冷やしビールの特許申請

◆ 「10-5 冷やしビールの後ろ盾」より


 ギルド内の一室に俺たちは通された。奥の食堂と同じように、床も室内も大理石ではなく木造だ。

 簡素だが応接間だろう、よく見かける詰めれば4×4で8人くらい座れそうな長テーブルがあり、周囲には飾りものの武器や盾、ケプラのギルドマークの旗などもある。


「既にお知り合いのようですが。改めてこちらは<満腹処>の店主ファビアンです。私と昔馴染みの者なので、気になることがあれば何でも聞いてください」


 昔馴染みだったのか。


「今日はわざわざありがとうございます、魔導士様……」


 俺つまり良家の人間と話すのが慣れないのか、特許の打診を受けた時と同じように緊張含めいくぶん卑屈めにそう話すファビアンさん。

 多少いかめしい顔つきなので汚れた黄色い前掛けがあると職人気質の料理人に見えたものだが、今では気の弱い一庶民にしか見えない。


 俺たちもざっくりと自己紹介した。


 座ってくれと言われたので座る。姉妹は俺たちの後ろで立つようなので、放っておいた。

 昔は気になっていたものだが、今では頼もしい護衛ないし従者がいるアピールは重要なんだろうと理解ができる。商談の場でも効果的なんだろう。彼女たち自身も両サイドに立つことは望んでいる。


「まず確認なのですが、……今回のご用向きはタナカ様の考案されました『冷やしビール』の特許の申請と、このファビアンの打診により『冷やしビール』を<満腹処>でお売りする、半年間は<満腹処>の独占販売とし、特許使用料を半額免除すること以外の詳細は決めていないのでこの場で目途をつけたい、といった内容でよろしいでしょうか?」


 淀みない導入文句にはいと同意する。

 ファビアンさんも、緊張感をにじませながら頷いた。


 ウィノーナさんは視線を落として一人で納得するようにアゴを小さく動かしたかと思うと、「話を進めるにあたって、その『冷やしビール』を試飲してみたいと思うのですが……」と提案しつつ視線を戻してくる。まあ、そうなるな。


「もちろんです。タライの中を空にしてください」


 ウィノーナさんが冊子を取り出し、慌てて立ち上がったファビアンさんが小樽をどかした。


 俺は空にしたタライを受け取り、《水射ウォーター》により水で満たす。そして《凍結フリーズ》で水を凍らせた。

 ウィノーナさんが声こそあげなかったが目を見開き、小さく口を開けて驚いた様子を見せる。ファビアンさんは既に見ているからかそれほど目立った反応はない。


 それから少し逡巡したが、指先で魔力装をつくって氷を切り、かち割り氷をつくっていく。


「必要なのは水と凍らせる魔法で、氷を割るのは鈍器の類でも大丈夫です。こう、ガツンと割るなりして。客に出す際にはできれば氷の大きさ、総重量は同じにしたほうが良いかと思いますが」


 と、俺がゲンコツで氷を割る手振りを入れつつ一応注釈を入れるとウィノーナさんは無言でうなずいた。うなずきの回数は多めで、彼女の目は大きく見開かれたままだった。

 小さいし使うのは獣人だしで、魔力装であるとは分からないかもしれないが、やばい魔法の技術の類であることは察せれるのかもしれない。ハリィ君もジョーラの言うところの「ハムのように」切れることはなく、のこぎりのようにギコギコと削り切っていたものだった。


「ビールをジョッキに入れといてください。満杯にはしなくていいです」


 そう俺が言うと、ファビアンさんによって手早く小樽が設置され、ジョッキにビールが注がれる。


「私のも頼むぞ」


 そんなところになぜかインの注文。2つあるし、飲むのはウィノーナさんだけだからいいだろうが……。

 断るわけもなく、分かりましたとファビアンさんは従順にもう1つのジョッキにも注いだ。やれやれ。


 かち割り氷を2つビールに入れ、ウィノーナさんに手渡す。


「本来ならビールには氷を入れない方がいいです。氷を入れると氷が溶け、味が薄まってしまうので。金属製の容器だと熱伝導率が高いので、氷水に浸せばすぐに冷やすことができます。では、ジョッキが冷たくなってきたら飲んでみてください」

