第68話:貸倉庫契約の罠

「いいですか、リーディットさま。今回、相手がタキオン商業ギルドということでしたので不問にしますが、今後はあんなペテンまがいの取引は絶対しないこと。約束できますか?」


「わかった、約束する。今後は気をつけるね。ウォルマー」


 私はしおらしくウォルマーに返事をしたものの、ウォルマーの表情は「どうせ考えを改めるつもりはないんでしょ」としか見えない表情であった。まぁ確かに、私も考えを改める気はないんだけれど。


 さて、一発大きく当てる教の私が今回立てた作戦は、最初は非常に単純なものであった。つまり、ドミオン商業ギルドが大失策で大量に発行してしまった先物証書を、ドミオン商業ギルドの調達能力を超える量になるまで確保する。ただこれだけ。

そして、ドミオン商業ギルドの調達能力を超える量の先物証書を盾に、ドミオン商業ギルドに妥協をせまる。つまり、契約不履行のリスクを武器に、先物証書を高値でドミオン商業ギルドに買い取らせる。たったこれだけの話であったはずなのに、私が欲張って余計なことをしたのだ。


 具体的に欲張ったのは貸倉庫契約の件。この仕掛けがうまく軌道に乗りそうだとわかったのが六月一日の午前だったから、コーネットやウォルマーが私の具体的な計画を知ったのは六月一日の夕方から夜にかけてだと思う。そして色々な仕掛けも同時に六月一日中にやってくれと私が頼んだものだから怒って当然よね。


 でも私たちの敵は、アルマヴィル帝国とその財政を支えるタキオン商業ギルドなんだから、ドミオン商業ギルドをとっちめたところで私たちの目的は達成できない。だから、タキオン商業ギルドに直接損害を与えることができる今回の作戦、気に入ってもらえると思ったんだけどな。正直ここまで怒られるとは思ってもいなかった。ちなみにウォルマーがペテンと評した私がタキオン商業ギルドと結んだ貸倉庫契約のポイントは四点。


 一.私は一年たたないと木材を引き出すことができない

 二.私が木材を一トン預けると、私は銀貨三百枚を受け取ることができる

 三.一年後に木材を引き出す時、私は一トン当たり銀貨四百枚を支払う必要がある

 四.一年後に木材を引き出さない場合、私は木材の所有権を放棄する


 ここで大事なのは一の部分。私はタキオン商業ギルドに一年木材を貸し出し、引き出すことができない。つまりタキオン商業ギルドは、預かった木材を倉庫に眠らせておく必要がないのだ。要するにタキオン商業ギルドは、私から預かった木材をすぐに売りさばいて、一年後、売った分と同量の木材を倉庫に用意しておけばいいのだ。これは実質、私から預かった木材をタキオン商業ギルドが自由に売買できる契約になっているというわけ。


 次のポイントは二。預けた木材を自由に売買できる契約になっているのだから、私がお金をもらうのは当然と思わせたことがポイント。あと料金を一トン当たり銀貨三百枚と格安に設定して、相手が契約しやすい環境を作ったのもポイント。

ランカラン王の勅命が縛れたのは、あくまでもランカラン王国内資本の業者であって、アルマヴィル帝国資本の業者であるタキオン商業ギルドを縛ることはできない。つまりタキオン商業ギルドが所有する木材に関しては、自由にシルヴァンへ輸送ができる。ここがポイントになるのだ。つまりタキオン商業ギルドは、私が倉庫に預けた木材をシルヴァンに持っていって売るだけで、仕入れ値の十倍、銀貨三千枚で売ることができるというわけね。だからこそ、タキオン商業ギルドは銀貨三百枚くらいなら払ってもいいと思うわけで、そう思わせたことが今回の勝因になるというわけね。


 そして最後の三と四の条件。一年も経てばシルヴァンの復興事業は終り、木材の需給は安定する。そうなれば木材の値段は一トン当たり銀貨百枚程度に収まるはずで、そのタイミングで私が銀貨四百枚で木材を買い戻すはずがない。つまり三と四の条件は、ほぼ百パーセントの確率で私が所有権を放棄すると思わせている条件なのだ。この契約の内容であれば、私は木材一トン当たり銀貨三百枚の収入を得られ、タキオン商業ギルドは銀貨二千七百枚の利益を得られる計算になる。そして私が木材の所有権を放棄するのが確実であるのだから、タキオン商業ギルドとしては一年後わざわざ木材を買い戻して用意する必要もない。まさにお互いが利益を得られると思わせる契約内容というわけね。


 ここまで契約することができればあとは簡単。タキオン商業ギルドに二十万トン分の木材の引き取りを迫るだけ。タキオン商業ギルドとしては、そんな大量の木材を引き取ることはできないのだから契約不履行となり、それを盾に莫大な違約金を手に入れることができる。これが今回、私が立てた貸倉庫契約の作戦。

しかし、この作戦を成就させるためには三つの課題があった。


 一つ目の課題は、私が持っている木材の総量、つまり二十万トン分の木材を私が持っているとタキオン商業ギルドに看破されてはいけないということ。だから私が持っている木材の総量は言わずに、いかにして私の持っている木材すべてを引き取るという形に契約を持っていくかが課題であったというわけ。


 そして二つ目の課題は、貸倉庫の契約者が私になっている点。二十万トン分の木材を倉庫に収める時、タキオン商業ギルドから契約者本人、つまり私でないと対応できないと言われたらさすがの私も困るしかない。さすがにドミオン商業ギルドとタキオン商業ギルドの間を十万回往復するわけにはいかないのだ。かといって、最初からクテシフォン商業ギルド名義で契約を要求したら絶対に怪しまれる。商業ギルドとしての契約を要求する時点で、量の多い取引であるということを相手に悟られる心配があるからだ。


 というわけで、結局、スムカイトでは、私名義で契約するしかなかったのだ。だからシルヴァンで名義変更を断られたら、危なかったといえば危なかったのよね。でもまぁ、その時は貸倉庫契約の利益を諦めて、ドミオン商業ギルドに先物証書を買い取らせるだけの取引に縮小すればいいだけなんだけど。


 最後に課題になったのは時間。すべてが決まったのが六月一日の昼前、スムカイトでのことだったから、コーネットとウォルマーがこの話を聞いたのって、六月一日の夕方から夜の間だったと思うのよね。そこから準備をして、間に合わせてくれたのだからウォルマーとコーネットには感謝しかない。


 そしてこの件だけではなく、同じ日にシルヴァン予備軍と契約もしてくれたし、本当に無茶な日程だったと思う。それなのにすべて私の希望通りにしてくれて、それどころかウォルマーなんて、朝一番の早馬で私の所に来てくれたんだから、ほんと感謝しかない。


 ただ唯一不安だったのはクロリアナからの手紙。


「思ったより時間がかかっているから、先物証書の件をドミオン商業ギルドに気づかれないように時間を稼いで」


 と書いてあったけど、一応、青い箱ハータム・カーリーのトリックで半日時間を稼いだけど、一連の取引はうまくいったのかな?


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第68話補足:「空売り」と「信用取引」

https://kakuyomu.jp/works/16817139557982622008/episodes/16817330650082911591

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