02.はじまりの日

第11話:私がいた街、紹介します!

 時は一日戻って六月一日。場所はランカラン王国、辺境都市スムカイト。


 ここスムカイトは、ランカラン王国東端に位置する辺境都市だ。エルブルス山脈が近いにもかかわらず、晴れの日が多く積雪もほとんどない。一年中過ごしやすく、暑がりで寒がりな私にとっては理想の都市。辺境都市と聞くと、田舎だとか、小さな街だとか、勘違いする人が多いのだけれども、ここスムカイトはランカラン王国で三番目に大きな都市で、結構都会。活気もあって、生活しやすい、ほんといい街なのよね。


 でも、なんで東端の辺境都市スムカイトが、ランカラン王国三番目の大きな都市になりえたのか。もちろんそれには理由がある。半島国家であるランカラン王国は、東端のみ陸路で他国と国境を接している。そんな地理的な条件があるから、スムカイトはランカラン王国の陸路における唯一の玄関口となり、経済的に大きく発展したというわけね。


 そして、スムカイトの特産物はドライフルーツ。そのため、この都市の至る所からドライフルーツの甘い香りがいつも漂ってきて、まさに乙女の敵。特にザクロのドライフルーツは有名で、スムカイト産というだけで他の街では相場の二倍以上の高値で取引されている。


 ちなみに、私もこのドライフルーツの行商でちょくちょくもうけさせていただいたんだけれども、ドライフルーツの運搬って案外難しいのよね。なんというか、輸送中の荷台からあまりにも美味しそうな甘い匂いがするものだから、誘惑に負けて、じゃなくって、誘惑に負けそうになった思い出ばかり。そのため私は、よほどお金に困らない限りドライフルーツの行商には手を出さないと心に決めている。


 さて、このスムカイト。ランカラン王国の第三都市ということもあって、様々な商業ギルドが軒を並べ競い合っている。例えば、アルマヴィル帝国の財布、じゃなくって、アルマヴィル帝国の財務を一手に引き受けているタキオン商業ギルド。ランカラン王国随一の規模を誇るドミオン商業ギルド。あと、申し訳ない程度であるものの、私が所属するクテシフォン商業ギルド。とにかく、そこら辺の商業ギルドの支店がこのスムカイトにひしめきあい、競いあっている感じね。


 そして、スムカイトで一番の力をもつ商業ギルドは、ドミオン商業ギルド。特に建築資材のシェアは圧倒的で、木材に至ってはスムカイトの市場ほぼすべてを支配しているといってもいい。そのためドミオン商業ギルドは、ランカラン王国内で唯一、現物取引の市場だけではなく、先物取引の市場を取り扱うことが許されている。つまりこの国におけるドミオン商業ギルドは、それだけ取り扱う商品の規模が大きく、信用されているというわけね。


 ちなみに現物取引とは、商品そのものを売り買いする取引。そして先物取引とは、将来その商品を買う権利を売り買いする取引。うーん、つまり、うまくは言えないけれど、先物取引は商品を買う予約券である先物証書を売買する取引って感じね。


 ただ、この先物証書。便利ではあるのだけれども、一つだけ絶対に守らなければいけないルールがある。それが期日。つまり取引最終日にこの先物証書を持っていた人は、いかなる理由があろうとも必ず商品を期日以内に引き取らないといけない。もし自分が必要とする以上の先物証書を間違って買ってしまい、取引最終日までに売り切る事ができなかった場合、つまり、取引最終日後に先物証書を持っているという状況に陥った場合、どんな事情があろうとも必ず商品を引き取らなければならない。たとえ、それが何十万トンというバカげた量であったとしても。


 しかし、この件に関しては、一つだけ救済措置がある。商品の引き取り期間に余裕があるという点だ。直近の例で説明すると、五月三十一日が取引最終日であったのだけれども、もし六月一日の時点でこの先物証書を持っていたとしても、六月一日から六月三十日の一カ月の間に商品を引き取ればいいのだ。要するに、間違って大量の商品を先物取引で買ってしまったとしても、一カ月間、その商品を保管する倉庫を探す時間的余裕が与えられるというわけね。でも結局は、先物証書で買った商品すべてを引き取らなければならないという事実は変わらないんだけどね。


 さて、この先物証書。市場で売買する商品としては面白い特徴をもつ。先物証書、つまり、将来商品を買う権利を売買している先物市場は、商品を今という時間軸で売買しているのではなく、一定期間後の未来という時間軸で売買している。要するに、先物市場の参加者は、不確定な未来を予測しながら商品に値段をつけ、先物証書を売買しているのだ。人が望む未来は、人の数だけ存在する。そしてその複数の未来を基に取引される先物取引は、唯一無二の今を基にする現物取引より値段の変動が大きくなる。つまり先物取引は、現物取引より安く買って高く売りやすく、もうけるチャンスが多いのだ。


 そしてこの状況は、市場で大もうけしようとたくらむ賭博者にとって、とても魅力的に映る。つまり賭博者は、その値段の変動にうまく乗ることさえできれば、誰でも大もうけができると考えているのだ。しかし、それと同じ確率で損もするんだけど、その可能性については目をつぶっているところが、いかにも賭博者らしいと言えるんだけどね。


 結局、そんな理由で先物市場には、その商品ではなく、その値段の変動を必要とする賭博者が大量に流入する。だからいつの世も先物市場は大人気で、大盛況というわけね。


 ちなみに私も、ちょっとだけ先物取引を経験したことがあるので、この楽しさ、じゃなくて、この市場の仕組みを少しだけ理解している。私もこの市場でいつか大もうけしたいなと思ってはいるけれど、いまだにそのチャンスに恵まれていない。


 ま、とにかく、現物の商品を売買している人だけではなく、自分が本当に買うか買わないかよくわからない商品の予約券、つまり、先物証書の売買に熱中する賭博者が毎日市場に押し掛けるものだから、ドミオン商業ギルドはいつも大にぎわい。そのおかげで、この都市を支配するに相応しい商業ギルドとしての風格を保っているって感じね。


 ただ最近は、アルマヴィル帝国と都市国家シルヴァンの戦争で、交易路が使えない時期があったから、交易量が激減して大損害を被ったり、交易量減少による物価の急変動の影響を受けたり、踏んだり蹴ったりだったと聞いていたけれど、今では戦争も終わり、徐々に当時の輝きを取り戻してきている感じかな。


 さて、私はそんなドミオン商業ギルドと少なからず縁がある。なぜなら戦争の影響で商人としての仕事にありつけなかった私が、食いつなぐために、この商業ギルド内にある酒場で、約半年間、給仕として働いていたからだ。ドミオン商業ギルドはこの都市最大の商業ギルドということもあって、たいそう気前が良く、私が住み込みで働けるように住居を提供してくれたばかりか、キャロルの馬房まで無料で貸してくれるという大判振る舞いであった。まったく、この福利厚生、私が所属するクテシフォン商業ギルドにも大いに見習ってほしいものだ。


 と話が長くなってしまったけれど、つまり、私はドミオン商業ギルドの酒場で給仕として働いて食いつなぎ、店のお客様から色々な情報をもらいながら商売のネタを探し続け、なんとかスムカイトからシルヴァンへ木材を運搬するという商売にありつけたというわけね。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第11話補足:先物取引とは?


https://kakuyomu.jp/works/16817139557982622008/episodes/16817330649967466485

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る