第2話80%深淵ちゃん

『深淵』が蟲毒からあふれ出て一時間。


それで周囲の環境は汚染されきった。


向こう千年人が住むことはできないだろう。


突如訪れたこの災害を人は『神の怒り』と呼び、出てきた怪物を『神の試練』と呼び怖れた。


とうの本人は村を意図せずして滅ぼした後、蟲毒へと戻っていた。


「うーん。弱くなるにはどうすればいいかな」


 ただ生きて、ただ過ごしているだけで災害になった『深淵』にとって弱さというのは理解しがたいものだった。


生きることは強いということであり、蟲毒という場所ではそれが殊更顕著だった。


しかし、今の『深淵』は村人の脳を取り込んでいる。つまり弱さを考える余地が生まれていた。


「弱いもの。小さくて、柔らかい、大切なもの?」


うっすらとイメージができたのはひどく抽象的なものだった。それはきっとあの村にいた者がもっていた感情。


子を想う親の感情だろうか。


身体は跡形もなくなってしまったが、それだけは『深淵』の中で息づいていた。


「うん。じゃあ小さくなろうかな」


ぶちり、ぶちり、ぶちり。


『深淵』は自らの身体をちぎり捨てる。


純粋に自らの体積を削る行為、自殺行為と言って差し支えない行動。当然それには激痛を伴う。人間で言えば己で生皮を剥ぎ、血を抜き、筋肉を引きはがすということになる。


だが、『深淵』の淡い心が感じているのは痛みを上回る恍惚だった。


これで人間と遊べる、これで壊さなくて済む、良かった、良かった、嬉しい、嬉しい。


おおよそこれの繰り返しである。


「じゃあもう一回行こうかな」


 巨大な身体のほとんどを失い。人間の子どもほどまで小さくなった『深淵』はまたしても地上を目指した。


「え?」


 目の前に広がるのは全く見たことのないもの。今まで庭のように闊歩していた蟲毒が牙を剥いていた。


 姿を見せただけで道を空けていた怪物達はいきりたち、勝手に霧散していた呪いはこちらに向かって来ていた。内部の構造さえも変化し、挑みかかっていた。


「へぇ? 挑んでくるんだ」


久しぶりの感覚に『深淵』は自らの昂揚を感じていた。蟲毒の主となってから挑んでくるものなど皆無。挑んできても雑魚ばかりという状態であった。


「さぁ、やろうか」


 大幅に体積を失った『深淵』は大幅な弱体化を。


「あははははははは!!! そんなものか!!!」


 していない。


 『深淵』の恐ろしさは大きさによるものではない。攻撃能力、防御能力、俊敏性どれも変わっていない。


 ただサイズが小さくなっただけである。


「む、めんどくさいなー」


 ただし。大きさを捨てたことによって今まで問題でもなかった地形に対しての対応力が下がっていた。


 上にいくためには壁を伝うか、なにかに身体の一部を引っかけるしかないという状態である。


「よーし、出るぞー」


 とはいえ大した問題ではなく。『深淵』は蟲毒の入り口にたどりついた。


「あれ?」


 入り口は厳重に封印を施されていた。魔法によるもの、物理的なもの、ありとあらゆる封印が重ねられていた。


「えい」


だが、全く問題ではなかった。


一撃のもとで全てを粉砕し、再び『深淵』が解き放たれる


「あー!! おでむかえだー!!!」


さて、第1の被害者となったのは封印の監視をしていた兵士である。


「まっててくれたの?」

「な、どうして」

「どうして? なにがどうして?」

「く、くるなぁあああああああああ!!!!」


名門の出、輝かしい経歴、築きあげた自信、たたき上げの実力。


全て。


全て。


無意味。


「こ、このばけものがぁああああああああああ!!!」

「ばけ、もの?」


兵士の目の前にいたのは形だけ小さくなっただけで、その実情は何も変わらない『神の試練』が存在していた。


彼が現在生存できているのは、小さくなったことで即死範囲が短くなったことと、目を合わせる前に恐怖によって目を瞑っているからである。


「え? どこどこ? ばけものどこ?」

「うわぁああああああああああああああああああああああ!!!」


兵士が繰り出したののは魔法、今の彼が出せる以上の火力でもって放たれた大火球は『深淵』を飲み込んだ。


「ねえねえ、ばけものってどこ?」


それもまた、無意味。


彼は悟った、自分はもう終わりだと。


ならばと、彼は人間の矜持を振り絞った。


恐怖に打ち勝ち、緊急事態を知らせる魔法を発動した。


「ねえってば」


伸ばされた黒き触手は彼を捉えた。


「がぁっ……!?」


瞬時に蝕まれる身体。それでも数秒人間の形を保っていたのは、彼の鍛錬によるものだろう。


彼はまさしく、英雄だった。


だが、英雄は。


更なる死をもたらした。


「あ、やっちゃった……」


液状化した肉体を『深淵』は啜る。その肉を、血を、脳を。


そして、知る。


今から大軍勢がここに来るということを。


「わぁ……!! 今からたくさんのお友達が来るんだね? やったぁ!! 遊んでもらおうっと」


この日、討伐隊の9割が死亡するという悪夢じみた惨劇が起こった。これは後に『惨劇の六時間』と呼ばれることになる。


「うーん、まだだめかぁ」


『深淵』は吸収した脳で考えた。まだ自分は強すぎたと、もっと弱くならないといけないと。


「一旦戻って考えよっと」


『深淵』は蟲毒の奥深くへと戻っていた。


***

現在の状態

蟲毒の主『深淵』 80%


保持スキル

無敵・・・あらゆる損傷を否定する

邪眼・・・瞳を見たもの、瞳に見られたものに呪いをかける

黒液(少)・・・強靱なる流体の身体、量が減り動きに制限がかかっている

瘴気・・・肉体から立ち上る致死の霧、蝕み殺す厄災の証


思考(中)・・やや複雑な思考が可能










 















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