第5話 健治の発火要因

 翌朝の新聞の発火死亡欄には、健治の名前が載っていたが、その原因となるような事件などは、何一つとして記載されていなかった。


 失意の真夜美を支える地域の人々と双方の身内によって、葬儀は、滞りなく終えられた。

 真夜美の心は、あの粉雪のような白い灰を目にして以来、空虚感しか無かったが、頭は反比例するように覚醒時は思考を止めずにいた。

 健治の四十九日後も、真夜美の猜疑心は深まるばかりだった。

 

 四十九日の数日後、真夜美の元へ、益田 艶子つやこと名乗る一人の若く美しい女性が現れた。


 艶子は、健治の職場の直属の部下だという。


 葬儀の時にも出席し、香典で見かけた名前では有ったが、当時の真夜美は、過大な失意に囚われ、その時の記憶をほぼ留めていなかった。


「この度は御愁傷様でした」


 取って付けたような言い草の艶子に対し、形式的に頭を下げた真夜美。

 心中は、今頃になって、わざわざ艶子が尋ねて来たのを疑問に感じずにはいられなかった。


 戸惑っている真夜美を前に、艶子は耳を疑うような言葉を発した。

 

「この期に及んで、このような申し上げるのは、大変恐縮ですが……私は、ご主人の愛人でした」


 目を見開いて、息を飲み込んでから、艶子の発言を頭の中で何度か反芻した真夜美。

 発言の意味自体は、すぐに把握出来たものの、唐突に健治の浮気相手本人からそう告げられたところで、その事実を到底受け入れ難かった。


「健治が浮気していたなんて……そんなの嘘よ! いい加減な事を言わないで!」


「あなたにしてみれば、信じられないかも知れないですが、あの夜も、私は21時半まで健治さんと一緒でした。まさか、あの後、健治さんがそんな事になるなんて思いもしませんでしたが……」


 というのが、健治が残業で3時間遅れると言った日の事だとすぐに気付いた真夜美。

 真夜美が一人待っていた間、健治が残業していたわけではなく、浮気相手と濃密な時間を過ごしていたと知り、愕然とした。


「亡くなる前に、健治は、あなたと過ごしていたの……?」


 真夜美は、入浴を済ませた後、パックまでして、健治の為に少しでも美しくあろうとしていた。

 空腹だったが、健治の好物を作り、一緒に食事をしようと待っていたあの時間。

 翌日は、2人とも休日で、食後には、ゆっくりと妊活の時間を期待していた。


 それは、一方的な自分の願望に終わったのだった。


 健治にとって、その時間は、目の前の若く魅惑的な女性と、そのようなおぞましい営みをしていた事に、衝撃を受けずにいられなかった真夜美。


「健治さんは、あの日、奥さんの推理を話していました。奥さんは、宇宙人が全地球人の個人情報を握っていて、犯罪者が発火している可能性が有るって思い付いたんですよね? たかが不倫くらいで、犯罪者扱いされるなんてたまったもんじゃないけど……もしも、健治さんが発火するような事態になるとすると、私も危ないからって、伝えてくれていましたから」


「たかが浮気……?」


 何の罪の自覚も無いような艶子の発言が、真夜美には、聞き捨てならなかった。


 実子の誕生を待ち望んでも、ずっと待ちぼうけ食わされていたのは、健治が残業を口実に、週一ほどの頻度で逢瀬していた艶子との浮気の件も一理あるのではないだろうか?


「違いますか? 奥さんは、現に私が伝えるまで、私と健治さんとの浮気に気付かなかったくらいですよね! あなたに嗅ぎつかれない範囲内で、健治さんが隠れてしていた事くらい、今更そんなに目くじら立てなくても良いのでは……?」


 艶子に指摘されると、実際、健治の浮気を全く認識出来てなかっただけに、それ以上は口をつぐんだ真夜美。


「あなたにお知らせするのも、健治さんの四十九日が過ぎるまではと思い、待ちました。この通り、私はまだ若いですし、命も惜しく、こんなほんの火遊びのような不倫如きで発火死したくないので、あなたにこうして懺悔します! この度は、大変申し訳ございませんでした!」


 全く反省の気持ちなど込められてない艶子の強引にも感じられる謝罪を払い除けようとした真夜美。


「健治を私から奪って、その上、発火死までさせておいて……自分だけは助かりたいからって、そんなの勝手過ぎる!」


 健治の発火死の原因は、艶子の存在。


 艶子さえいなければ、健治は発火せずに済んでいたはずだった。

 そう考えると、このような形ばかりの懺悔などで、彼女を許すつもりは毛頭なかった真夜美。


「ふふふ、無駄よ! あなたが許さなくても、私の懺悔を実行したという善行を宇宙人はしっかり観察していますからね! この懺悔で、私の罪はすっかり許されました! 用事はそれだけです! 私は、これに懲りて、もう不倫はせず、結婚できるような男と恋愛して伴侶にすると、ここに誓います! あなたも、自分を裏切った男なんかにいつまでも執着せず、生きているうちに第二の人生を送ったらいかがですか?」


 伝いたい事は全て言い切ると、真夜美の気持ちなど構う事無く、晴れ晴れとした表情でドアを閉めた艶子。

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