第12話:嫉妬する気にすらなれないよ
さて、そんなこんなで色々あって、私はドミオン商業ギルドの前に来ていた。ここに来た目的はただ一つ、これからスムカイトからシルヴァンにむけて木材を運搬するにあたり、私の身を守ってくれる護衛を探すこと。世の中物騒だし、少女が一人で旅するなんて非常識だしね。
非常識といえば、私のひ弱さも非常識といえよう。素手でなら十歳の女の子と喧嘩しても負ける自信があるし、道中持ち歩いている武器と言えばナイフだけだし、そのナイフですら料理にしか使ったことがない。これでどうやって身を守るのか、我ながら自分で自分のことが心配になる。ほんとこの二十二年間、大きな怪我をすることもなく、どうやってここまで育ってきたのだろうか。私の七不思議だ。
さて、こんなひ弱な私が、あの危険なギャンジャの森を抜け、シルヴァンに行こうというのだから私の冒険心もなかなかのものよね、と非常にくだらないレベルで私は私にいたく感心する。ま、とにかく、感心することは置いておいて、明日までに立派な護衛をなんとか見つけないとね。
「よし!」
気合を入れて私はドミオン商業ギルドのエントランスホールに入る。するとその瞬間起る大きなどよめき。さすが私ってば有名人。ここの酒場で半年間、看板娘をしていただけのことはある。私は、他の可能性でどよめきが起きたかもしれないなんて事は一切考えず、自分で自分自身にそう納得させる。とにもかくにも、人って客観的な事実より、自分が信じている事実の方が大事な時ってあるじゃない。きっとこれはそういう感じのもの。そう、これは明日から始まる商売がうまくいく、なんか、そういう感じのものなのよ。
それにしてもドミオン商業ギルドの
「おはよう、クロリアナ」
「おはよう、リツさま。こんな朝早くに珍しい。また酒場で働く気になったのかな?」
私が声をかけた受付の女性はクロリアナ。目鼻が完璧に整った、明らかに美人に類する顔立ちの女性。特に厚い唇が魅力的で、同性の私でもグッとくるレベル。私よりちょっと、じゃなくて、かなり上のカテゴリーに属する女性だから嫉妬する気にもなれない。それが幸いして、かなり仲良くしてもらっている。ここまで圧倒的な差を見せつけられると、逆に清々しい気持ちになるってものよね。まぁ今はそんな話は置いておいて、
「何言ってるの、クロリアナ。今日は酒場の給仕ではなく、商売の話をしに来たのよ」
私がクロリアナにそう告げると、クロリアナは屈託のない笑顔を私に見せる。そしてその細くて美しい指先を私に向けると、目の前でくるくると回しはじめた。
「さては例の先物証書の件、諦める気になったのかな。さすがにあれは欲張りすぎだぞ」
私はクロリアナの仕草のかわいさに、同性にもかかわらず思わず心を奪われる。なにこれ、これで私と同じ女性とか反則すぎない。私が同じことをしようものならドン引きされるじゃすまないというのに、これって絶対におかしい。って、今はそうじゃなくて、ちゃんと質問に答えないと。
そう考えなおした私は我に返り、クロリアナの問いに強く首を横に振る。そして、その様子をみたクロリアナは、首を小さく傾けて、宝石のように澄んだ青い瞳を私の顔を下から
「まだ諦めていないの、リツさまもナカナカの頑固者よね。わかっていると思うけどあの先物証書、引き取り期限があるし、取り扱いがとても難しいわよ。これ以上、話をややこしくするのはやめた方がいいと思うんだけど」
「えぇ、まぁ」
私がそう歯切れの悪い返事をすると、クロリアナは黙って小さく
「先物証書の件じゃなければ、今日は何しに来たの?酒場の仕事の賃上げでも嘆願しに来たの?それとも男?」
クロリアナは、腰まで伸びたブロンドの髪を左手の指でくるくる回し、笑いながら私にそう問いかける。
「違うわよ、クロリアナ。私が酒場を二日前に辞めたことは知っているでしょ。そ、それに、男っていったって、そういう意味の男じゃないから」
「なになに、思わせぶりじゃない」
クロリアナはそう言って「ふふっ」と笑う。
「だから、今日は私を護衛してくれる人を探しにきたの。ほら、私ってか弱いじゃない。これから旅に出るから一人じゃ危ないかな。と思って」
私がそう答えると、クロリアナの表情は一気に熱を失う。
「なーんだ。リツさまは、まだ商人を辞める気がないのね。私はてっきり今回の件に懲りて、恋に生きるのかと思っていたのに」
私は苦笑いをして、クロリアナの言葉を受け流す。ほんと女って、人の色恋沙汰が大好物なのよね。ストレートに言えば、この手の話に飢えているといってもいい。だからといって、どんな話でも色恋沙汰に結びつけようとするのはどうかと思うのよね。まぁ、私も似たような所はあるんだけれども。
「ごめんね、クロリアナ。私、今日中に材料を仕入れて、明日の朝にはスムカイトから出発しなければならないの。だからあまり時間がないのよ。護衛の依頼の件、急いで処理してもらえないかしら」
「わかった。じゃあこの木札に要件と支払える報酬を記入してもらえる?」
大好物の色恋沙汰の話を一切しなかったにもかかわらず、クロリアナは嫌な顔一つせず、木札と羽根ペンを私に手渡した。私は笑顔でそれを受け取ると、クロリアナに言われた通り必要事項を木札に記入する。
「えっと、依頼内容は護衛で、契約期間は明日からの三日間。報酬の上限は銀貨十枚ね。これで間違いない?」
「えぇ、間違いないわ」と私は小さく
「募集条件に、イケメンに限るって書かなくて本当にいいの?」
「ちょっとクロリアナ」
「冗談、冗談よ。ちょっと待ってて。順番を早くしてもらえるように頼んでくるから」
クロリアナはそう言って明るく笑うと、奥の事務室に消えていった。
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