「はい」


 ウィノーナさんはジョッキを両手で包んで中をじっと見だした。子供がなにか珍しいものでもじっと観察するように。

 インが「ダイチ、私のも」と言うので、インの分のビールをつくってやる。


 やがてインが口をつけて「はぁ~~」とオヤジくさい言動を見せると、ウィノーナさんも続いた。


「あら! これは、……美味しいですね」


 ウィノーナさんが驚きながらそう素直な感想をこぼした。


「のど越しが爽やかで、まるで別の飲み物のようです。涼感も……体が生き返った心地がします」


 感動をあらわにさせながら続けてそう評価するウィノーナさん。

 そうでしょう、そうでしょう。席に戻る。


「味は多少薄まってはいますが……これは人気が出るのも納得ですわ。ファビアン、あなたも飲んだの?」

「飲んだよ。おかげさまで……昨日の体の疲れは残りませんでした。昨夜はよく眠れましたし」


 と、ファビアンさんが俺に穏やかな笑みをこぼしてくる。

 飲んだ日はプラシーボ効果も実感がしやすいだろうけど、そもそも冷えた飲み物がないというならなおさら革命的な飲み物になるだろう。


「これはビールに限った話ではなく、キンキンに冷えた飲み物全般に言えることなのですが、急にたくさん飲むと頭痛がすることがあります。なので店で客に出すときには、冷やしすぎないようにしたり、一気に飲むと頭痛がするかもしれないと注意勧告しておいてください」

「……病気などではないのですか?」


 いくらか不安げにそう訊ねてくるウィノーナさん。

 病気。そういう懸念事項も出てくるか。


「こういった冷えた飲み物を摂取すると私たちの体は冷え始めます。一方脳と体は、体をあたためるべく指示を出します。で、体内の活動が活発になります。体に行き渡っている血液量が一時的に増え、その血管の膨張により頭痛が起きるんですね」


 メカニズムを簡単にそう説明すると、ウィノーナさんは「そうなのですね……」と同意した。とはいえ、小首を傾げていて、あまりよく分かっていない風の反応だった。

 ファビアンさんも同様に。エルマたちを思い出す反応だ。


「まあ、体には問題ないってことです。一度に大量に飲むと頭痛はもちろん腹を下したりすることはありますけどね。何でもそうですが飲みすぎや過剰摂取は体によくないよってことですね」

「なるほど……」

「ファビアンさんも、もし店で出す時には最初は過剰に冷やさずに出す方がいいでしょうね。夏場とかは結構冷やしていいとは思いますが」


 わかりました、と過剰なくらいアゴを上下に動かすファビアンさん。


 にしてもこの温度調整は結構重要かもなと思う。

 頭痛が起きて悪魔の飲み物だとか言われたらちょっとな。流行には拒否反応がつきものとはいえ、下手したら流行る以前の問題になるかもしれない。


 ウィノーナさんがおずおずと口をつけた。さきほどとは打って変わって緊張した様子だ。

 だが、口に入れるとみるみるうちに緩められる頬。


「これがいつでも飲めるのなら、これからの日々がどれだけ至福に満ちた日々になることでしょう」


 そうして、しみじみとそう語った。

 おおげさな言葉だがあながち間違っちゃいない。俺的には和風の味付けをした焼き鳥もあれば最高だ。


「ねえ、ファビアン?」

「まったくだね。たいていの疲れは吹き飛ばしてくれるだろうね」

「まだ何も決まっておらんのにのう?」


 と、インが眉と口の端をひょうきんにあげて見てくる。


「別に出さない方向にしようとはとくに思ってないけどね」


 ことりとジョッキを置いて、ウィノーナさんが「それにしてもなぜ<満腹処>なのですか?」と訊ねてくる。意図が分かりかねたので、「というと?」と聞き返す。


「タナカ様の提案について異を唱えるわけではないのですが……このビールは<ヘラフルの憩い所>のような貴族向けの店で出すに足る飲み物です。大歓迎され、評判にもなるでしょう」


 貴族向けのビールって割とパワーワードだな。しかも冷やしただけだからな。いや、高いビールもあるだろうけども。


「支援者には貴族もついていますし、さきほど仰っていた、貴族の方々からの脅迫……脅迫まがいの行いへの懸念もかなり減るかと思います」


 まあ、そうだろうね。


「正直に申し上げて、<満腹処>で売り出すメリットはあまりないかと。<満腹処>は庶民向けの店で、出資者はいることはいるのですが、爵位のない家の商人です。貴族の後ろ盾もありません」


