救いの言葉。

音雪香林

第1話 自分らしく。

 我が六年一組に転入生がやってきた。


「ヴィクターと言います。よろしくお願いします」


 ハーフなのだという彼は、金髪に青い目のイケメンで、絵本から抜け出した王子様のようだった。女子たちがキャーキャー歓声を上げている。


 僕も一応女なんだけど、興味はないな。

 そう、興味なかった。けれど。


「わー、ヴィクターくん足早いんだね!」


 体育のかけっこで、彼が一番で僕が二番。


「わー、ヴィクターくん満点なんてすごいね!」


 算数のテストで、彼が満点で僕が九十九点。

 僕はわなわな震えた。そして彼に指を突き付けて言った。


「いい気になるなよ! 男なんかに僕は負けない!」


 ヴィクターは困ったような顔をしていた。その顔も気に入らない。


「気にすんなよヴィクター。アイツ女のくせに自分のこと僕なんていう変な奴だし」

「そうそう。男嫌いの男女なんて笑える」


 彼の周りに集まって僕の悪口を吹き込む男子たち。好きなだけ言うといい。最後に笑うのは僕だ!

 授業を終え帰宅すると、めったに会わない父と出くわした。


「お前はまたそんな男みたいな恰好をしているのか。スカートをはきなさいと言っているだろう」

「僕の服装は僕が決めます」


「その僕というのもやめなさいとさんざん……」

「うるさい!」


 イライラして怒鳴ってしまう。父がさらに言葉を重ねようと口を開いたとき。


「おとうさま?」

「おお、高次」


 父はころっと上機嫌になって、よちよち歩いてきた高次という名前の僕の弟を抱っこする。


「高次さま! すみません旦那様。ちょっと目を離したすきに」

「よいよい。歩き回るほど元気だと言うことだろう。この旧華族の名家、桜塚家の優秀な跡取りの証拠だ」


 二歳の弟は、意味も分からずににこにこしているが……。


「跡取りは僕だ!」


 僕が叫ぶと、父は「男がいるのに女が跡取りになれるわけないだろう」とにべもない。

 悔しい。


 十歳になるまでは、僕が跡取りとして常に優遇されていたのに。男だからなんだっていうんだ。二歳の高次にはまだなんの能力もない。それに比べ、僕は成績優秀、運動神経抜群とすべてを兼ね備えているのに。


 女だから見くびられる。

 女だから跡取りになれない。

 女なんて!


 僕は、僕の存在など忘れてお守りの女性と高次の話をしている父をにらんで、けれど唇をかみしめたまま何も言わず家を飛び出した。


 ついたのは夕暮れ時の公園。

 子供たちはみんな帰ったのか無人だ。


ブランコに腰かけて空を見上げる。

小さい頃はお守りがいて、こうしてブランコに腰かけると背中を押してくれた。それが時々父に代わることもあって、愛されているのだと思っていたのに、弟が生まれたとたん……。


「桜塚さん? もうすぐ日が落ちるよ? 女の子がこんなところに一人でいるのは危ないよ」


 ヴィクターだった。ただでさえむしゃくしゃしてるのに、こいつに会うなんて。当然無視した。


「桜塚さんは、どうして男が嫌いなの?」

「お前に関係ない」


 だから帰れ。


「そうだけど、気になったんだ。男嫌いなのに男になりたいみたいな口調。矛盾してない? 嫌いな存在になりたいの?」


 言われてみればその通りだけれど、素直に受け入れられない。黙っていると、ヴィクターが言葉を重ねた。


「男だとか女だとかにしばられないで、ただ自分らしくしていればいいと思うよ。俺も外国人とか日本人とかこだわってたときあったけど、今は俺は俺だって思ってるし」


 ハッとした。こいつも、その血筋で悩んだことがあるのか。そうか、そうだな。その外見だものな。


「桜塚さん、わざわざ自分で自分を傷つけないで、俺が言いたいのはそれだけ」


 僕は、傷ついていたのか。

 そしてヴィクターに送られて家に帰った。まだ跡取りの座のこととか考えることはあるけど、少し救われた気がした。



おわり

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