンの商人は、タキオン商業ギルドのことを快く思ってはいない。でも相手は戦争で勝った国お抱えの商業ギルドだ。下手に反抗したら、タキオン商業ギルドと軋轢ができるどころか、アルマヴィル帝国に目をつけられちゃうもんね。じゃあ、シルヴァンでタキオン商業ギルドに売る?うーん、これも無いかな。それこそ足元を見られて安く買い叩かれる未来しかない気がする。そう考えた私は思わず天を仰ぐ。


 そうなると売り抜ける方法は一つしかないのよね。すなわち、ここスムカイトでタキオン商業ギルドとの売買契約を完了させ、その後にシルヴァンに木材を輸送するという方法。具体的には、スムカイトで売買契約を結んで証書を発行して、シルヴァンについた時点で成功報酬をもらうという形なんだけど、これもこれで結構難しいのよね。まず、この程度のことであれば、他の商人でも容易に思いつくから、裏を取られる可能性があるのよね。私が知っている限りでも、この取引を仕掛けた旅商人が二人もいるくらいだし。あと、この二人の旅商人がタキオン商業ギルドから全く同じ条件を提示された点も気になるのよね。すなわち「スムカイトからシルヴァンまで三日で木材を運んでくれたら、木材一トン当たり銀貨二千枚の報酬を払う」という条件。


 この条件、報酬はともかく期日がきつい。期日が三日といわれると、安全で一週間の旅程となるギャンジャの森を迂回する街道を使うことができないから、危険で旅程が三日となるギャンジャの森を通り抜ける街道を使わざるを得なくなる。でもその旅程だと、危険なギャンジャの森で一泊の野宿が必要となるから、狼に襲われるリスクを背負わなければいけなくなるし、最近、山賊もでるのよね。あの森。


 うーん、と私は改めて悩んでみたものの結論はもう最初から出ている。つまりこの程度のリスクをくぐれなければ旅商人としては失格ってこと、これは間違いない。ただ護衛をつけたりして、どこまで万全の体制で挑めるかは、商人としての腕の見せ所にはなるんだけど。


 そこまで考えた私は、蝋板ろうばんに書いた文字を削って椅子から立ち上がった。そうか今日でこの部屋ともお別れか、私はそんな感慨深い気持ちに襲われた。そして、そんな自分の気持ちに対し、私は「半年間、本当にありがとう」と心の中で感謝の気持ちをつぶやいた。


「さてと」


 そう言って私は考えるのを止めて旅支度を始める。しかし、どうしても二つのことが心の中で引っかかる。一つは木材の流通量。タキオン商業ギルドにしてみれば自国のアルマヴィル帝国からいくらでも木材を自由に買えるはずなのに、シルヴァンへの木材の流通がうまくいっていない。いくらアルマヴィル帝国の流通網が貧弱だからといっても、シルヴァンに入ってくる木材の量が少ない、少なすぎるのだ。これは明らかにおかしい。


 そしてもう一つは、タキオン商業ギルドが示す条件だ。特に旅商人がスムカイトから運ぶ荷物に対してやたら焦っている理由がわからない。シルヴァンにおいてタキオン商業ギルドが本当に建築資材を欲しているのなら、速さよりも安全性を重視するはずだ。旅程で考えても、危険なギャンジャの森を通るルートは三日、ギャンジャの森を迂回するルートは七日。たった四日しか変わらない。そもそも、いくら早く木材を運べたとしても、道中のトラブルで木材が失われてしまえばシルヴァンに木材は届かない。そこら辺のリスクを考えると、たった四日の時間短縮がそんなに重要になるとは思えないのよね。そうなると、あのシナリオを描いているのだと思うんだけど、それもいまいち確信が持てないのよね。


 私はそんなことを考えながら部屋の整理と旅支度を整えていったが、考えがまとまる前に部屋の整理と旅支度が終わってしまう。ま、いいか。とりあえずこの懸念については後でゆっくり考えるとしよう。どうせ道中、暇を持て余しそうだしね。そう考えた私は部屋の出口に立って右手のこぶしを左胸にあてると「やるぞ!」と一言、心の中でつぶやいた。さぁ大勝負の始まりだ。

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