母校の捜査
オズワルド魔法学院。
魔法使いの素養があれば一般人でも入学可能なそこは、この国でも広く学徒を集めていることで知られていた。
しかし先日出された禁術法のせいで、この学院に籍を置いていた魔法使いが研究成果と一緒に行方をくらませてしまい、決して無傷では済まなかった。
学生たちが真っ黒なローブを着て、楽しげに話をしていたが。
魔法執政官のエバーグリーンのローブを見た瞬間、全員目が死んだ。
「魔法執政官だ……」
「あれのせいで図書館も使いづらくなって……」
「教授が研究成果持ち逃げしたから……」
「うちの実家なんて、もろに黒魔術指定食らったから、廃業の危機なんですけど……」
全員のチクチクとした視線に、エイブラムは「ううっ……」と胸を押さえた。レイラはそれを不思議な顔で見つめている。
「あのう……どうして先生がそこまで責められるんですか?」
「決まってるだろ……俺が魔法執政官だからさ……」
「禁術法制定したのなんて、先生関係ないでしょ?」
「それでも……俺たちがやってきたことで、また難癖付けてくると思っている魔法使いは大勢いるさ……本当に嫌われ者だよ。魔法使いたちのな」
「先生……」
エイブラムが自嘲気味に笑うのを、レイラはなんとも言えない顔で眺めていた。彼女は見習いを表すスプリンググリーンのローブを着ているせいか、多少なりとも視線の鋭さは穏やかであった。
さて、ふたりが到着したのはオズワルドの職員室だった。そこで、故人の話を尋ねる。
そこで話を聞いてくれたのは、灰色のローブを纏った魔女であった。
「オールドカースルさんが実家に帰省中に亡くなりましたか……それはお気の毒に」
「彼女、大学部での素行はどうでしたか?」
「毎日魔法の研究に励んでいましたよ。ただ、魔女学は数十年単位で実績のない魔法ですので……彼女の必死さが結果に結びついてないのだけは気がかりでしたね」
「そうですか……彼女の個室を調べてよろしいですか?」
「どうぞ。私物も全てそこに置いてありますよ」
大抵の魔法学院では塩対応を受けるのだが、魔女学は魔女の言葉通り、成果が全く出ていない上に基礎教養のせいか、一般人との対話のようにすんなりと通った。
相変わらず冷たい視線を受けているエイブラムに「先生、ちゃんと取り合ってくれる方がおられてよかったですね」と言うと、彼は眉間を指で揉み込んだ。
「尚のこと、よくわからなくなったが」
「よくわからないとは……?」
「魔法使いは基本的に家業を継いで成り立っている。魔法はなにかと金がかかるから、どこかで副職を営みつつ、その金を使って研究を行うんだが……彼女はどうして、全く成果のない魔女学を専攻してまで、大学部に残っているんだ? そしてそこまで成果の上がらないものだったら、普通に実家で行っても同じものだが……」
「実家に戻るのが嫌とかじゃないですか?」
「普通に帰郷しているんだから、それはありえないだろう」
「あ……そういえばそうですね」
里帰りさえしなかったら、まず殺されることもなかったのだから、実家と不仲という線はなさそうだ。
そもそもエイブラムは実家が魔女学をしていたのだから、魔女学がどれだけ古ぼけた魔法なのかを知っている。魔女も言っていた通り、数十年単位で成果が出ていないことも。だからますますもって、オールドカースルの動向が不可解極まりなかった。
もうヒントは、彼女の個室にしかなさそうだった。
魔女から借り受けた鍵を携え、ふたりは手袋を嵌めると「失礼します」と中に入った。
部屋にはマジョラム、ミントのハーバルブーケがかかっている。あちこちにポプリ、ハーブ、水晶玉。絵本に書いてある魔女の部屋というものはこういうものだろうという部屋であった。
「魔法使いの部屋って感じですねえ……」
「薬草学は基本中の基本だからな。死者蘇生の魔法の研究、星占術、召喚学……全て魔女学からの派生だからな」
「でも死霊術は今、禁術法に引っかかって研究できないじゃないですか」
「降霊術はギリギリセーフで研究できるからな。この辺りの線引きは、今でも各教授と協議中で、ほぼ毎日のように線引きの基準が変わるから勘弁して欲しい」
駄弁っていてもなにもないため、早速彼女の個室を調べはじめた。
