10.ちゃんと利益はでましたか?

第67話:そんなに私をせめないで

 タルワールとの最後の晩餐から一夜明け、私はクテシフォン商業ギルドのシルヴァン支部に来ていた。とにかく頭が痛い、二日酔いも酷い。そんなに飲んだ記憶はないんだけれど気がついたらベッドの上。私、どうやって部屋に戻ってきたんだろう。全然覚えていない。


 結局、昨日の私、言いたいことをちゃんと言えたのかな。頑張って夕食に誘えていた昨日の私なら、きっとうまく、って、いや、きっと言えてないよね。もし言えていたとしたら、何かしら伝言とか残っているはずだもの。はぁ、私ってほんと何やってるんだか。


 私はそんな後悔の念にさいなまれながらも、店内で忙しそうに動き回っているウォルマーに声をかける。


「おはよう、ウォルマー。コーネットはいる?」


「リーディットさま、何がおはようですか、もう夕方ですよ。ほんと、いくつになっても、そういうところ全然直りませんね」


「ちょっと、ウォルマー。二日酔いで頭が痛いから、大きな声はね、勘弁してほしいというか、ね」


 私は右手で頭を押さえながらウォルマーにそう伝えるも、ウォルマーは呆れ顔だ。おかしいな、四日前、ウォルマーとギャンジャの森の前で会った時、無事に帰ってきてくださいとか言われていて、ちゃんと約束通り生きて帰ってきているんだから、められる流れよね、これ。なんで私が怒られる流れになっているんだろう。もしかして今回の取引、うまくいかなかったのかな?


「ウォルマー、もしかして私のせいでマズいことになっている?」


 私が恐る恐るそう尋ねると、ウォルマーは渋い表情を一切緩めることなく、淡々と話し始めた。


「リーディットさま、お帰りなさい。再会できて本当に嬉しいです。ギャンジャの森の前でお会いした時は、本当にこれが最後になるかもしれないと思ったんですよ。この件に関してだけは、本当によかった」


 ウォルマーはここで言葉を一度止めると、大切な言葉を溜め込んで一気に話す準備をしているかのように、会話に間を作った。


「さて、リーディットさま。シルヴァン支部長のコーネット様は、ドミオン商業ギルドに出かけておりまして、しばらく帰ってこられません。心当たりは、もちろんありますよね?」


 ウォルマーの語気には隠し切ることのできない怒気が含まれていた。さすがの私もこれに気がつかないほど鈍感ではないし、気がつかないフリができるほど器用でもない。これは正面から向き合うしか選択の余地がなさそうね。


「わ、わかっているわよ。私がお父さまからいただいた青い箱ハータム・カーリーを売ってしまったことに怒っているんでしょ?」


「それだけではありませんが、一つはそれです。リーディットさまは、亡き陛下が遺してくれた数少ない遺品をたった金貨三百枚で売っぱらってしまったんですよ。いったい何を考えているんですか!」


 ウォルマーの怒気は収まるどころか、さらに燃え上がっているようであった。そして私は「はい」と短く答えるのが精一杯であった。


青い箱ハータム・カーリーは、コーネット様が買い戻そうとしてくれています。しかし戻ってくる保証はありません。なんでリーディットさまは、いつもいつも勢いまかせなんですか。なんで、ご両親が残してくれた数少ない遺品くらい大切に扱えないんですか?」


「だってウォルマー。あそこで私が青い箱ハータム・カーリーを売らなければ、命が危なかったのよ。仕方がないじゃない」


 私は下を向きながら私なりの反論を試みるも、それがウォルマーの怒りをさらに燃え上がらせた。


「だってじゃありません。もしあの青い箱ハータム・カーリーや中に入っているものから、リーディットさまの素性がばれたらどうするつもりだったんですか?それこそ大変な事態になっていたんですよ」