 そうか……。


 んー……でも、貴族の店で出すと貴族しか飲まなさそうなんだよな。評判になるならなおさらに。値段も釣り上げられて。

 見ればファビアンさんがいまだに立ったまま、不安げな顔で俺のことを見ていた。脅迫云々のことは話していなかったからかもしれない。


 <満腹処>になったのは単にファビアンさんが初めに打診してきたからというごく単純な理由――酔った勢いで決めた気もしなくもない――からだったが。

 あとは、ケプラで気軽に冷えたビールが飲みたいという俺の私利私欲。気軽にビールを飲むにしても、ウィノーナさんが言うように貴族も来るような店に行けばいい話ではある。わざわざ<満腹処>である必要はない。


 ただ。

 脳裏に、昨夜の兵士たちの歓喜の様子が浮かぶ。


『くうぅ~~これは本当に美味いですねえ!』

『ああ、それにすっきりするな!』

『これは……! ビールがまるで別の飲み物のようです。ダイチ殿はお酒に詳しかったのですね』

『団長! これは夏の間の兵士の疲労回復にもいいかもしれませんよ』

『確かにそうかもしれんな、マルトン。――え、ほんとにそうなのですか? はは、魔法のような酒ですな!』

『あんまり一気に飲みすぎると頭痛がするぞ?』

『分かってるよ。でも止められねえよ。……っは~~! マジでうめえ!』

『まあな!』


 あんなに喜んでくれていたのを、貴族たちによって“高級酒”にされてごく一部でしか飲まれなくなるのは正直面白くないという考えが俺にはある。

 ここでは必ずしも貴族たちを名指しで悪者に扱っているわけではなく。誰かが独占していい飲み物じゃないという意味だ。


 半年間は独占してしまうわけだが……「店で出す場合は」だし、個人で楽しむ分には何も制限するつもりはない。

 なので流行った場合は、氷魔法を使える水魔導士と《凍結フリーズ》の巻物の需要が上がるだろう。


「……俺たちがケプラに来たのって14日前なんですよね」


 そうして俺の口からはそんな言葉が自然と出てくる。


「最近ですね」

「ええ。……その間俺たちは色んな人たちにお世話になりました。平民の人たち、兵士、商人、ホイツフェラー伯やグライドウェル家の人とかですが良家の方々もいました。もちろんあなたがたにも」


 ウィノーナさんとファビアンさんに視線を寄せる。

 ウィノーナさんは頷き、ファビアンさんはまだ緊張はあったが、静かに聞いている。


「俺たち世間に疎くて。知らないことが多かったんですよ。姉妹も、ダークエルフの里から出てきてそんなに日が経っているわけじゃないですしね。……この14日間は色々とありましたが、おかげさまで楽しく快適に過ごすことができました」


 嫌なことや面倒なこともあったけどね。

 インを見ると視線が合う。肩を軽くすくめたかと思うと、インは理解者然とした薄い笑みを浮かべた。


「……その恩返し、なのかもしれません。お金のある人たちだけが飲む高級な飲み物にはしたくない思惑があって。ケプラの人たちみんなに飲んでほしいと思ってます。……<満腹処>であったのは元々は特別な理由はなかったのですが、先駆けの店が庶民向けの店であることは俺のこうした、みんなに飲んでほしい思惑を成就させるには理に叶っているとは思います。貴族御用達の店で出すとお金のない庶民は飲めなくなりますが、庶民の店に置いておけば貴族も飲めますからね。……労働で疲れた体にも効くと思いますし。ケプラがますます栄えるための原動力にもなるでしょう」


 喋っている間、俺には穏やかな諦念が訪れていた。

 別に今日の今日まで明日に到来するはずのケプラとの別れに関してそれほど恋しいとは思っていなかったが、ここにきてぶり返したように惜しむ気持ちが出てきたらしい。


 そして、俺の故郷はどこになるだろうという、引っ越し時にはいつも到来してきた考えに思考が縛られる。

 世の中には土地や規則に縛られずに生きる方が伸び伸び過ごせるという意見が散見していた。俺も同意するが、そこにつきまとう孤独の影に俺はいつもはじめには怯えてしまう。生活が始まれば忘れていくが、結局その影はまた次の引っ越し時にまたぶり返すことになる。


