第6話 宇宙人の審判 ( 最終話 )

 艶子がドアを隔ててた後も、彼女の高いヒールの足音に耳を塞ぎたくなる衝動に駆られた真夜美。

 彼女に言いたい放題ぶつけられた言葉が何度も頭に蘇り、はらわたが煮えくり返りそうになる感情をどう収拾してよいのか困窮していた。


 そんな感情のまま翻弄されている真夜美に、先刻聴いていた耳障りな声が、耳をつんざくような悲鳴となって届いた。


「ギャー!!」


 その悲鳴が残した余韻に困惑しながら、恐る恐るドアを開けると、炎に包まれている艶子のシルエットに気付いた。

 艶子の言動は、真夜美にとって許し難いものだったが、どうやら宇宙人達が下した審判も同罪のようだった。


 人体発火の炎は、火災などの赤い炎を連想していたが、それはガスの炎のように青々としていた。

 青い炎に包まれている艶子を目にした時、ふと健治も彼女同様、罪を意識しながら抜けられない炎の中でもがいていたのかも知れないと思った。


 青い炎の成せる技は迅速だった。

 助ける衝動が起きるより、驚愕していたほんの一瞬の間に、艶子は原形を留めず燃え尽きていた。


 あたかも雪の如く真っ白な灰が舞い上がり、その後は、健治の時に目にした同じ工程だった。

 引力を無視し、その灰は静かに降り積もりながら艶子の姿を復活させた。


 やがて、艶子の形状をした灰は、人工的に操作されたつむじ風に誘われて旅立ったかの如く、跡形も無く消え去った。


 終わった……

 

 不意に寂寥感に似た気持ちが、自分だけが取り残されてしまったという現状と共に、真夜美の胸に込み上げて来た。



 翌朝の新聞記事には、発火死亡欄には艶子の氏名、地方版には直属の上司である健治との不倫の件が記載されていた。

 

 それから程なくして、発火の事例がプツリと途切れた。


 新聞には、発火死亡欄自体が見当たらなくなっていた。

 宇宙人が帰還したという噂を耳にするようになった。

 それとほぼ同時に、この界隈が、治安の悪い犯罪多発地区だったのも、もはや過去の出来事となっていた。

 

 誰もが笑顔で過ごせるようになったのは、この界隈だけに限った事ではなかった。

 真夜美は、この世から全ての悪が淘汰され、自分の居場所が既に理想郷と化している事を認識出来ていた。


 健治に浮気をされていた事実が、彼の死後になって発覚したが、生前の健治からは、真夜美は、愛人の存在など知る由も無く幸せに暮らせていたのだから、健治を恨んではいなかった。


 というよりも、今の真夜美には過去を顧みる余裕など、もはや無かった。


 真夜美の心を占める大切な存在が出来ていた。


 行きつけの薬局で購入していた『無承認無許可医薬品』の1つであった、安価な妊娠検査薬。

 それが、粗悪品だった為、気付くのに随分と遅れをとっていたが、真夜美の身体には、健治の忘れ形見となる小さい大切な命が宿っていた。


 長年、真夜美が待ち望んでいた素晴らしき時代が、やっと幕を開けた!


 この新しい、善人のみが生き残った新世界にて、真夜美はお腹の健治との子供と共に第二の人生を始める。


 お腹の子供にも、自分が享受出来ている、この世界のありとあらゆる恩恵が届くように祈りつつ、意気揚々とドアを開けた。

 まばゆい朝の陽ざしを身体いっぱいに浴び、安心してこの美味しい空気を胸いっぱいに吸い込める事に喜びと希望を抱きながら。



              【 完 】

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それでも雪のように ゆりえる @yurieru

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