惚れ薬の追徴課罪
久々の再会
「ふう……」
久々の休みに、レイラはお気に入りのワンピースを着て、喫茶店でお茶を飲んでいた。
仕事の合間に飲む紅茶は慌ただしくて、なかなか飲んだ気にならない。おいしい茶葉をたっぷりと。そしてお茶菓子にはショートブレッドの素朴な甘さがよく似合う。
彼女が魔法執政官になるべく、エイブラムの助手になり、既に半年が経過していた。
元々レイラは執政官を排出する家の出だ。だから法律をよく学び、それを皆のために活用しようと思っていた矢先で、禁術法が施行された。
禁術法が施行されてからというもの、黒魔法を使っていた人々がこぞっていなくなり、魔法使いの業界が軒並み人手不足、そしてそれらの法律専門家の魔法執政官も人手不足に陥ったと聞いたとき、彼女はきっと禁術法違反でたくさんの人が困るだろうと、急遽進路を法律学院から魔法学院に変更し、卒業した上でエイブラムの元で働きはじめたが。
「……思っていたのと違うのよね」
そう彼女はごちながら、カップを傾けた。やはり紅茶はストレートが一番おいしく、茶葉も春摘みのあっさりとした優しい味がいい。
実際のところ魔法執政官のところに寄せられるのは、法律のせいで合法だったのが急にグレーゾーンにされてしまった人々の「白だと言ってください!」という悲鳴がほとんどだったのだ。
本当だったらすぐに業者を呼べば助かったはずの古書店の主人の悲劇やら。嫌われ続けて証言がほぼ取れずに自分たちの足で情報集めをするしかなかった魔眼の暴発事件やら。
禁術法のせいで、仕事が増えただけで、困っている人たちが全然助かっていないような気がする。それどころか、禁術法のせいで痛い目を見ている人たちがいるのはどういう了見なのか。
黒魔法も魔法執政官によって考えも区分も変わるから、降霊術を大雑把に死霊術と称して黒魔法認定するか、精霊を呼ぶ術として認定しないかも、本当に変わってしまう。
だからこそ、エイブラムと一緒に現場に行かないと気付けない部分が多いのだ。
そうレイラが悶々としながら紅茶をすすっていると。
「向かい、いい?」
声をかけられて、思わず顔を上げる。
テラコッタ色の髪をシニョンにまとめた笑みの可愛らしい女性は黒真珠色の瞳をきらめかせていた。ブラウスにスリットの入ったタイトスカートと、フェミニンな装いであった。
「チェルシー!」
「レイラ久し振り。驚いたわよ、手紙で魔法執政官に進路を変えたって聞いたときは」
「ええ……禁術法が制定されたから、いろいろ大変そうだなと思って。執政官だと、魔法に関しては一切権限がないでしょう? だから魔法学院で勉強したの。でもまだまだだわ。魔法使いじゃない私だと、なかなか理解できないこともあるから、魔法使いの上司に教えられてばかり」
「そう……魔法使いって秘密主義じゃない。『こんなこともわからないのか!?』っていじめられたりしない?」
「それはないかな。むしろあの人、なかなかティータイムが取れなくって『紅茶飲みたい』とごねてばっかりよ」
「魔法使いって言っても、案外普通の人なのねえ」
元々レイラとチェルシーは幼馴染だった。
執政官の令嬢と富豪の令嬢で、なにかと話が弾んだふたりは、よく一緒に遊んでいた。しかしレイラよりも相当富裕層の彼女は、既に婚約も決まっていたはずだし、そろそろ式だったはずだが。
家事をするような身分でもない彼女は、なぜか指輪を付けていなかった。体に気を遣っているチェルシーは、重度の肩こりでもあるまい。
「あら? あなたたしか、既に婚約が決まって……」
「それがね。聞いてよレイラ」
チェルシーはレイラの記憶にある彼女らしからぬ、大きくガッタンと音を立てて椅子を引っ張って座り込むと、本当に彼女らしからぬ頬杖をついて、立て板に水とばかりに語り出した。
「私、婚約が水に流れちゃったの。婚約破棄って奴だわ」
「それは……」
ロマンス小説の中で、婚約者が「真実の愛に目覚めたから君とはお別れだ」と、恋人の元に去ってしまう展開はよくあるが。