 しばらく誰も喋らなかった。


 結構私情が出てしまったし、やってしまったかなと後悔や羞恥心が出始めてくる。いつものことながら、年齢相応ではない。……いや、どうだろうか? 青くさいかもしれない。


 ウィノーナさんが「タナカ様」と呼びかけてくる。

 見れば、ウィノーナさんは好意的な笑みをつくっていた。やはり青くささが外見年齢的であったのか、少し恥ずかしい気分になる。


「<満腹処>でお出しするメリットがないというのは私の不徳の意見でしたね。申し訳ありません」


 それから目を伏せて軽く頭を下げ、彼女は謝罪してくる。不徳か。


「そんなことはないですよ。別に俺は高尚な奴でもなんでもないですし」


 そうは思いませんが、とウィノーナさんは穏やかに否定する。次いでジョッキに目線を落とし、表情を引き締めた。


「私の感想にはなりますが。……このビールは売れるでしょう、間違いなく。<満腹処>の売り上げもかなり上がるものと思います」


 あの反応を見るにそうだろうな。そもそも冷たい飲み物がないのもでかい。


「このビールを他の店で売るには半年間待たなければならないんですよね?」

「ええ。一応そういう風に考えています。個人で冷やして楽しむ分にはとくに制約をかけるつもりはないので、飲みたい人は勝手に飲むと思います。水魔導士に頼んだりして。流行った時には《凍結》の巻物の需要も上がるでしょうね」


 ウィノーナさんは「確かにそうですね」と小さく頷く。そのまま彼女は考え込むように目線を落として黙った。


 しばらく間があり。


「分かりました。この件はギルド長に伝えておきますね。うちのギルド長は市長ともお付き合いがありますし、ああ見えて上流貴族とも繋がりのある方です。ギルド長が後ろ盾となった事例のたいていは解決できています」


 ああ見えて。


「仮に武力で片をつけようとするなら迎え撃つだけなんだがの」


 と、インが涼しい顔で言い放ってくる。そうだけどさ。


「明日にはもう私たちはおらんからの。しばらくは特許を管理するお主たちにすべてを任せねばならん。あわや<満腹処>で『冷やしビール』が売れない事態にはならんようにな」


 次いでそんなコメント。スパッと言ってくれるな。


「も、もちろんでございます」


 ウィノーナさんが慌てて承諾する。俺もインみたいに泰然と言えたらよかったんだが。


「ホイツフェラーやジョーラ、あとなんだったか、七星のあの射手の奴は?」


 と、インが見てくる。ん?


「ヴィクトルさん?」

「おお、そやつだ。奴らに後ろ盾になってもらうのはダメか?」


 お?


「七星たちにってこと?」

「うむ。七影もな」


 ふむ。その手があったか。


 ウィノーナさんを見ると、一間あって「それは問題ありませんが……」と遅れて同意される。いいようだ。ウィノーラさんは眉をひそめ始めた。


「ふむ。ダイチ、あとでホイツフェラーに手紙を書くのだろ?」

「うん」

「『冷やしビール』のことも通達しておけ。特許に後見人の類があるのかは知らんが、後ろに七星や七影がおると分かれば欲に目がくらんだ輩どもはうかつに手は出してこんだろ」


 彼らは俺に友好的ではあるし、特別難儀なことではないだろう。

 少なくともジョーラは間違いなくいける。王はちょっと飛び級だったな。


「確かにそれはそうだね。盲点だったよ。こんな簡単なことなのに。やるねぇ」


 つい笑みをこぼすと、「ふふ、であろ?」とインも得意げになる。


「目から鱗が落ちたよ」

「ほう! 気の利く言葉を知っておるな」


 気の利く? 目から鱗がか? ……ああ、“鱗”だからか。

 ウィノーナさんに目線をやる。


「問題なさそうですね。彼らの権威に歯向かう人はそういないと思いますし」


 俺がそう言うと、そうですね、とウィノーナさんは苦い顔を見せた。やっぱ武力だな~。


「彼らには署名をしてもらえばよさそうですか?」

「はい。ホイツフェラー様は話を聞けばお分かりでしょうが、印章もお願いします」


 判子か。


「ホイツフェラー氏に伝えておきますね」

「一応こちらでも書面をご用意しますので、一緒に送っていただければ」

「分かりました」


 鱗の落ちるインの助言もあり、この後の話は金額の話になった。


 ただ、ファビアンさんが俺の主導で決めてほしいと話を委ねたためすぐに行き詰ってしまった。そのためにここ数か月の帳簿も用意したとのこと。


 こっちで決められないから相談しにきたんだけどなぁと思いつつ、参考として金櫛荘の特許料について訊ねてみれば、金櫛荘はケプラで一番の高級宿であり、上流貴族が何人も後援者としてついていて資金提供もしているため、参考にならないだろうとのこと。

