第61話:約束された悲劇

 タルワールは一通り笑い終わると、急に真剣な顔で話しはじめる。


「今回の山賊騒ぎなんだが、どうにも腑に落ちない所があってな。とくに誇り高き騎士の身分にあるものが、山賊みたいなことをするのは信じられないんだが」


「ちょっと、こんなところで」


 タルワールの質問に私は思わず絶句し、羊肉と野菜をトマトベースで煮込んだハシュラマを食べる手が止まる。半年前のシルヴァンならともかく、今のシルヴァンはアルマヴィル帝国の一都市にすぎない。高度な自治が認められているとはいえ、こんな誰が聞いているかも知れない場所でこの発言は大胆すぎる。


「だから、個室をとろうかと聞いたんだ」


 タルワールは、真剣な眼差しでそう言って沈黙していたが、しばらくして「ふぅ」と大きなため息をつく。


「すまない、冗談だ。とりあえず落ち着いてくれ。まずこのレストランは会員制だ。しかもシルヴァン政府の関係者で、かつ、有志しか入れない。だから安心してくれ」


「有志って?」


「決まっているじゃないか、シルヴァンの独立を志す有志さ」


「ど、独立?」


 話の展開があまりにも早くてついていけない。シルヴァンの独立って、もし私がそれをバラしたりしたら、どうなるかわかっているの?


「というわけだから、その件は気にしなくてもいい。で、肝心のアルマヴィル帝国の騎士が扮した山賊の件、リツの考えを教えてもらいたいんだが?」


「あくまでも私がわかる範囲で、しかも推測だから話半分で聞いてね。間違っていても責任とれないから」


 私は最初にそう断って、タルワールの目を見ながら、私のできる限りの真剣さをもって、タルワールに話はじめる。


「今回の件、原因は十中八九、お金絡みだと思う。アルマヴィル帝国の財政が逼迫ひっぱくしている話は知っているでしょ?」


「あぁ、随分と税金が上がっていると聞いているが」


「そう、アルマヴィル帝国の財政はかなり逼迫ひっぱくしている。ここ五年でクテシフォン、ペトラ、パルミラ、ソコトラ、ヒエラポリス、ヘグラ、そして、シルヴァン。これだけの国と戦争をして、すべて滅ぼしてきているんだから当たり前よね。でもなんでアルマヴィル帝国はこんなハイペースで戦争をしているんだと思う?」


 そう言って、私は一呼吸おく。


「その答えは、ずばりお金よ。もともとクテシフォン、ペトラ、パルミラ、ソコトラあたりで戦争をやめて内政に専念すればよかったものの、ヒエラポリスまで手をだしたのは間違いだった。当時、大国だったヒエラポリスとの戦争は長引き、莫大な戦費がかかったの。そして国をまともに運営できるお金が残らないどころか、新しい占領地での反乱も続いたから、内政コストが莫大に膨れ上がった。そしてそれを解決するためにアルマヴィル帝国が考えたのが戦争だったの。つまりアルマヴィル帝国は、その強力な軍事力によって、金回りのいい小国を占領し、莫大な賠償金を奪い、内政に回しているの。これが今のアルマヴィル帝国を支えている経済モデルよ」


「リツ、ちょっと待ってくれ」


 タルワールが、私の説明を妨げる。


「それはちょっとおかしくないか、それが事実なら、アルマヴィル帝国がシルヴァンに多額の賠償金を求めてくるはずだし、シルヴァン予備軍の設立を認めるわけもないし、ましてや、シルヴァン兵の遺族やシルヴァンの傷病兵に年金を与えるわけがない。そもそもその仮定が正しいのなら、自治政府なんて政治形態を認めるわけがない」


 タルワールのもっともな質問に、私は私の考えを正直に話すことをためらった。しかもここはシルヴァン独立派しかいない場所。こんな悲劇的な推論を話していいものだろうか。私は、私なりにかなり悩んだものの、タルワールの真剣な顔を見た時、私の決意の天秤は正直に話す方に傾いた。


「申し訳ないけれど、それはすべてアルマヴィル帝国の利益のためなの。シルヴァンに賠償金を求めなかったり、自治政府を認めたりした理由は、アルマヴィル帝国が一切お金を出さずに都市を復興するためなの。そしてシルヴァン兵や遺族に対する寛大な処置をとったのは、シルヴァン市民のアルマヴィル帝国への心証をよくするためなの。そしてこんな事をした理由は、次の戦争にシルヴァンを積極的に協力させるためなの」


「つまりね、アルマヴィル帝国はランカラン王国を占領するつもりなの。それが証拠に、アルマヴィル帝国は、私たちクテシフォン商業ギルドに五年後払いで大量の軍艦を発注している。アルマヴィル帝国がランカラン王国を支配することができれば、一気に世界有数の海運国になるから、軍艦の料金どころか、その財政は一気に改善するからね。というか、それ以外に莫大な軍艦の料金を払う手段なんてないのよ。だからアルマヴィル帝国は、ランカラン王国を征服する橋頭堡きょうとうほとしてシルヴァンを占領したの。つまり橋頭堡きょうとうほとしての機能を備えるまでは、もしくはランカラン王国を滅ぼすまでは、シルヴァンに自治を与えるのは当然だし、寛大な措置をとるのも当然なの。そうでもしないと、シルヴァンを自国を守る無料の盾として利用できないから」


