第47話:繰り返せばいいんでしょ?

「さて、お互いの妥協点が見つかったところで少しまじめな話をしよう」


 一通り笑い終えたタルワールが私に話しかけてきた。


「見つかってなんていないわよ。次は銀貨百枚なんて絶対払わないからね!」


 私は必死の形相でタルワールにそう反論したが、その表情すらタルワールには面白いらしく、笑いをこらえるのに必死の表情だ。なんて失礼な男なのだろう。しかしタルワールは、そんな私の怒りを知ってか知らでか、両手のひらを下にむけ「まぁまぁ」と私の気を鎮めようと躍起になっている。しかし、さすがに笑い疲れたのか、それとも笑いをこらえるのに疲れたのか、タルワールは急に真顔に戻った。


「ところでリツ、少しまじめな話をしよう。リツの話によると、どうやら俺はこれから四万トンの木材を運ぶために二万回ほどシルヴァンとスムカイトを往復することになるらしい。しかし、最短距離であるこの森の街道を使っても一往復で六日かかる。そこから考えると一日も休まずに運び続けたとして十二万日、三百二十八年かかる計算になるんだが、そこら辺の事をどう考えているんだ?俺は長生きをするつもりではいるんだが、三百二十八年生きる自信はちょっとないんだが」


「な、何言ってるのよ。さすがの私でもそんなことくらい分かっているわよ。ちゃんとある程度お金がたまったら、人を雇う予定だから安心して」


 動揺しながら返事をする私をみて、タルワールは「気がついてなかっただろう?」とからかうも、「そ、そんなことないわよ」と私は精一杯の虚勢を張る。しかしこの状況、タルワールが有利なのは間違いない。


「で、リツ。そこら辺の事はどうするつもりなんだ?」


 タルワールはそう言って畳みかけてくる。私はしどろもどろになりながらも必死にタルワールの質問に答えてみせる。


「えっと、ね。落ち着いて聞いてね、タルワール。簡単な計算なの」


「ほうほう」


「タキオン商業ギルドは一トンの木材をシルヴァンに運ぶだけで、誰にでも銀貨二千枚はくれる。そして私の荷馬車だと一回で二トンの木材を運べる。つまりシルヴァンとスムカイトの間を一往復すれば、最低でも銀貨四千枚が手に入る。ここまではいい?」


「あぁ」


「次に、手に入れた銀貨四千枚を使って二人の商人を雇えば、今度は六トンの木材が運べて銀貨一万二千枚が手に入る。そしてその銀貨一万二千枚を使って六人の商人を雇えば、今度は十四トンの木材が運べて銀貨二万八千枚が手に入るというわけ。これを続けていけば、十七回目、百二日目で木材を運んだ量が四万トンを超える。だからタルワールが三百二十八年も長生きしなくても大丈夫ってわけ。すごいでしょ?」


 この私の完璧な回答に、タルワールは必死に笑いをこらえ、今にも笑いだしそうな表情を私にむけてくる。ほんと、この男失礼ね。顔をそらすとか、ちょっとは気を遣いなさいよ。


「あのなぁ、リツ。その十七回目では商人を何人雇う予定なんだ?」


「八千百九十人だけど?」


 「くくっ」とタルワールの口から思わず笑いが漏れる。


「ところで、リツ。スムカイトの人口がどれくらいか知っているか?」


「知らないけど、どれくらいなの?」


「そうだな、だいたい一万人くらいだ。それで、リツはスムカイトに住む市民全員を雇って木材を運ぶ予定なんだよな」


 「うっ」と私は思わず絶句したものの、ここで負けを認めるわけにはいかない。これでは今までと同じ、これ以上この男を調子に乗せるわけにはいかない。


「タルワール、まだまだね。私はスムカイトで必要となる商人を全員雇うとは一言も言ってないわ。他の周辺都市からも商人を雇うに決まっているじゃない。それこそシルヴァンで旅商人を雇うという手もあるしね」


「なるほど、それは名案だ。さすがはリツ、賢いな」


 そう言ってタルワールは必死に笑いをこらえ続けている。


「では、その商人をどうやって雇うのかという問題は解決したことにしておこう。しかしリツ、まだ大きな問題が残っているぞ」


「大きな問題?」


「そう、とても大きな問題だ。とりあえずリツが持っている二十万トンの木材のうち二割の四万トンは、タキオン商業ギルドに売却できたとしよう。しかし売却することができない残り十六万トンの木材は、一年間どこに保管しておくつもりなんだ?」


 「うっ」とまたしても私は言葉につまる。しかしこれは大丈夫。ちゃんと答えは考えてある。


「それは、ドミオン商業ギルドにしばらく預かってもらうつもりよ。木材の売却益で貸倉庫代を賄うことはできるし、預けたとしてもたった一年。問題ないわ」


「ドミオン商業ギルドから倉庫を借りる、確かにその手もあるな。しかしリツの先物証書のせいで、世界中から木材を集めさせられたドミオン商業ギルドが、リツのために快く倉庫を貸してくれるかな?」


「なに言ってるの。ドミオン商業ギルドに断られたら、今回みたいにタキオン商業ギルドに頼むわよ。喜んで倉庫を貸してくれるはずよ」


「タキオン商業ギルドに倉庫を借りるか、なかなかの名案だ。確かにタキオン商業ギルドなら倉庫を貸してくれる可能性は高いな。しかし、量の問題はどうするつもりだ。スムカイトで木材のほとんどを取り扱っているドミオン商業ギルドですら、二十万トン分の木材を保管する倉庫を確保するのが難しい状況なんだろう?タキオン商業ギルドは二十万トンもの木材を保管できる倉庫を持っているのか?」


「そりゃぁ、聞いてみなきゃわかんないけど、大丈夫よね?多分」


 私はたどたどしく疑問形で答えたが、タルワールの質問はさらに続く。


「そもそもシルヴァンの復興に二十万トンもの木材が必要なのか?シルヴァンについてみればわかることだが、戦禍があったのは東門から行政府へと続く大通りだけだ。修理が必要な建物は多く見積もっても五千軒くらい。家一軒でだいたい二トンくらいの木材を使うから、シルヴァンの復興に必要な木材はだいたい一万トン。二十万トンどころか、タキオン商業ギルドに売る予定の四万トンですらシルヴァンの復興に対しては多すぎると思うんだが?」


「うぅ」


 タルワールの質問に三度みたび言葉が詰まり、私は何も言い返すことができなくなった。どうやら今回も私の負けみたい。ほんと、くやしい。

そして、そんな私の顔を見たタルワールは、すこぶる満足そうな笑みを浮かべていた。

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