 くわえて、俺がジョーラたちに連れられてきたことを告げてみれば、確実に特許料に影響があると言われた。思いっきり媚び売られてたらしい。


 特許の使用料は、特許の持ち主が誰かによって料金は結構違うらしい。名の知れた人物や貴族だと高くなるとのこと。

 モノにもよるし、権力の如何によって左右されるしあまり安定してはいないが、おおよそ平民間だと特許料は売り上げの10%から20%ほどらしく、金櫛荘のように固定で高額を払う場合もあるらしい。


 また、今回はなにか発明したわけではなく、提示するのはトッピングのように“新しい酒の楽しみ方”であり、流通させるのが目的ならあまり高額にするのはよくないだろうとのことだった。

 この辺、ホイツフェラー氏たちの名前も出した手前、念のために「正直に言っていいですよ」と前置きをしておいた。権威が高すぎるのも考え物だ。


 とりあえず、<満腹処>の負担になるのは避けたかったので、これまでのビールの売上金を鑑みて凡例通りの10%の4,000ゴールドになった。冷やしビールの価格も通常のビールの1割増し。ウィノーナさんからはお安いですねと分かりやすく渋面をつくられたが、構わなかった。

 あまり悩んだように見えなかったのか――実際そこまで悩んでないけども――よければ<満腹処>の帳簿を書写して送らせるので、月初めにはギルドに訪問して受け取ってほしいとのことだった。


 フリドランは無理だが、ガシエントのアダマントアームズ商会では確実に受け取れるとのこと。

 また、コルドゥラさんにも話をしてくれるとのことで、俺にちゃんと儲けが出るよう全面的に協力してくれるらしい。ファビアンさんも同意だった。


 七星・七影の権威がぞんぶんに効いたようでありがたい話ではあるのだが、少し面倒に思ってしまった。どうあがいても金櫛荘の4万ゴールドには届かないだろうからだ。

 なんにせよ相手を庶民向けの飲食店にして、徳と私欲を前面に出してビジネスチャンスをどぶに捨てている自覚もあるので仕方ないところではあった。それに俺はまあ、普通に店でビールを飲みたいだけだし、うん。


 ちなみに名前はそのままで『冷やしビール』だ。

 もう慣れてしまったが、ビールが冷えていない前提とはいえ、変な名前だと言わざるを得ない。焼き鳥があるのになんでビールは冷えてないんだ。


 そんな感じで話は進み、特許の申請の手続きも終えたあとはホイツフェラー氏への手紙を書くに際して、ウィノーナさんと代筆屋に行くことになった。

 さすがに自力で書こうとは思わなかった。まだ名前しか書けないし。


 代筆屋は道路を挟んでギルドの向かいにあった。

 小規模の2階建ての一軒家で、ケプラに初めて来たときにも見つけていた代筆屋だった。


 中にいたのはベイアー味のあるヒゲがもじゃもじゃの男性だったが、ヒゲはしっかり切り揃えられ服装は仕立てのよいものだったし、言動に知性も感じる貫禄のある人だった。昔は王都で貴族たちに文法と歴史を教えていた人らしい。

 手紙の内容を他人に知られるので少し恥ずかしかったが、相談しながら世話になった感謝の内容と、ヴィクトルさんともども冷やしビールの後援者となって欲しい旨の他、旅路の道程について軽く触れ、ホイツフェラー氏の今後を応援する内容で締めた。


 冷やしビールが何なのか聞かれたので答えると、興味深いらしく、「飲みに行くのが楽しみですな」と破顔されたものだった。


 手紙の返信があった場合は言付ておくので、アダマントアームズ商会に行った際には訊ねてみて欲しいとのこと。受け取れる場合は、ただちに鳥便を送るらしかった。

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