それが小説だから面白いのであって、実際に自分の身に降りかかってきて面白いと言える人間はそう多くはあるまい。
当然ながら、チェルシーはカンカンであった。
「仕方がないから、私訴訟を起こすことにしたのよ。私、幼少期には既に決まっていたのよ。だから恋もできなかったわ。結婚して子供をつくってからならいざ知らず、新婚で早々に恋人をつくる訳にもいかないでしょう?」
「そ、そうなの……」
貴族や富裕層の中では、結婚して跡継ぎをつくったあとならば、夫婦共に恋人をつくってもかまわないという暗黙の了解が存在している。
レイラはそこまで恋愛に対して強い訳でもないから「そんな文化もあるのね」くらいだったのだが、それをまさか友人の口から聞くとは思ってもみなかった。
「幼少期から成人までの時間を拘束されたのに、たったひと言で全部パーよ。パー。それで急遽新しい婚約者を探せって無茶にも程があるじゃない? ねえ?」
「そ、そうかもしれないわね……」
実際のところ、レイラの幼馴染の贔屓目を抜きにしても、チェルシーはセンスもいいし、おしゃべりも軽快で楽しく、新しい相手なんてすぐに見つかるとは思うが。
そんな女性に恥を掻かせて恋人の元に逃げた男が、まずは信じられない。恋は盲目とはよく言うが、巻き込まれて恋の背景にされてしまったほうからしてみれば、そりゃ怒るし訴えるだろう。彼女にはそのお金があるのだから。
「そうでしょう? そうでしょう? でもねえ……訴えて裁判を起こしたら様子が変わってきちゃったの」
「……もう裁判まで話が進んだの」
「この二年頑張って戦っているわ。もしレイラがそのまま法律学院に入っていたら相談に乗ってもらおうと思ってたくらい、ずっと法律の勉強をし続けているもの」
「あはははははは……」
困ったらもう、笑うしかない。笑うしかない。
しかし、そこまで話が進んでいるのに、様子が変わったというのはどういうことだろうか。
「その、様子が変わったってなに?」
「それがね。このまんまだと裁判が続けられそうにないの」
「……相手のお金が尽きたとか?」
「そんなんじゃないわ。まさか私も魔法の管轄に入ると思っていなかったから困ってたのよ」
「ええ……この流れで魔法……?」
「それがね、向こうの弁護士が、『被告は惚れ薬を使われた形跡があるので』無実を主張してきたのよ」
「……惚れ薬?」
魔法使いたちは、自分たちの研究を続けるのには、とにかくお金がかかる。
優秀な魔法使いや、有益な研究であったらパトロンがつくこともあるが、それ以外の魔法使いたちは、アルバイトとして魔道具やらちょっとしたアイテムをつくって売ることもある。
特に惚れ薬なんて典型的な魔法使いの内職であり、レイラもたびたびエイブラムからそんな話を聞かされてきた。
そしてその惚れ薬もまた、魔法使いの腕によりピンからキリまでだ。本当におまじない程度にハーブとスパイスを調合したものから、これを一般人に売りつけて本当に大丈夫なのかというレベルの魔法が使われているものまで。
魔法使いの研究は、結果的に多くの人々を助けるために、内職問題の黒魔法認定は、未だに各魔法学院の専門家と政治家で綱引きが続いている。
チェルシーは大きく溜息をついた。
「……正直、どう考えても嘘だけれど、普通の弁護士じゃ惚れ薬を使われてないって立証ができないの。本物の魔法使いの魔法執政官と知り合いだったら、なんとかならないかしら?」
「……本当に難しい話だね」
正直、専門技術をただで行使すべきではない。レイラも魔法学院に入学した上で、魔法執政官見習いになっているのだから。
エイブラムに頼むにしても、どこまでだったら相談できるのか。
「……わかった。今度聞いてみるから」
「本当!? ありがとう」
……しかし幼馴染は既に人生を潰されている上に、魔法使いの知り合いがいなくて困っている。自分の給料からさっ引いた上で、エイブラムに相談しよう。
そう心に決めた。
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