もしもの話

岡田公明

僕と彼女

『もしも、もしもだよ』

 彼女は小さな子供のような無垢な笑みを浮かべて僕に言った。


『別の時間に行けるとしたら、どこの時間に行きたい?』

 言葉足らずというか若干ややこしく分かりにくい質問だった。言ってしまえば過去や未来に行けるなら、どっちに行きたいのか?的な質問なのだろうか?僕は彼女の足りない言葉を頭の中で補いながら考える。


 しかし彼女は僕よりももっと何か別の物を見ている時がある。同じ景色を見ていても彼女だけが何か違う方向を見ていて、まるで同じように見えて全く足並みが揃っていないことがある。それは僕らにとっては当然で当然故に僕は嫌だった。


 だけど、ここで一つの答えを確かに求められていた、僕は何かを答えないといけなかっただから...


『うーん、過去に戻りたいかな?』

 純粋にそう答えた、答えた理由は既に頭の中にあって僕はその存在に気づいて、その答えを出した。


『どうして?』

 そう尋ねるときの彼女の目には好奇心の色が見えた。彼女の目にはいつも好奇心の色が見えていた、昔から変わらず彼女は大きな好奇心を抱えていて、そして本当の興味はその理由にあることが分かった。


『未来に興味が無いから...とかかな?』

 僕は本当のことを隠すように言った。


『何それ変なの』

 そう言って彼女は笑った。彼女は、いつの間にか僕よりも少し背が高くなっていて、昔は可愛らしい顔だったのに少し大人の様子が増してその魅力が大きくなっていた。そして、そんな彼女の浮かべる笑みは美しくて、しかし、その言葉を口にできるほど僕は幼くなく、一方でこの笑みを浮かべる彼女は僕のその言葉を純粋に受け入れるほど子供ではなくなっていた。


 彼女は昔から変わっていないと思っているように僕は思えた。しかし、確かに彼女は変わっていた。成長して大人になりつつも子供のままでいてくれる彼女と、そんな彼女を受け入れつつ僕は大人になってしまったように考えていた、だけどそれはあくまで僕の意見で、彼女は僕とは違うことは理解していて、そしてその溝がいつの間にか僕たちの間には確かに存在していて、そしてもっと単純に純粋に距離を詰めて彼女に対して何か行動を起こせば今の変えたい現状、進めたい状況を打開できることに気づいていて、僕はそれに目を瞑っていた。


 言ってしまえば昔から僕はどこまでも臆病だった。


『なんか、過去に未練とかあるの?』

 長く伸ばした髪を耳に掛けて、コートの内ポケットから彼女はタバコの入った箱を取り出した。彼女は季節を問わず、いつだって同じようにコートを羽織ってその内ポケットからタバコの入った箱を取り出す。彼女は僕にも一本欲しいかを尋ねて、僕はタバコは吸わないので断る。


 すると彼女は少し拗ねたようにおどけたような仕草を見せて、そのオレンジの箱から一本だけのタバコを咥えて取り出し、時代に合わないマッチを擦って火をタバコに付けた、そのマッチの火を息で消して地面に落とす。


 その光景や、その時の仕草は彼女をより美しく見せて、そしてそれを見るたびに彼女が大人になったことを僕は実感した。


『うーん、特には無いと思うよ』

 僕は基本的に変えることの出来ない過去に未練は無いつもりだった。一つ頭に浮かぶことがあったが、それはここで望まれていることではないと分かっていて僕は言葉にしなかった。仮にその話をここでできて、変えることのできない過去を清算しようとするほど僕は強くは無かったし、そうやって上手く自分の過去を投げだせるほど僕は情けない人間ではないつもりだった。


『へぇ~でも実は単純に好きな人ともう一度とか考えてたりして~』

 そんな風にからかうように彼女は言いながら、彼女はタバコの煙を空に浮かべた。彼女の言葉は図星だった、だけど僕は彼女の前で白状するつもりは無かった。から違うよと答えた。その様子は少し焦っているように映ったかもしれない。


『じゃあなんで?』

 彼女は純粋に興味があるのだろう。いつも自身で何故を探して、そして自分の興味の向く方へ帆を向けて進んでいく人なのだから。そしてその何故は彼女が何度も僕に向けてきた言葉だった。


『ぎゃ、逆に君ならどっちにする?』

 僕は尋ねる。彼女は未来か過去なら?と首を傾げて僕は頷いて返事を返した。

 僕は慌てていた、そしてそれは自分が思う以上に酷いものなのだと気づいた、少なくともこんな風に動揺するとは思っていなかった。


 彼女はそんな僕の様子を気にすることなく。

 そうだねぇと、右のこめかみを人差し指で押しながら難しい顔をした。真剣に何かを考えるときに彼女がする昔からの癖だ。そしてそういう仕草をするときは大抵、少々の時間がかかる。彼女は吸っているタバコを左の手で持ったまま、頭を回転させている様子が見える。



『私も過去かな』

 僕が過去を選んだ理由を探していた時にその言葉が耳に入った、彼女の手には既についっさきまで吸っていたタバコは無くなっていて、もう一本を吸おうとしてポケットを漁っていた。僕が"流石に辞めといた方が良いよ"と止める。彼女は"そうだね"と言って少し眉を下げて困ったような表情を浮かべた。

 

 無自覚での行動だったのかもしれない。

 彼女はある時からタバコを吸い始めた。彼女の性格的に最初は単なる好奇心だったのだろう。彼女は自分の周りにある好奇心を見つけてはそれを触りたくなってしまう。小さな子供が手に届く範囲に落ちているものを口に入れてしまうのと同じことのような感じで、それは彼女の性格によってできた問題だった。


『それで?』

 僕は彼女にどのようにその答えを決めたのかを尋ねた。


『うーん、なんていうか明るい未来が見えなかったからかな』

 困ったような表情のまま彼女は続ける。


『私の進む未来に一緒にいてくれる人がいるかは分からないけど。私の歩んできた過去に、確かに居る人がいる。もしかしたら私の歩む未来にその人は居ないかもしれないし。その人の歩む未来に私はもういないかもしれない。』

 彼女はどこかぼかしたような風に言って、そして表情を硬くする。何かに気づいてしまったように、その表情は普段の彼女が浮かべるものとは異なっていた。


『いや、きっといないとそんな風に思う。だから私は、その人の居ない可能性のある未来よりは過去に行きたい。そしてその人と長く居たいなって』


 "ロマンチックでしょ?"

 そんな風に言って再び微笑んだ。


『じゃあ、今日はもう解散にしよっか』

 彼女はスッキリした表情で言う、僕に理由を聞くことなく、このまま解散の流れを作った。


『え?でも』

 僕はもっと長く居ないといけない気がした、自分の思いを伝えないといけない気がした、彼女が言葉にしたように僕も言葉にしないといけないと弱い自分なりに考えて口にしないといけないと。


『まぁ、慌てなくても良いよ、今日はもうスッキリしたし次までの宿題みたいな感じで、また次会う時も何か話をしなきゃいけないわけだし、これっきりってわけじゃないしね』

 彼女は僕に言った、しかし彼女の目の先に僕は居ないような気がした。


『そ、そうだね』

 僕は否定をしなかった。そして僕達は別れた。

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もしもの話 岡田公明 @oka1098

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