第5話???%深淵ちゃん

「ふんふ、ふんふ、ふ~ん♪」


鼻歌が響き渡る。それは可愛らしい声で、牧歌的な雰囲気を纏っていた。


それが声の通りの存在であれば、どれだけ良かったことか。


黒き巨体を振るわせて進む様は正に地獄絵図と言えよう。


「あ、あああ、おしまいだ、みんな死ぬんだ……」

「狼狽えるな!! 精鋭がまだ居るだろう!!!」

「精鋭? どんな奴ならあれを止められるんですか!!! 『神の試練』ですよ!!」

「それでもだ!! たとえ今日滅ぶとしても明日を諦める理由にはならない」

「……隊長」

「さあ、行くぞ。俺たちの後ろには無辜の民がいる」

「はい……」


滅びを目の前にした人間として、これ以上のものがあろうか。諦めず、受け止め、そして立ち向かう。


「……!?」

「すみません。俺はそんなに強くなれません」

「この……馬鹿やろう……が……」


それが、全ての人間に可能かと言えばそんなことはない。

弱く、脆い普通の人間はその重圧に耐えかねる。


体温と同じ温度の赤い液体が流れだし、勇猛なる戦士が倒れ伏した。


「ひ、ひひ、にげ、にげるんだ、俺はこんなところでは死なない、死なないぞぉ!!! ひ」


いつの間にかそれはいた。黒い流体に浮かぶ瞳。


裏切り者の動きが止まる。


「あ」

「ひとりめだねー? うふふ、どんな遊びをしようかなー。目をくりぬく? 酸を血管に流し込む? 体液を止まらなくしてもいいな。さあどれが良い、一緒に遊ぶんだから選ばせてあげる」

「た、たす、けて」

「助ける? ダメだよ、助けるのは私じゃないもん。私はね、思う存分奪って、犯して、骨の髄までしゃぶりつくすんだぁ」

「ひ、ひぃ」

「さぁ、楽しもうよ」


 陵辱限りを尽くされた者は骨すらも残らなかった。ただただ、弄ばれ、玩具にされ、冒涜のかぎりを尽くされた。


「あはぁ……」


『深淵』は熱く湿った声を吐く。その心は奪う快楽に溺れていた。


「きもちぃい……」


童女の姿をとり、顔赤らめて、身体を抱く。官能的かつ背徳的なその様子を見たものがいたならば、男女の区別なく欲情した事だろう。


「もっと、もっと、もっと、気持ちよくなりたいなぁ」


盗賊から得た脳は、素晴らしい快楽を『深淵』にもたらした。それはすなわち悪の快楽。


「でも、そろそろ来るかな?」


『深淵』がある1点を見る。そこには何がいるというのか。


「あ、ああ、あああ……いや、やめて……!」


 なだれこんだ『深淵』が幼子の命を奪う瞬間。


 それは来た。


「はぁああああああああああああああああ!!!!」


黒い濁流をはねのけたのは白い一撃だった。


「ごめん、手荒になるよ」

「え?」


颯爽と現れ幼子の命を救った女はぐわしと首根っこを掴み、街の中心にある臨時の避難所へ向かって投げた。


「えええええええええええぇええええええええええええ!!!?」

「話は通してあるから!!! 受け取ってもらって!!!!」


 無事に飛んでいくのを見届け、女は『深淵』へとむき直した。


「やあ。待たせたね? 私はアサセ。君を滅ぼすものだ」

「へえ、面白いわ。遊びましょう」


恐るべきことにアサセと名乗ったこの女は『深淵』と正面から打ち合うことが可能だった。


「やるね」

「面白いわ、これが戦うという事なのね?」

「全く、こっちには面白がる余裕はないっていうのに」

「あはははははははははは!!!」


額に汗するアサセと高笑いをする『深淵』。どちらに分があるかは言うまでもない。


「く、ここまでとはね……!」

「もっと、もっとよ、もっともっとちょうだい!!!!」


少しずつ傷を負うアサセ。やがてそれは大きな隙を生む。


「ああ、さようなら。楽しい人」


胸を貫かんと『深淵』の腕が迫る。


「そうだね、さようなら。これで君の負けだ」

「え」


アサセの使っていた剣が光を放つ。それは何かの大いなる力だろうか。光を纏った剣が『深淵』の腕ごと半身を消し飛ばした。


「あははははははは!!!! 何それ、そんなの知らない、面白い」

「うん。頑張って考えたからね」


体勢の崩れた『深淵』に深々と剣を刺す。


「かはっ……」


血を吐く『深淵』。


「うふふふふ、じゃあね」


愛おしそうにアサセの頬を撫で、蠱惑的に笑う『深淵』


黒い巨体に身体を合流させ『深淵』は姿を消した。


人類は始めて『深淵』を撃退したのである。


「はぁ……まずはこれで」


アサセはその場に座り込む。そして周囲の反応を待った。人類の救世主としてその名を呼ばれるのを。


やがて『深淵』を撃退した英雄は祭り上げられ、国の最大戦力として厚遇されるにまで至った。素性も経歴も何一つ分からず。『深淵』の襲撃まで目撃情報すらなかった者が、である。


「うふふふふふ、これで良いんだよね。


その言葉に蟲毒の奥深くで共鳴するものがいた。


「うふふふふふ、これで良いのよ。


『深淵』は自らを2つに分けた、そして余すことなく人間と遊ぶため役割分担をした。片方は今までの在り方に加えて悪の悦びを享受し。もう片方は人間の味方として振る舞い善の喜びを享受する。


これが数多の脳を食い散らかして出した『深淵』の結論である。


これより、人類は『深淵』に守られ、『深淵』に脅かされるという茶番の中で生きる事となった。


だが、それを知る人類は1人もいない。


「にんげんって、いいなあ。もっと、もーっと遊ぼうねえ」


***

現在の状態

蟲毒の主『深淵』 50%


保持スキル

無敵・・・あらゆる損傷を否定する

邪眼・・・瞳を見たもの、瞳に見られたものに呪いをかける

黒液・・・強靱なる流体の身体

瘴気・・・肉体から立ち上る致死の霧、蝕み殺す厄災の証


思考(悪)・・高度な思考に加えて、悪事をなす楽しみを覚えた


人類の救世主『深淵アサセ』 50%


保持スキル

聖剣(偽) ・・・肉体の一部を変化させた剣が光る。それだけの効果

浄眼    ・・・全てを見通すと噂されているが、ただの光る目

白腕    ・・・神から授かった技とされるが、肉体性能のゴリ押し

浄気    ・・・聖なる気を纏うと思われているが、ただの湯気


思考(善) ・・・高度な思考に加えて、善行によって得られる報酬の味を覚えた












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深淵ちゃんは人と遊びたい @undermine

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