第46話:俺を大金持ちにしてくれるのか?

「リツ、待たせてすまなかった」


 タルワールの声に私は思わず振り返る。どうやら私の命を狙った山賊、いや、アルマヴィル帝国の騎士と、おそらくはドミオン商業ギルドの商人たちへの弔いが終わったのであろう。今にして思えば、山賊としての役回りをせざるを得ない状況に追い込まれ、山賊として一生を終えざるを得なかった彼らの人生とその遺族たちに思いが至ると、私は割り切れない気持ちになり、いたたまれない気持ちになる。きっとタルワールやエルマールみたいな人を殺すことを生業なりわいとしている騎士という職業にもなると、もっと割り切れなくて、もっといたたまれない気持ちになるのであろう。だからこそ騎士というものは倒した敵にでも敬意を払い、丁重に扱うことを良しとするのであろう。そしてその高潔な気持ちを彼らは騎士道と呼ぶのであろう。

私は一時的な怒りの感情に振り回され、タルワールやエルマールみたいに振舞えなかった自分を今さらながら恥ずかしく思った。そして今からでも自分にできる事として、心の中だけではあるものの、この戦いで命を落とした名も知らぬ六名の騎士と商人に手を合わせ冥福を祈った。


「連隊長、リツ殿、そろそろ出発しませんか。我々はこの二人を街道沿いの詰所まで連れて行かなければならないので途中で別れることになりますが、ギャンジャの森を出るまではご一緒しますよ」


 少しだけ罪の意識にさいなまれていた私は、このエルマールの人懐っこい笑顔に救いを感じた。私はそんなエルマールの提案に無言でうなずくと、手綱を通してキャロルに出発の意志を伝える。すると私とタルワールを乗せた荷馬車はゆっくりと動きだし、ギャンジャの森の出口に向かって進みだした。そして私たちに連れ立って、エルマールをはじめとするシルヴァン予備軍の騎士たちもギャンジャの森の出口に向かってゆっくりと進みはじめる。生き残った二人の革の鎧を着た山賊・・・・・・・・は、手足を縛られ私の荷馬車に乗せられている。この二人の山賊はさすがに観念したようで、暴れたりもせず静かなものであったが、自業自得とはいえ、彼らがこの先味わうことになるであろう過酷な運命について思いが至ると、さすがの私も心が痛む。


 タルワールもきっと同じような気持ちであったのであろう。タルワールは荷台にいる二人に視線をむけると、この二人が最も聞きたかったであろう質問を私にぶつけてきた。


「ところでリツ。この荷台の青い箱に入っている木材二十万トン分の先物証書をどうするつもりだったんだ?」


「どうするって、普通に二割の四万トン分をタキオン商業ギルドに売るだけよ」


 タルワールの唐突な質問に私は即答した。しかしタルワールは、私の回答に納得できていないようで、首をかしげながら私に再び質問をする。


「リツ、冷静に考えてみてくれ。リツの荷馬車だと最大でも二トンくらいしか荷物を運べないはずだ。そうなると四万トンの木材を運ぶためにはシルヴァンとスムカイトを二万回ほど往復することになるのだが、その間、山賊やら狼やらから、どうやって身を守る予定なんだ?」


「そんな心配いらないわよ。またタルワールに護衛を頼むつもりだから」


 私のあっけからんとした回答にタルワールは思わず目を丸くする。


「なんと、俺は一回銀貨百枚の護衛を二万回できるのか。それだけで銀貨二百万枚、金貨だと二万枚もらえる計算になるんだが、リツは俺を大金持ちにしてくれるつもりなのか?」


 タルワールはそう言って大きな声で笑い始めたが、私は大まじめに「その通りよ」と即答する。


「でも次からは一回の護衛で銀貨百枚も出せないわよ。山賊の正体もわかったことだし、しかも全滅させているわけだから、リスクは相当下がっているはずだしね。だから次は一回の護衛で銀貨十枚がせいぜいね」


「何言ってるんだ。同じ仕事であったら、前の契約と同じ条件を引き継ぐというのが商人の常識だろう。リツはそんなことも知らないのか?」


「ちょ、ちょっと、なんでタルワールがそんなこと知ってるのよ?」


 タルワールの意外な一言に私はひどく動揺する。ほんと、私はこういうところが、ちょろいというか、隙がありすぎるというか。


「俺の生まれ育ったシルヴァンは商業が盛んな街だし、俺の両親も商人だったからな。それくらいの話は一般教養みたいなもんよ」


「ちょっと、そんな話、聞いてないわよ。後でめないように、そういうことはちゃんと前もって話しておくというのが商人同士のマナー。そのことについては両親から教えてもらわなかったの」


 私は慌ててそう反論したもののタルワールはどこ吹く風、右手で顎をさわりながら不敵な笑みを浮かべ、こう切り返す。


「そうだな、商人同士の話であればそうかもしれない。それはリツの言う通りさ。ただ俺は騎士だ。商人同士のマナーとやらは適用されないのかもしれないな。それに、聞かなかった方が悪いという考え方も商人にはあるみたいだな、そういえば」


 「うぅっ」と私は思わず言葉に詰まる。なにこの男、なんで商人の私が言いくるめられなきゃいけないの。こんなのおかしいじゃない。私はあまりにも悔しくて馬車の上にもかかわらず、思わず地団駄を踏む。そんな私の様子が面白かったのだろうか、タルワールは私から顔を背け、笑いをこらえるのに必死であった。そしてそんな私たちの様子を見て、小声で笑い続けていたエルマールも悪乗りして私をからかってくる。


 「もちろん私たちの契約も今回と同じ条件でお願いしますね、もちろん二万回分」と。

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