第4話50%深淵ちゃん

「え?」


『深淵』が意識を取り戻す。その表情は困惑に満ちていた。今まで感じていた恐怖と痛みはなんだったのか、嘘かそれとも夢なのか。


いや、全て現実だった。流した血も、死も。


では、なぜ今『深淵』はここに居るのか。


「ほぼ人間みたいな状態で外に出るとか馬鹿じゃないの?」

「……誰よあなた」

「はぁ? ここに私以外いるはずないでしょ」

「じゃあ、あなたは私?」

「そう、その通りよ」


目の前に鏡があるのではと錯覚するほどの同一。


『深淵』が2人ここにいた。


「だいたいねえ、なんで全部切り離して置いてったのよ。蟲毒を出てから切り離せばいいじゃないの」

「あんまり近いところで切り離すと地上に影響が出るでしょ」

「……それもそうね」

「それじゃあ蟲毒を進みながら少しずつ、切り離していけばいいじゃない」

「なるほど」


同じ顔を付き合わせて議論する姿は奇妙ではあったが、1人で悶々と考えるよりも遙かに速く段取りが進んでいった。


「それで、なんで私はここにいるの?」

「そんなの私が助けたに決まってるでしょ。こっちは戦力バリバリなんだから雑魚を殺してあなたを再吸収、そして再構築なんて朝飯前よ」

「そうだったの。ありがとう」

「自分が自分を助けたんだからお礼なんていらないわ」

「そっか。でもありがとう私」

「どういたしまして私」


2人はにっこりと笑い合う、ここに別の人間がいればその可憐さに心を奪われたことだろう。


「ねえ、一緒に行きましょうよ」

「え?」

「私って私のことが結構好きみたい」

「何を言っているの?」

「きっと1人で遊ぶよりも2人で遊ぶほうが楽しいわ」

「でも、私は置いて行かれる側。私は人間を殺してしまう」

「2人で分ければ大丈夫よ」

「だめよ、それでは失敗するわ」

「やってみないと分からない」


『深淵』が手を取り合った。


「ね?」

「……自分には勝てないわ」

「じゃあ決まり!!」


2人の『深淵』が地上を目指す。


考える頭が増え、選択肢が増えたことは思いの外有効に働いた。


残す能力と、捨てる能力の取捨選択、それらを適切に行っていくことで地上へと近づいていった。


そして。


「この扉の外が」

「うん」

「でも分かってるでしょ?」

「うん」

「「扉は破っちゃだめ」」


前回の大惨事を引き起こした理由の1つとして、封印を力尽くで破ったことがあると推測していたのだ。


この推測は正しい。だが、そもそもほとんどの力を蟲毒に置いてきた現状では前回よりも更に大幅な強化を施された封印を力尽くで突破することはできなかっただろう。


「どうやって通ろうか」

「力尽くじゃないなら」

「「すり抜けるしかない」」


どんなに強固な封印でも、どんなに緻密な壁だろうと、隙間というものは存在する。最後に残した能力である肉体の液状操作能力はその隙間を突破することが可能だった。


三度『深淵』が地上へ。


「見張りの人はいる?」

「いないと思う」


前回の惨劇を踏まえて、人類は蟲毒から極力距離を取る方針へと切り替えた。管理ではなく、徹底的な封印を。できるだけ遠くに街を作り、できるだけ関わらないようにした。


だが、それは悪手だった。


目をそらさず、見続けるべきだった。


そうすれば、今から起こる事は防げただろうに。


「わー、やっぱり外は良いね」

「ねー」


誰にも知られることもなく、地上を楽しむ『深淵』。能力を置いてきたことで命を蝕むこともない。


花を愛で。


鳥を愛で。


風を愛で。


月を愛でた。


「うーん。あんまり近くに人がいないね」

「でもほら、あっちの方にはいそうだよ」


衰えたとしても餌を感知する能力は的確に人間を捉えた。


指差す先は都であり、最も人がいる場所だった。


「じゃあ早く行こう」

「そうね」


2人は人の形を変え、液状になることで滑るように移動を始めた。


風情を感じるには不便な形態だが、移動速度は3倍である。


やがて目的地が近づくと、人間の集まりがあった。夜中だというのに何かをしているようだった。


「なんだろうね?」

「遊んでいるのかな?」


近づいていくと何をしているのかが分かって来た。


人間には2種類いた。


殴りつけ、犯し、奪っている者と。


打ち据えられ、なすがままに奪われる者である。


「ガハハハハ!!! お古とはいえなかなか具合が良いじゃねえか? 旦那のものじゃ満足できなかったろう!!!」

「……」


犯される女の瞳に光はなく。ただ何もかも諦めていた。近くで血に沈む男は既に事切れており動かない。


それが全部で4組あった。



「おい、てめえらにも分けてやるから好きにして良いぞ」

「へいっ!!」


恐らく盗賊の類であろう男たちをひとしきり観察した『深淵』は考えた。


楽しそうだけど、人間を壊したらもう遊べなくなるのにどうして壊してから遊んでいるのだろうと。


だから素直に聞いてみた。


「ねえあなた、どうしてこんなことをしているの?」

「ああ?」


汗に塗れた男が『深淵』を見る。幼く美しい姿の『深淵』を。


「お、おおお!? なんて上玉だ!! 野郎ども今すぐこいつらを縛り上げろ!!! お楽しみはこれからだぞ!!!!」

「へいっ!!!」


抵抗らしい抵抗もせずに捕縛される『深淵』。


「へ、へへ、嬢ちゃん。ダメじゃねえかよ、こんなところにきちゃあ、だからこんな目にあうんだぜ」


『深淵』の眼前にはいきりたった男のモノがあった。


「大人しく言うこときゃあ飼ってやる。騒いだり、反抗したら殺す。良いな?」

「どうしてこんな事をするの?」


この遊びは片方の負担が大きすぎる。いつまでもできる遊びではない。ずっと遊びたい『深淵』には限りあるやり方は疑問だった。


「そんなの気持ち良いからに決まってんだろう!! 殺して犯して奪う!!! これ以上の快楽があるかよう!!!」

「そうなんだ。じゃあやってみようかな」

「は?」


 瞬間消失するの男たちの頭部。


『深淵』が変形し、食いちぎったのである。


「っ!?」


『深淵』が顔を見合わせた。とても凄い宝物を見つけたような顔だった。


***

現在の状態

蟲毒の主『深淵』 50%


保持スキル

黒液(至弱)・・・毒性を限りなく薄めた流体の身体

思考(複) ・・・複雑な思考を複数の頭で可能













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