第4話 まさかの……

 真夜美がパートから戻り、慌ただしく夕食の支度に追われていた時、健治からメールが届いた。

 残業で3時間ほど帰宅が遅れるとの事だった。


 健治の残業は月に3-4回程度有るが、会社の規定により最長時間が3時間と決まっており、それを超過する事は無かった。

 翌日パートが有る時は、さっさと一人で先に食事を済ませ寝ているが、その翌日は休みだった真夜美は、3時間遅くなったとしても健治が戻るまで待ち、一緒に食事をする気持ちでいた。


 夕食のメニューは、健治の好きな麻婆豆腐で、ガツガツと美味しそうに頬ばる健治の顔を見たかった。

 先にゆっくりとお風呂に浸かって出たが、まだ時間が余っているから、ごくたまにしかしない顔のパックもして、いつもよりツヤツヤの美肌になったつもりでいた真夜美。

 そんな真夜美を見て、夜遅く帰宅した健治だが、2人とも明日は休日で、この後は甘く長い夜になりそうな予感もしていた。


 ところが、3時間待てど、健治は戻らなかった。


 人身事故などで電車が遅延していたのかと思ったが、健治からは何の連絡も届いてなかった。

 だんだん居ても立っても居られなくなった真夜美は、思わず外に出ていた。


 その季節にしては珍しいほど冷たい北風が、あれほど湯船で温まったはずの真夜美の身体を一瞬にして襲い、ガクガクと震わせた。


 その北風に乗って、真っ白な粉雪がフワフワと舞い降りて来た。


 不思議な事に、雪は全体に降り広がらず、真夜美の目の前だけに留まる様子で降っていた。

 異様に感じ、真夜美が見入っていると、その雪は、次第に降り積もっていったが、その積もり方が、あまりにも不自然だった。


 その粉雪は、あたかも意思を持っているかの如く、人のような形状を目指すかのように降り積もって行った。

 

「もしかして……健治……なの?」


 その時になって、真夜美は、それが、単なる粉雪ではなく、人体発火後の白い灰なのだと察した。


 その灰の形状が健治だという事を認識した途端、それは、まるで役目を終えたかのように、音もなく静かに崩れ落ちた。

 

「どうして……? どうして、健治なの? そんなのって、おかし過ぎるじゃない! 健治は、悪い事なんて何もしてなかったはずじゃない?」


 もはや生前の健治の形状を成さなくなったただの白い灰を何度となく両手ですくいあげた。

 これは、何かのマジックで、その灰が再び健治の姿を成すのを期待しようと試みたが、無駄な事に気付いた。

 目の前の事実を受け入れる事が出来ず、その場にうずくまり、首を振りながら泣いた真夜美。


「こんなのって、絶対に何かが狂っている! 健治である必要がどこにあったの? どうして、健治がこんな灰にならなきゃならなかったの……?」


 心がどんなに怒りで燃えようとも、その白い灰は粉雪のように溶ける事はなかった。

 指の隙間から心地良さを感じさせられるほどにサラサラと零れ落ちる白く細かな灰を恨めしく思いながら、解せない気持ちで泣き続けた真夜美。

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