グレーゾーンの真実

 書かれている日誌には、その日行った実験の他に、あからさまに私事が書かれていたが、そこだけはうすらぼんやりとしていて、研究日誌というよりも完全に日記であった。

 しかしどうにもうすらぼんやりとした内容だが、気になる文面がいくつかある。


『○月×日


 今日も目覚めない。解呪科の教授にも確認を取ったけれど、薬の調合に問題はないらしい。』


「解呪科……? ここって魔女学科ですよね……?」

「大学部に残ったのも、なにかしらの解呪を試みるためか」


『△月◎日


 今日は召喚科の放浪教授が久々に学校に来ていたので、彼に診断してもらった。私は妖精郷とは関係ないらしい。残念。そちら方面からのアプローチはできないみたいだ。


 △月●日


 召喚科で古代魔道具の調査を手伝った。お礼として古代魔法文字の文献を見せてもらったら、私と同じような症状の人がいるみたいだった。これの治療方法を辿れば、私も治るかもしれない。


 △月□日


 父からいい加減諦めて実家に戻ってきてもいいと言われた。私だけできないのは嫌だと断ってしまった。父に苛立ちながらも、古代文字の解析は進める。古代の治療方法を試せば、あるいは』


「……なにかの治療ですかね? 呪いとか妖精とか出てますから、それ関連の治療でしょうか」

「……なるほど、召喚科のほうを確認させてもらおうか」

「先生? これ意味がわかったんですか? 私全然わからないんですけど」

「おそらくだが、日誌にぼんやりとしか書けなかったのはわざとだ」

「わざとって……それじゃ全然研究日誌にならないじゃないですか」

「実家に戻ってこいと言われていたから、大方父親も彼女の症状を知っているんだろう」

「それだったら、オールドカースルのご実家に確認を取ったほうが早いのでは……」

「……おそらく、これはオールドカースルさん家に言っても話せないだろうな。無神経な執政官だったらともかく、俺はそれを聞くことはできんよ」


 そう言って、一旦日誌の魔道具を付け直し、また作動しないようにと魔方陣に眠りの魔法をかけてから、今度は召喚科のほうに出かけていった。

 召喚科の校舎に出かけ、教授室に向かう。召喚科の教授はオールドカースルが手伝っていた古代魔法の本についてすぐ教えてくれた。


「ああ、あれなら禁書でもないし。誰でも読めますよ」

「あれはいったいなんの本で?」

「彼女は三つ目族の呪いについて調べていたみたいで」

「ありがとうございます」


 それらを聞き出したエイブラムは、再び彼女の個室に戻ろうとするが、レイラはちんぷんかんぷんだ。


「あのう……今の話のなにがそんなに? だってオールドカースルさん。別に三つ目族ではなかったですよ?」


 三つ目族。

 ひとくくりにしてしまえば亜人と呼ばれる存在であり、異形の力をそのまま魔法として使うことができる存外である。

 レイラの言葉に、エイブラムは「問題はそこじゃない」と伝えた。


「彼女が日記にぼかしてしか成果をかけなかったのは、おそらく血縁統制でつくられた魔法だからだ」

「ええっと……たしか、代々秘術を体内に宿す魔法……でしたっけ?」

「ああ。亜人になる魔法使いは、亜人になることでその力を利用して魔法を行使している。そして厳重な血縁統制を敷いて管理された魔法は、なかなか外の人間には話さないもんだ」

「だからオールドカースルさん家に話を聞きに行っても無駄だって言ってたんですね……でもそうだとしたら、彼女の血縁統制の魔法の秘密さえ解けば、アバークロンビーさんの無実も証明できる?」

「おそらくは。日誌の続きを読もう」


 ふたりは再び魔道具を眠らせると、日誌の続きを読みはじめた。


【●月▽日


 とうとうできた! 私だけ使えないのは嫌だった。あとはこれのコントロール方法だけれど、こればかりはお父さんに聞かないと難しいかもしれない。ひとりで使えるようにならなかったら、意味がないけれど、こればかりは仕方ない。】


