第14話:戦争について考えよう

 七度目のアルマヴィル帝国と都市国家シルヴァンとの戦争。


 この戦争の引き金を引いたのはシルヴァンの関税、つまり通行税の値上げであった。ただ、シルヴァンがアルマヴィル帝国やランカラン王国に戦争をふっかけられる時って、関税の引き上げが必ず引き金になっていたから、当時の人々は「またか」という感覚だったと思う。


 そしてアルマヴィル帝国にしても、タキオン商業ギルドから利益を大幅に圧迫される関税をなんとかしてほしいと嘆願された結果であって、いつも通り、一か月くらいの予定調和的な戦争が続いた後、シルヴァンが若干の関税を引き下げて決着するであろうと誰もが考えていた。だから、シルヴァンに住む人々も今回の戦争について特別な危機感を持っていなかった。どうせいつも通りに戦争がはじまり、いつも通りにランカラン王国の支援があって、いつも通りにアルマヴィル帝国が撤退し、いつも通りに和平交渉が行われる。みんながみんなそう考えていたのだ。


 しかし今回は事情が大きく異なった。なぜなら今回の戦争、ランカラン王国はシルヴァンを支援しなかったのだ。それどころかランカラン王国は、アルマヴィル帝国にシルヴァン周辺の自由通行権を与え、自国領内におけるアルマヴィル帝国軍の行動の自由まで許したのだ。これはシルヴァンにとって明らかに想定外の出来事であった。

この状況を作り出すため、アルマヴィル帝国がランカラン王国に対し、何かしらの働きかけを行ったことは想像に難くない。しかし、シルヴァンはこの大きな取引を察知することができなかったのだ。


 いずれにせよ、アルマヴィル帝国が作りだしたこの状況は、都市国家シルヴァンを存亡の危機へと導いた。すなわちアルマヴィル帝国軍は、この状況を最大限に利用し、シルヴァンを完全包囲したのである。この完全包囲という状況は、シルヴァン建国以来の危機といっても過言ではなかった。


 なぜなら、今までシルヴァンが経験した戦争は、シルヴァンと国境を接するランカラン王国かアルマヴィル帝国のどちらかを相手にした戦争であったからだ。つまり、今までの戦争は、どちらかの国境が常に開かれており、いくらでも食料や傭兵を自由に補給することができたのだ。しかし今回の戦争は、その補給路が完全に断たれてしまっている。


 こうなってしまうと、シルヴァンがいくら堅牢な城塞を備えようが、いくら屈強な兵士を揃えようが、全く意味がなくなってしまう。なぜなら、アルマヴィル帝国軍にしてみれば、街の外でシルヴァン軍が飢えるのをただ待てばいいだけなのだから。

この状況を打破するため、シルヴァンは籠城をやめ、街の外に討って出るという方法がないわけでもなかった。しかし、シルヴァンの総兵力一万に対し、アルマヴィル帝国の総兵力は十五万。数の上では勝負にならない。この状況で討って出るのは自殺行為に等しかった。


 しかも、時間と共に飢えて衰弱していくシルヴァン軍に対し、時間と共に兵士や武器が常に補充され、屈強になっていくアルマヴィル帝国軍。この状況下であれば、誰もがシルヴァンはすぐにでも降伏した方がいいと考えるであろう。しかし、それは俯瞰ふかん的な視点を持てる第三者だからできる判断であって、当事者がそれをできるとは限らない。


 つまり、この戦争で負けてしまえば今までの既得権益がすべて失われる。そんな危機感をいだいたシルヴァン議会と首長が選んだのは徹底抗戦であった。この判断は、たとえ無理だとわかっていても戦わずに引くことはできないとか、最後の一人が死に絶えるまで戦うべきだとか、そういう安っぽいヒロイズムがシルヴァン市民の中に蔓延していたことも影響していたかもしれない。そして私は、戦争をすれば必ず勝ってきたという成功体験がシルヴァン議会とシルヴァン市民の間に蔓延しており、その成功体験が冷静な判断力を奪ったとも考えていたけれど、いずれにしろ愚かな判断であることは間違いなかった。そしてこの愚かな判断が、多くの悲劇を生むことになる。