彼女の持ち物をひとつひとつ検分をかけ、不審なもの、アミュレットの作用するものがあったら、それらはエイブラムが見る。
「魔女学って、ハーブをこんなに集めるもんなんですか? 棚ひとつ全部ハーブですけど」
「そりゃそうだろ。薬局に行ってみろ、こんなもんの比じゃないだろ。大鍋でコトコトハーブを煮炊きしている魔女なんて、絵本でいくらでもいる。そもそもそれで精製できる薬なんて本当に微々たるものなんだから、これだけハーブを使わなかったらひとり分にも満たないさ」
「はあ……魔女さんに感謝ですねえ……でもハーブでも、容態がおかしくなるハーブや、体調不調を起こすハーブはありませんねえ」
ハーブの種類をひとつひとつ検分してみても、たしかに大量摂取すれば猛毒になるが、ひと掴みくらいだったら問題ないというものばかりだ。そもそも少量で毒になるものだったら、大量のハーブよりも毒草を摘んだほうが効率がいいし、毒草はこの部屋では扱っていないようだった。
「毒が原因でアバークロンビーさんの様子がおかしくなった線はなさそうだ」
「あの、そういえば毎日研究してたって魔女さんもおっしゃってましたけど、研究レポートってどこでしょうか?」
「たしかにレポートを読めば、記録が出てくるな……」
ハーブを全て調べてみたものの、成果はなし。幻覚作用や麻痺作用などあるものも見つからなかったため、ハーブの線は一旦捨てて、今度はレポートや教科書の確認をはじめた。
毎日毎日、煎じたハーブの材料や時間を書かれているが、これだと普通に魔法学院在学の生徒たちの実習ノートと変わらない。
「大学部でわざわざやる内容じゃないな、これは……」
「うーん……でもこれじゃアバークロンビーさん、普通に殺害容疑な上に、虚偽発言で捜査を混乱させたってことで、刑足されちゃいますよ?」
「もしこのまんま執政官に渡されたら、もう俺たちだと打つ手なしだからなあ……うん?」
突然、エイブラムが持っていたアミュレットがカタカタ揺れた。
魔法使いは他人に見られたくないものには、基本的に魔道具を付けて鍵としている。アミュレットが魔道具の発動を警告しているのだ。
「レイラ、ちょっと俺の後ろに来なさい」
「あ、はいっ!」
彼女はパタパタと彼の背中に引っ込むと、エイブラムは自身の鞄を開いた。中の羊皮紙に自身の血を流して魔道具を取り出す。取り出したのは大昔の巫女が使っていたとされる盾である。
よくよく見たら、机の下には魔方陣。その魔方陣が侵入者に警戒して、魔法を発動させたのだ。
いきなり衝撃波が発動し、あちこちのハーブや瓶が大きく音を立てる。盾でどうにか守ったものの、第二波が迫ってくる。
「先生! これ、どうすれば!」
「部屋の主以外が部屋を荒らしているから、侵入者対策のこけおどしだ。あと三回耐えれば終わる!」
「三回も耐えないといけないんですかぁぁぁぁ!!」
実際に盾の裏に回れなかった瓶は割れ、ハーブは無残に床に散らばり、さんざんな状態だ。もし部屋の持ち主がいたのならば、普通にその警報を止めていたのだが、既に主が死んでいるのだから止めようがない。
本当にあと三回衝撃波に耐えたら、ようやく警報は鳴り止んだ。部屋はぐちゃぐちゃで、レイラは泣きそうになりながらへたり込む。
「こんなぐっちゃぐちゃにしてどうするんですかぁぁぁぁ!?」
「というより、こんな警報個室に使わない」
「どうしてですかぁぁぁぁ!?」
「部屋がぐちゃぐちゃになるからだ。どちらかというとこの警報は、魔道具屋が泥棒を殺すために使うか、盗まれたくないものを保管するために使う」
「殺しちゃ駄目でしょ!?」
「……禁術法でも、この辺りは穴があるんだよな。なによりも魔法学院では、この警報で人が死んでも人の研究成果を盗もうとしたからということで、おとがめなしだ」
「そんな恐ろしい!?」
「魔法学院ではそれが普通だったからなあ……」
レイラがギャーギャー叫んでいる中、やっと引き出しを開くことができた。そこには、またも魔道具がかけられた分厚い日記が出てきた。
エイブラムは黙って、妖精の鱗粉をかけて魔道具を眠らせると、それを開いた。
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