第69話:「もうけ」はおいくらですか?

「ウォルマー、とりあえず今回の収支を教えてもらえない?」


 説教の大海から脱出することができた私は、ウォルマーにそう質問する。ウォルマーは、私にそう言われ不満そうな表情を浮かべていたものの、とりあえずは私の質問に答えてくれそうであった。


「わかりました、リーディットさま。まずタキオン商業ギルドとの取引の結果からお話ししましょう。結論から言えば、今回タキオン商業ギルドからクテシフォン商業ギルドが受け取った金銭の総額は金貨百万枚となります」


「では、次に内訳についてお話ししましょう。まず貸倉庫契約についてからです。リーディットさまの手持ちの木材すべてを一トン当たり銀貨三百枚で受け取る契約でしたので、二十万×三百で銀貨六千万枚、金貨六十万枚が今回の収益になります」


「しかしタキオン商業ギルドは、この木材すべてを預かることは物理的に不可能ということでしたので、契約の解除を願いでてきました。そこで私どもが得る予定だった金貨六十万枚に加え、金貨四十万枚の違約金を支払ってもらう形で話がつきました」


 金貨百万枚か、まずまずねと私は心の中で何度もうなずき、ウォルマーの次の報告を待った。


「次にドミオン商業ギルドとの取引の結果をお話しします。結論から言えば、今回ドミオン商業ギルドからクテシフォン商業ギルドが受け取った金銭の総額は金貨百六十万枚となります」


「ドミオン商業ギルドにつきましては、リーディットさまの代理人として、木材二十万トンすべてを至急引き取りたいと伝えましたところ、すぐに引き渡すどころか、期日までにすべての木材を揃えることさえ不可能だとの回答をいただきました。そこで我々は、商品を引き渡すことができないのであれば、この木材を使用して作る予定だったモノの損害を金銭で補償することができるのであれば、すべての先物証書をドミオン商業ギルドに売って、穏便にすますことができると伝えましたところ、先方が乗り気でしたのでそちらの方向で話をまとめることになりました」


「ちょっと待ってウォルマー。その話はわかるにはわかるんだけど、金貨百六十万枚はさすがにやりすぎなんじゃないの?」


「安心してください、リーディットさま。そこは我々クテシフォン商業ギルドの知恵です。アルマヴィル帝国は次の戦争に向けて準備を急いでいますからね。我々が受注している軍艦製造の契約書を集め、これらの軍艦が建造できなくなると我々も国との契約が守れなくなる、どうしてくれるんだと迫ったわけです。もちろん実際には、これらの軍艦建造の材料の手配はとっくに済んでいますから問題ないんですけどね」


「つまり、国家との契約が守れなくなるリスクを背負うということを盾にとって交渉したってこと?」


「その通りです」


「ここで我々が、投機目的で、ドミオン商業ギルドを契約不履行にさせることが目的で、今回の仕掛けを打ったと先方に思われてはいけないのです。その思惑が表に出てしまえば、我々は他の商業ギルドから余計な警戒をされてしまいます。つまり、クテシフォン商業ギルドと契約したはいいが、この契約には何か罠があるのでは?と思われてしまうのです。そうなればスピードも落ちますし、我々と取引をしていただける業者も減ってしまいます」


「いいですか、リーディットさま。将来に対する取引のタネを失ってしまうということは商人にとって最大の損失になるのです。だから今回のタキオン商業ギルドと交わしたペテンまがいの契約は絶対にしてはいけないのです」


 そう説明されて私は、やっとウォルマーの言わんとしていることを理解することができた。確かに目先のお金を追いかけて、将来、お金を産む源泉を潰してしまっては意味がない。それでは自分の足を食べるタコと同じになってしまうのだから。


「そうね。反省するわ」


 私は今日はじめての心からの反省の言葉をウォルマーに伝えると、ウォルマーは少しほっとした表情を浮かべた。


「安心してください。今回のタキオン商業ギルドとの貸倉庫の取引も、大量の軍艦を建造するためには大量の木材をどこかの倉庫にしまっておく必要があり、半島国家で輸送が楽な海路が発達したランカラン王国をその保管場所として選んだと説明して辻褄を合わせておきました。だから今回の件、タキオン商業ギルドもちゃんと納得していましたよ」


 このウォルマーの言葉に私は「ありがとう」としおらしく感謝の言葉を伝えた。


「ただ今後は本当に気をつけてください。タキオン商業ギルドとの貸倉庫契約の件を我々が聞いたのはリーディットさまが出発する前日の夕方です。その時点で我々はシナリオの変更を余儀なくされたのです。この件の辻褄を合わせるために我々が大混乱だったことは想像に難くないですよね?」


「もしかして、その混乱はスムカイトにも広がっていたから、クロリアナから『思ったより時間がかかっているから、先物証書の件をドミオン商業ギルドに気づかれないように時間を稼いで』という手紙がきていたの?」


 そう私が聞き返すと、ウォルマーは「その通りです」と一言いって静かにうなずいた。


「いいですか、リーディットさま。もともと我々の作戦は、ランカラン王に政治的な介入する時間を与えず、一気にドミオン商業ギルドから先物証書の違約金を受け取る計画だったはずです。そのためドミオン商業ギルドには、ランカラン王の助力を借りずに独力で解決できると思わせる必要があったのです。だから先物証書を今回の旅に持っていくと書いた手紙をドミオン商業ギルドから出し、ドミオン商業ギルドの意識をリーディットさまに集中させ、その隙に本物の先物証書を持っているスムカイト支部が、リーディットさまの委任状をもって代理人として木材を引き取りに行き、時間的な余裕を与えずにドミオン商業ギルドに交渉を迫るという計画であったはずです」

「しかしリーディットさまの貸倉庫契約の件で、大幅なシナリオ変更が必要となりました。このシナリオ変更によって、我々はタキオン商業ギルドと交渉する時間が必要となり、そしてその時間がドミオン商業ギルドに時間的余裕を与えてしまったのです。そればかりではありません。タキオン商業ギルドと金貨百万枚レベルの取引をするのです。こんな話は一気に広がります。つまりドミオン商業ギルドに我々の作戦が看破され、政治的な介入を許すきっかけを与える可能性もあったということです。つまり今回の取引は、薄氷の上の勝利にすぎないのです。そこを絶対に忘れないでください」


 ウォルマーに一気にまくしたてられた私は「ごめんなさい」と謝ることしかできなかった。


「ただ一つだけめる所があるとすれば、シルヴァンに到着した後もリーディットさまが先物証書を持っているように勘違いさせた点です。そして、ドミオン商業ギルドが先物証書を手に入れたと勘違いさせるため、青い箱ハータム・カーリーを売ったのは商人としては見事な判断でした」


「ちょっとウォルマー。さっき青い箱ハータム・カーリーを売ったって言ったら、すごい剣幕で怒ったじゃない。さすがにそれはおかしくない?」


「だから言ったじゃないですか、商人としては、と。残念ながら人としても政治的な側面からしても零点です。皮肉で言ったんですよ」


 ウォルマーにそう釘を刺され、私が反論の準備をしていたちょうどその時、後ろから私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。コーネットが帰ってきたのだ。


「リーディットさま、お話があります。こちらの部屋にきてください」


 私はその口調から、これから起こるであろうロクでもないことを想像し、大きなため息をついた。

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