 例えば、城塞を背に防衛線を張ったシルヴァンは、その兵力の約半分、五千人の兵士の命を失ってしまった事とか、飢えに耐えかねたシルヴァン市民が城門を開き、アルマヴィル帝国兵を街の中に招き入れたため、市民を巻き込んだ市街戦が起きてしまった事とか、アルマヴィル帝国の支配を受け入れられない市民によるゲリラ戦によって、大量の市民の命が失われてしまった事とか、おおよそ戦争の悲劇と呼ばれるものすべてが、約半年の間に、ここシルヴァンという一都市に凝縮されてしまったのだ。


 結局この悲劇は、シルヴァンがアルマヴィル帝国に降伏する形で終幕する。そして、この悲劇がもたらしたものは、大量の血を流しても流さなくても結果は同じだったという戦争というものの救われざる一面だけ。そして、議会と首長の愚かな判断が、多くの市民と兵士の命を奪ったという事実だけ。もしこの状況を、悲劇以外の言葉で形容できる者がいるとしたら、それは、とてつもない国語力を持つ者か、とてつもなく国語力を持たざる者か、いずれかと言わざるをえない。ただ、このような悲嘆も今となっては何の意味も持たない。結果として残ったものは、シルヴァンとアルマヴィル帝国の戦争が、大量のシルヴァン市民の犠牲によって終わったという事実だけなのだから。


 しかし、沈んだ太陽が翌日必ず昇るように、救いようのない悲劇を経験したシルヴァンにも、わずかな希望の灯が残っていた。つまり、議会によって更迭された前任の首長と異なり、後任の首長は恐ろしく有能な男であったからだ。要するに、利権を公平に分配する能力を問われた前任の首長と、戦後処理と交渉能力を問われた後任の首長とでは、危機への対応力に圧倒的な差があったからだ。そして、その後任の首長がアルマヴィル帝国から引き出した条件は明らかに破格なものであった。つまり「シルヴァン独自の自治政府の容認」、「自治政府による租税権の保障」、「シルヴァン市民の自由交易権の保障」の三つを引き出したのだ。


 これはシルヴァン市民に戦前とほぼ何も変わらない生活を保障したもので、政治レベルでも高度な自治を容認しており、過去にアルマヴィル帝国と戦争をして負けた国の条件と比較してみれば、異例中の異例の条件、あまりにも寛容な条件であった。もちろん「一時的な軍隊の所持の禁止」、「交易時の関税権の?奪」、「アルマヴィル帝国への税収の一割の上納」等の制限はあったものの、詳しく内容を精査すると、この制限すら異常と思えるくらいの好条件であった。


 特に「一時的な軍隊の所持の禁止」という部分の寛容さは度を越していた。つまり、一時的な軍隊の所持の禁止といっても、シルヴァンがある程度落ち着きを取り戻すまでの六カ月の期間限定処置であって、その後、シルヴァンの防衛は自治政府が責任を持つという内容になっていたのだ。そう、この条件は、領土を併呑された国家にもかかわらず、シルヴァンが独自の軍隊を持つことを許容しているのだ。


 この件に関してのアルマヴィル帝国の寛容さはこれだけではない。アルマヴィル帝国は、六か月後、スムーズにシルヴァン自治政府が軍事を引き継ぐことができるよう、シルヴァン自治政府直轄の組織として予備軍を結成することを認めたばかりか、旧シルヴァン兵のアルマヴィル帝国軍への転属、ケガを負った旧シルヴァン兵と戦争で命を落とした旧シルヴァン兵の遺族に対しての年金まで保障したのだ。


 シルヴァン自治政府の後任の首長がいくら有能だとしても、これは明らかに度を越していると私は思ったものの、私はこの件についてこれ以上深く考える事はしなかった。なぜなら私が一番しなければならないことは、この状況を受け入れ、いかにしてお金を生み出すかを考えることであったから。


 さしあたり思いつくのは、市街戦で倒壊した多くの建物を修理するため、シルヴァンは建築資材、特に加工しやすく、早期復興に適している木材を欲しているということであった。そして、今回私が考えた取引の発想の起点はまさにこの点であって、そういう意味では、今回私が選んだ商取引は間違っていないと私は私自身の判断に自信を持つことができたのであった。


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第14話補足:攻城戦

https://kakuyomu.jp/works/16817139557982622008/episodes/16817330649967507011

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