 そこまで言って私は申し訳なさそうにタルワールを見る。そして、そこには怒りと悲しみをぐっと我慢しているような、とても切なく、とても苦々しい顔があって、私はそれ以上何も言うことができなくなった。


「ありがとう、リツ。どうやら俺は事態を少し甘く見ていたみたいだ。ところでアルマヴィル帝国がランカラン王国に戦争を仕掛けるとしたら、時期はいつくらいになるんだ?それがわかれば、俺たちにもやりようがあるかもしれない」


「そ、そうね。シルヴァンがなんとか橋頭堡きょうとうほたりえるまで都市機能が回復するまで早くて一年、そしてアルマヴィル帝国がクテシフォン商業ギルドに大量に発注している軍艦のすべてが完成するのが半年後、新造艦に対する兵士の訓練が終わるまで半年はかかると思うから、開戦まで少なくとも一年の時間はあると思う」


「一年か」タルワールは、思わずそうつぶやいた。


「ただ戦争が始まったとしても、シルヴァンはすぐには戦場にならないと思う。度重なる戦争で人員とお金を浪費しすぎたアルマヴィル帝国に、正面決戦する国力は残ってないはずだから」


「だから、アルマヴィル帝国がまずやることは海上封鎖。ランカラン王国はその海運力を守るための最低限の海軍しかもっていないから、今回新設されるアルマヴィル帝国の大艦隊に対抗しきれないと思う。つまり、初戦でランカラン王国の艦隊を全滅させて海上封鎖することが最初の目的になると思うの。この状態になれば、陸路もシルヴァンを押さえているから、一国全体の流通を完全に封鎖できる。つまりランカラン王国の補給線、すべてを切ることができるの。そしてこの状態での包囲戦がアルマヴィル帝国の狙い」


 そこまで言った私は、ここから先、発言することにためらいを覚えた。そう、私がこれから発言しようとしているそれは、これから語ることのすべては、復興にむけて頑張っているシルヴァンの人々の気持ちを考えると、とても言えるようなものではないのだから。


 でも、私は意を決する。タルワールなら、シルヴァンの人たちなら、きっと乗り越えてくれる。だからこういう情報は早めに言っておいた方がいい。私はそう考え、重くなった口から言葉を無理やり引きずり出した。


「海軍を潰されて制海権を失ったランカラン王国の活路は陸路しかなくなるの。そしてその時、戦場になるのがシルヴァンだと思う。昨日の夜、旅商人から聞いた話が正しいとすれば、それに備えてアルマヴィル帝国はシルヴァンの近くに補給基地となる都市を突貫で造っている。だからアルマヴィル帝国にある建築資材の供給は、すべてその新都市に集中している。だからシルヴァンに建築資材が入ってこなくなったの。これが今のシルヴァンの建築資材不足と価格高騰の理由の一つなの」


 私はタルワールの目を見て話すことができず、うつむきながら、か細くはあったものの、はっきりと私が洞察しているすべてをタルワールに伝えた。そして、その後に来るのは約束されたかのような沈黙であった。私は、恐る恐る視線を上げてタルワールの顔をみると、そこには、私がこの旅で一度も見たことのない悲しそうな表情を浮かべ、考え込んでいるタルワールがいた。それはそうだろう、今シルヴァン政府と市民が一丸となって取り組んでいる復興事業が、アルマヴィル帝国の次の戦争のための、しかもアルマヴィル帝国を守る盾になるための努力であると私が言ってしまったのだから。


「ランカラン王国の件は、わかった。とりあえず話をもどそう」


 しばらくしてタルワールはそう切り出したが、とても落ち着きを取り戻したとは言えない様子であった。しかし、それを気取られることのないよう冷静に努めている姿勢は紳士的で、尊敬に値するものであった。私は、多分、一生、このタルワールが見せたこの姿勢を忘れることはできないであろう。そう確信させる何かがそこにはあった。


「ところで、ランカラン王国とアルマヴィル帝国の戦争が近い将来行われるとして、それがアルマヴィル帝国の騎士が山賊をしていた事とどう繋がるんだ?」


「もちろん、お金が答えになるの。アルマヴィル帝国は、自国の兵士をタキオン商業ギルドに雇わせて大量の契約金を手に入れているの。そうやって毎回戦費を稼いでいるくらいだからね。だからタキオン商業ギルドは、アルマヴィル帝国の財布って揶揄やゆされるのよ。だからタキオン商業ギルドが雇った兵士に山賊役をやらせるのは当たり前。ただ今回は、機密性が高いから近衛を使ったのだと思う。ただアルマヴィル帝国製の甲冑や剣を使っている時点で正体はバレバレだし、随分間の抜けた話だとは思うんだけどね」


 タルワールの悲しみを和らげようと、私はできるだけ明るく返事をすることに心がけた。しかし、そんな私の返事を聞いたタルワールはさらに寂しそうな顔を浮かべていた。


「申し訳ないが、俺にはその気持ちがなんとなくわかる。たとえ山賊行為をしていたとしても、それが騎士道に反しているものだとしても、自分は最後まで騎士であり続けたかった。それがあの甲冑とあの剣を使っていた理由なんだと思う」

そうしみじみと話すタルワールを見て、私の心は尋常ではないレベルで締めつけられ、しばらく何も言うことができなかった。


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第61話補足:国が雇う盗賊集団とは?

https://kakuyomu.jp/works/16817139557982622008/episodes/16817330650065719579

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