04.俯瞰(ふかん)して世界をみてみよう

第25話:状況を整理してみよう①

 再び時は戻って二日前の六月一日の朝。


 私はいつも通り曙光を浴びて目を覚ますと、さっそく窓を開け、眼前に広がる朝靄あさもやを胸いっぱい吸い込んだ。目の前に広がる光景は、ほのかな陽の光を乱反射して輝き、町全体を幻想的に彩っていた。私は目の前に広がるこの光景に感嘆しつつも、旅商人に復帰する記念すべき今日という朝に期待で胸を膨らませていた。


 確かに、私の未来はこの朝靄あさもやのようにぼやけて先が見えないかもしれないけれど、太陽が南の空を照らす頃には、私の不安も朝靄あさもやと一緒に消えているのは間違いない。そう確信すると私は一張羅に着替え、気合をいれる。


 さっそく私は部屋の片隅にあるみすぼらしい木の机に向かうと、とりあえず、今、私が理解している現状を整理してみることから始めてみる。今日から四日間、大きなお金が動く。考えに漏れがあったり、理論に穴があったりしたら取り返しのつかないことになっちゃうもんね。商取引は一つのミスが取り返しのつかない失敗に直結する。いくら慎重に構えていても、慎重になりすぎるということはないのだから。


 そんなことを考えながら私は集めた情報を丁寧に整理し、今回の商取引のキーとなる六つのキーワードを蝋板ろうばんに書き込んだ。


 一.アルマヴィル帝国とシルヴァンの戦争によって都市は破壊され、シルヴァンは建築資材を欲している


 二.シルヴァンにて建築資材を販売できるのは、アルマヴィル帝国資本のタキオン商業ギルドのみ


 三.シルヴァンに最も近い都市はスムカイト


 四.ランカラン王国資本の商業ギルドは、一年間、建築資材の国外への持ち出しと国外資本との売買契約を禁止。但し、国外の商業ギルドに属する旅商人は、購入した建築資材の二割に限り、国外への持ち出しと国外での自由な売買が可能


 五.建築資材の中で、価格が乱高下しているのは木材


 六.スムカイトにおいて、流通する木材の九割以上をランカラン王国資本のドミオン商業ギルドが抑えている


 今の状況で考えなければいけないことってこんな所よね。私はそう独り言をいいながら大きく伸びをする。さて、これを一つずつ検証していきましょうか。まずは「一.アルマヴィル帝国とシルヴァンの戦争によって都市は破壊され、シルヴァンは建築資材を欲している」について考えてみよう。


 この情報は今回の商取引の根幹をなし、起点でもあるので、一番慎重に考えないといけないところ。でもこの情報はさすがに大丈夫でしょう。私が働いていたドミオン商業ギルドの酒場ではいつもこの話題で持ちきりだったし、私自身もシルヴァンからスムカイトに来た旅商人の口から直接聞いたこともあるしね。


「この件はちゃんと調べてあることだし、さすがに大丈夫」


 私はそう独り言をいうと蝋板ろうばんの一の部分に大きく丸をつける。シルヴァンは壊れた街の復興に大量の建築資材を必要としているのは間違いない。となれば建築資材をシルヴァンに売るという商取引は大きなもうけが期待できる。ただ、そうなるとこれが問題になるのよね。


 そう独り言を言いながら私は蝋板ろうばんの「二.シルヴァンに建築資材を販売できるのは、アルマヴィル帝国資本のタキオン商業ギルドのみ」の部分を指でトントンと叩く。これはアルマヴィル帝国の御布令だから公的なもので情報としては正しいものなんだけど、これがいつまで続くのかが問題なのよね。「うーん」と私は両手を頭の上に伸ばし、もう一度考え直す。


 今回の戦争、アルマヴィル帝国はランカラン王国の協力があったからシルヴァンを滅ぼす事ができたのだけれども、実際に血を流したのはアルマヴィル帝国だけ。ランカラン王国は協力したとはいえ国境の一部をアルマヴィル帝国に解放しただけなのよね。莫大な戦費と自国民の命をかけた占領地でのもうけ話を自国で独占したいという気持ちは充分に理解できる。理解はできるんだけど、地理的要因と流通の問題をどう解決するかで話が変わってくるのよね。私はそんなことを考えながら二の項目にバツをつける。


 まず地理的な条件を確認してみましょうか。私は自分のショルダーバッグから周辺地域の地図を取り出しシルヴァン周りの都市を確認した。うーん、シルヴァンに一番近い都市はスムカイトで間違いない。アルマヴィル帝国でシルヴァンに一番近い都市はミュサヴァトになるのだけれども、スムカイトとシルヴァンの間に比べて二倍の距離があり、都市の規模もスムカイトの半分以下。そうなるとシルヴァンへ物資を一番運び易い都市はスムカイトで間違いなさそうね。私はそう確信すると「三.シルヴァンに最も近い都市はスムカイト」の部分に丸をつけた。


 あとは流通事情ね。私は再び地図に目を落とす。そうね、ランカラン王国は半島国家だから大量の荷物が送れる海路とアクセスしやすいのは強みよね。そしてスムカイトは湾岸都市カラチュクルとも近いし街道もしっかり整備されている。それに比べシルヴァンに最も近いアルマヴィル帝国側の都市ミュサヴァトの街道は細いし整備もされていない。これはシルヴァンの自業自得の部分もあるけれど、こればかりは仕方がないか。


 アルマヴィル帝国とシルヴァンの街道があまり整備されてこなかった理由、それはシルヴァンが関税を上げ過ぎたことに起因する。様々な国と国境を接するアルマヴィル帝国の陸路を使う商人にとって、シルヴァンを経由するランカラン王国との商取引は、高額な関税によって利益が大きく損なわれる。つまり、大きな利益が期待できず、魅力が少ないのだ。


 一方、ランカラン王国はアルマヴィル帝国と交易するにあたり、大量の荷物を運ぶことのできる海路を使いたいのだけれども、アルマヴィル帝国としてはランカラン王国には海路を使ってもらいたくない事情がある。ランカラン王国は世界有数の海洋国家であり大陸有数の商船団と交易網を持っている。そんなランカラン王国にアルマヴィル帝国の港を自由に使われてしまっては、自国の商業ギルドの利益が圧迫されてしまうからだ。


 そのためアルマヴィル帝国は、ランカラン王国にのみ莫大な湾口使用料を設定しており、事実上アルマヴィル帝国とランカラン王国の交易はシルヴァンを通じる陸路でしか利益がでない構造になっている。その結果、ランカラン王国は、アルマヴィル帝国との交易で唯一利益の出るスムカイトとシルヴァンの交易路を積極的に整備し、他国からの交易で利益を得られるアルマヴィル帝国は、シルヴァンとの交易路の整備にあまり力をいれてこなかったのだ。


 そして今回の戦争、ランカラン王国がアルマヴィル帝国に協力した理由も、ここら辺にあるのだと思う。たぶん、アルマヴィル帝国はランカラン王国に対して自国の湾口使用料を大幅に下げる約束、つまり、シルヴァンの交易における地理的な優位性をゼロにできる条件を出したのではないかと私は推測している。軍事上の話を横に置いておくと、港を安い湾口使用料で使えるようになれば、ランカラン王国にしてもアルマヴィル帝国にしても、関税が高くて少量の荷物しか運べないシルヴァンを経由する陸路にこだわる必要はないのだから。


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第25話補足:投資家の日常

https://kakuyomu.jp/works/16817139557982622008/episodes/16817330649967528313

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