 あっ、これは、あれだ、何を言ってもダメなやつだ。ウォルマーのこの言葉で私は現状を正確に把握し、これ以上、余計なことを言ってはいけないことを悟った。


「いいですか、リーディットさま。今回の件、言いたいことは山ほどありますが、リーディットさまが勝手にタキオン商業ギルドと貸倉庫契約を結ばなければ、こんなややこしいことにはならなかったんです。もともと二十万トン分の木材の先物証書を、期日ギリギリにクテシフォン商業ギルドに名義変更して、私どもが先物証書を処分するという約束だったじゃないですか?」


「それなのに、なんなんですか。五月三十日になっても先物証書の名義変更をしないで、自分で直接ドミオン商業ギルドと交渉したいと言い出したかと思えば、直前になってタキオン商業ギルドと貸倉庫契約を結んだから、それに合わせて証書を処分して大金を得る方法を思いついただとか、旅商人らしく商品を運んでみたいからギャンジャの森を抜けてみたいとか、山賊に襲われると怖いからシルヴァン予備軍と契約してほしいとか、言いたい放題、わがまま放題じゃないですか。なんでリーディットさまは、いつもいつも余計なことをして話をややこしくするんですか?」


「ご、ごめんなさい」


 私は下を向きながら、絞り出すように謝罪の言葉を告げた。しかしウォルマーは、しばらく私を許すつもりはなさそうであった。


「それだけではありません。ギャンジャの森の手前の小川で私にこっそり手渡した銀貨、あれはなんなんですか。私をバカにしているんですか?」


「だっ、だって、商人はみんなそういうことしているじゃない。だから私も一回やってみたかったの。うまくいかなかったとしても、ウォルマーなら許してくれるかなって思って。ほら、将来、私が一人前の商人になるために必要な練習よ。練習」


「何くだらないことを言っているんですか、リーディットさま。あなたはもう二十二歳なんですよ、いい加減しっかりしてください。私たちの目的が何で、目的を達成するために何が必要なのか、決して忘れないでください。私たちの目的を達成するために必要なのはお金だけじゃない。あなた自身の命も必要だってことくらい、さすがに分かっていますよね?」


「そんなことは、いくら私でも分かっているわよ。分かっているけど、少しでもお金を稼いだ方がいいかなと思って、タキオン商業ギルドに貸倉庫の取引を仕掛けた訳だし」


 そんな私の言葉を聞いたウォルマーは「ふぅ」と大きなため息をつく。


「いいですか、リーディットさま。今回あなたがしたことは、取引ではなくペテンです。確かにあの取引で我々は大きな利益を得ました。しかし、あの方法は商人としては下の下の取引です。商人同士の戦いにおける一番の武器は信用です。そして信用は、たとえ薄利でも、長く積み重ねることによって初めて築けるものなのです。しかしリーディットさまは、後先考えず一発当てることばかり考えています。今まであなたが起こしてきた問題を一つずつ振り返ってみてください。全部それが原因で失敗しているんですよ。その後、フォローする私たちの気持ちもいい加減わかってください」


 あ、でたでた薄利多売教、私は心の中でそうつぶやいた。私が考える商人世界の一大宗教だ。たとえ薄利でも一つ一つの仕事をコツコツこなして、利益をあげることを良しとする教えの薄利多売教。私が決してなじむことのできない考え方だ。やはり商人たるもの、一発大きく当ててこそと私は思うのだけれども、どうも周りから賛同をえられない、何がいけないのかしら。


「わかった、わかったから、ウォルマー。今後は気を付けるから、お説教はここまでにしてもらえない?」


 私が素直にそう謝ると、もう一度ウォルマーは大きなため息をついた。


「わかりました、リーディットさま。今日はこれくらいにしておきましょう。ただ二十万トン分の木材の先物証書の件、特別会員の融資枠を使って、現物業者や直接取引を通じて銀貨二十五万枚で手に入れた手腕だけは見事でした、成長しましたね」

ウォルマーはそういって、今日初めての笑顔を私にむけた。

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