第13話:立地って、ほんと大事

「リツ様、三番の待合室にお入りください」


 クロリアナが調整してくれたおかげで、私はほとんど待たされることなく、あっという間に待合室に通された。待合室に通されたからといっても、ここでしばらく待たされるんだから、あんまり得した気分にはならないんだけどね。


 待合室に入ると、そこはエントランスホール程ではないけれど、たくさんの商人による喧噪に包まれていた。カウンターに陣取りなにやら複雑な交渉をしている商人、順番を待つ長椅子で、ここ最近の世情や物価について真剣な議論を繰り広げる商人。


「熱量が全然違う」


 私は妙な感心をいだきながら、空いている長椅子の隅に腰をおろす。しかしその感心というのは、誰が聞いているのかわからない場所でよく商売の話なんかできるわね、という呆れた感情の先にある感心なんだけどね。とはいえ、駆け出しの素人商人や、人の考えをミスリードしようと企む商人が、どのような事を考えているかを知るにはいい環境だといえなくもない。そこからもうけ話に発展するのであれば、全力で乗っかっていきたいしね。そう考えた私は、静かに瞳を閉じ、周りの会話に聞き耳を立てる。


 なるほど、なるほど。やはり一番の話題はアルマヴィル帝国と都市国家シルヴァンの戦争の話か。でも、これって当たり前の話よね。この戦争のおかげでシルヴァンとスムカイトの交易量は半分以下に落ち込み、戦争が終わった今でもその数字は回復していないのだから。


 アルマヴィル帝国、都市国家シルヴァン、ランカラン王国。この三国家って、ほんとイザコザばかりなのよね。立地ってほんと大事。私はアルマヴィル帝国と都市国家シルヴァンの戦争について考える前に、この三国の地理的な関係を地政学に基づいて整理してみることにした。ただ、地理的な関係といってもそんな複雑なものでもないんだけどね。大陸から西に飛び出した形のアブシェロン半島を領土とするランカラン王国。そしてその半島の東に位置するアルマヴィル帝国。そしてその国境に横たわるエルブルス山脈。そう、この山脈が両国の関係を複雑にしているのよね。


 エルブルス山脈は、夏でも雪が溶けることがない高い山々が連なる山脈で、軍隊はもちろん、まともな旅人や商人では超えることができない天険だ。しかしこの天険にも例外がある。それがエルブルス山脈における唯一の渓谷、ヤナルダグ渓谷だ。じつはこの渓谷を流れるアラス川沿いだけは起伏が穏やかであり、ランカラン王国とアルマヴィル帝国を陸路で往復することができる街道が存在しうるのだ。そしてその街道上に位置するのが、都市国家にして城塞都市であるシルヴァンというわけね。


 つまり、唯一の交易路上に存在するシルヴァンという都市国家は、陸上貿易における通商ルートが集中する最重要拠点であり、地政学における典型的なチョークポイントになるわけで、だからこそ、シルヴァンはこの立地を最大限に利用し、シルヴァンを通過するアルマヴィル帝国とランカラン王国の商人から莫大な関税を巻き上げ、栄えてきたというわけね。


 しかし、シルヴァンが関税でもうけているということは、アルマヴィル帝国とランカラン王国の利益がシルヴァンに不当に奪われているという見方もできるわけで、この状況を面白くないと感じた両国は、事あるごとにシルヴァンへの侵攻を繰り返してきた。


 ただシルヴァンは、この両国の侵攻をすべてはねのけ独立を保ってきた。それは、主にシルヴァンを守る堅牢な城塞と、誉れ高く、屈強であるシルヴァン騎士団の活躍によるものであるのだけれども、それ以外の要因が全くないわけでもない。いわゆる緩衝地帯という考え方だ。じつは、アルマヴィル帝国とランカラン王国は、お互いに軍事衝突をした歴史がない。まさにこの理由こそ、お互いの国への唯一の侵攻路であるヤナルダグ渓谷に、シルヴァンがあるからといっても過言ではない。つまりこの両国にとって、シルヴァンという緩衝地帯があったからこそ、お互いの国境線の警備を手薄にできたという側面があって、その国境に配備した兵士の維持管理費を大幅に削減できたという財政上のメリットがあったからこそ、民間がシルヴァンに払う関税に目をつむってきたという側面もある。


 ただ視点を変えれば、シルヴァンの地理的な条件はランカラン王国とアルマヴィル帝国にとって恐怖にも変わりうる。つまりランカラン王国とアルマヴィル帝国のどちらかがシルヴァンを征服すれば、シルヴァンは隣国に攻め入るための橋頭堡きょうとうほになりえるからだ。


 そのため、ランカラン王国とアルマヴィル帝国は、相手国にシルヴァンを占領されないように全力を注いできた。つまりアルマヴィル帝国がシルヴァンに戦争を仕掛ければランカラン王国がシルヴァンを支援し、ランカラン王国がシルヴァンに戦争を仕掛ければアルマヴィル帝国がシルヴァンを支援するという形が、歴史上、何度も何度も繰返されてきたというわけね。


 しかし、このような奇妙なバランスによって保たれてきた都市国家シルヴァンの歴史にも終止符が打たれる。そう、それこそが二カ月前に終結したアルマヴィル帝国とシルヴァンの間で起きた七度目の戦争であった。


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第13話補足:「地政学」のご紹介

https://kakuyomu.jp/my/works/16817139557982622008/episodes/16817330649967491896

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