第3話 0%深淵ちゃん

「さて、前回の失敗の理由を考えなくちゃね」


高等教育を受けた戦士階級の脳を取り込んだ『深淵』は、前回よりも高度かつ合理的な思考を獲得していた。すなわち、原因と結果について考えることができるようになったのである。


「まず、私の姿は人間に恐怖を与えてしまうみたい」


一番最初に会った人間は、『深淵』への恐怖を魂に刻みながら死んでいった。それはきっといまの姿が人とかけ離れているからだろうと『深淵』は結論づけた。


そして始まるのは試行錯誤。


幸い、『深淵』の身体は不定形である。如何様な形にでもなれる。問題はどのような容姿ならば忌避されないのかという点。


複数の脳髄に接続しその答えを探した。


結果、答えは見つかった。


「これね、これが一番受け入れられやすい形みたい」


その姿は美しい童女であった。人は同じ種族の見た目かつ、美しい幼体に最も気を許すという分析であった。


「うーん、不便な身体」


 伸びもせず、修復も難しい肉体という枷。このようなものに押し込められてはとても戦闘などできはしない。


という常識は。


『深淵』には通用しない。


身体による優位性をほぼ失った現状においても、『深淵』の戦闘能力にはほとんど影響しないのだ。


だが、今度の『深淵』はひと味違った。


「触っただけで殺しちゃうのも問題よね?」


己が獲得した異能。最凶の能力を解体しはじめたのである。


生き抜くうちに自然と身についてしまった異能は、人間と触れあうには邪魔にしかならないという至極当然の結論を導き出したのだ。


「もういらない」


瘴気も邪眼も無敵さもいらないと。


そんなものは必要ないと。


捨て去った。


厳密には異能を別固体として切り離した形となる。


戻そうと想えばいつでも戻せるものではあるのだが。


とにかく、『深淵』は無害なものと成り果てた。


今ならば、人間と触れあうには何の問題もない。


「じゃあ、行くわ」


 意気揚々と最奥から外に出た。その瞬間である。


「え」


目とした部分、口とした部分、耳とした部分、鼻とした部分、排泄のための部分、それらを以外の穴という穴から血が流れ出した。


厳密には血のようにしている部分だが。


ダメージには違いない。


「(なぜ、分からない、こんなの、はじめて、どうして、どうして)」


『深淵』は知らなかった。蟲毒最奥など、只人が足が踏み入れただけで凄惨な死を迎える魔境であることを。


あまりにも久しい痛み、あまりにも久しい死の恐怖。


それは『深淵』から思考を奪うに足る苦痛だった。


「(いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい)」


 のたうちまわる『深淵』に近づく影。


「グルルゥ……」


飢えた魔獣、蟲毒の敗北者。


『深淵』にとっては木っ端の雑魚。


だが、今は。


「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


食い込む牙、軋む骨。


内臓に達する傷からは腸がこぼれる。


わざわざいたぶるようにゆっくりと奪われる肉体。


「いや、いやだよう、たべないで、たべないでぇ……」


懇願も、命乞いも意味は無く。


『深淵』は蟲毒に呑まれゆく。


***

現在の状態

蟲毒の主『深淵』 0%


保持スキル

思考(中)・・やや複雑な思考が可能


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