「この日付……」

「事件前日だな。これで彼女は……」

「でも、これだけだったら、結局なんの魔法だったのか……」

「いや、先程も教授が言っていただろう。三つ目族の呪いを解読していたと」

「あれ? でも先生。私先程も、オールドカースルさんは三つ目族ではないと……」


 それにエイブラムは、自身の目を指差した。


「おそらくだが、オールドカースルさんの血縁統制で一族で行使していた魔法は、魔眼だ」

「魔眼……魔眼ですか!?」


 魔眼。現在は黒魔法認定されてしまっているもので、取り扱いが大変難しいことになってしまっている。

 基本的に魔眼にも種類があり、催眠眼、魅了眼、拘束眼など、魔眼で使える魔法もピンからキリまであり、複数の魔法を行使できる魔眼もあれば、一点特化の強力なものまで、本当に種類が多い。

 ちなみに黒魔法認定されてしまっているのは、これらを義眼で埋め込み、国の令嬢たちを誘拐する不届き者が現れてしまったため、悪用の危険があるためである。

 しかしそれらを血縁統制で守り続けてきた一族からしてみれば、一族をかけて守り続けてきた魔法を義眼ごときで黒魔法認定されてはたまらないと、各地で裁判が行われている。


「大方、実家は魔女学だと言い張っていたのは、禁術法以前から黒魔法認定されてしまっている魔眼のことを、各地に知られるのが嫌だったんだろうな」

「そりゃあ、まあ……一族のものだったら大事ですけど……でも、そのために死んじゃったんですか?」

「おそらくは……彼女が一族の中でほぼ唯一魔眼を使うことができなかったから、魔法学院で使う方法の研究をしていたんだろう。でも実家からしてみれば、隠れてこっそりと使っていた魔法を表立って調べて欲しくないから帰ってきて欲しかったが、彼女は言うことを聞かなかった。魔法学院の各学科で勉強し、調査してようやく彼女は自身の魔眼を開花させたが、彼女はまだ開花したてでコントロールができなかった……」

「……それが、たまたまそこにいたアバークロンビーに魔眼をかけてしまい、殺された……?」

「アバークロンビーさん自身も殺したくて殺したんじゃない、魔法をかけられたと言い張っていたが、隠し続けられたことが原因で、通常の方法では立証できなかったというところだろう」

「そんなあ……」

「まっ、一応これは執政館に帰って、報告だな」


 レイラはなんとも言えない顔で、この部屋をぐるりと見回した。

 彼女自身も魔法執政官を目指して、法律だけでなく慣れない魔法のことまであれこれと勉強していたため、よくよく見たら並んでいるハーブも、死者蘇生を司るもの、解呪のものだとわかる。オールドカースルはどうにかして、自身の使えない魔眼を復活させる方法を探したかったのだろう。


「……魔法ひとつ使うために、なにも死ぬことはなかったじゃないですか」

「そうか? 自分のアイデンティティを守るために、死ぬことすら惜しくないってのもあるだろうがな」

「先生?」

「……先のない実家の魔法に嫌気が差して、実家を飛び出た俺が言うんだ。それがなかったら死んでもいいってもの、誰だってあると思うぞぉー?」


 そう言ってエイブラムは笑った。

 それに釣られて、レイラも少しだけ微笑んだ。


****


「ありがとうございますありがとうございます! そうだよ、俺魔法かけられただけだったんだよ、誰も話を聞いてくれなかったしな! はっはっはっはっは!!」


 アバークロンビーは高笑いしながら、何度も何度もエイブラムとレイラに握手をして、手錠を外された腕を振って元気よく帰って行った。

 それをふたりは呆れた顔で見送った。


「あの人、また悪さしないといいですねえ」

「そればっかりはなあ……」

「でも……オールドカースルさん。いったいなんの魔眼だったんでしょうね? 人を殺したくなる魔眼って……魅了眼とか、催眠眼とか?」

「これは推測だが……彼女の魔眼は感情を増幅させる魅了眼と催眠眼の複合型だったんだと思う。アバークロンビーさんのむしゃくしゃした気持ちを、殺意まで高めてしまったんだろうさ」

「……それ、あの人釈放しちゃってよかったんですか? むしゃくしゃして、そのまんま人を殺すなんて」

「さあな。あれも魔法学院を中退していたから。魔法の素養が少しばかりあったせいで、彼女の魔眼が作用してしまったんだと思う。一般人同士の喧嘩では、なかなか魔法なんて簡単に使えるもんでもないしなあ」

「そうなんですねえ」


 ふたりは紅茶を淹れ、それをひと口含んだ。

 少し休憩したら、報告書を上げてしまわないと。残念ながらまだまだ仕事は終わりそうもないのだから。

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