第172話 エピローグ

 ユリシスの執務室に、魔王の国であるガイガル王国からの使節団の代表が挨拶にきた。その席に座っているのは紛れもなくユイエストだ。


「ユイエスト様がなぜ……」


 あの異次元から戻って来られたのも、なぜ今の時代にいるのかも分からない。


「全ては魔王ラトスタの手腕によるのです」


 あのあと、憮然とした表情でユリシスたちを地上にお繰り返してくれたラトスタの姿が目に浮かぶ。結局、礼は言わなかった。


「例の術式は、使った術者の時代へと戻る。そのため、私はこの時代にもどってきたのです。それと、ユイエストは仮の名前です。ヴァルエストとお呼びください」


 ラトスタは現在、あちらの世界に行っているのだという。あちらの全ての住人をこちらの世界へともどすのだそうだ。魔人と人間の混在する国が魔人の大陸に出来上がる。その知らせと修好のためにヴァルエストは聖サクレル市国へとやってきたのだ。


「しかし、それは可能なのですか? あの術式は一度しか使えないと聞いています」


 ヴァルエストによると、術式の一部を変えてしまえば問題ないという。もちろん普通に人には難しいが、魔王ならばそれどのないらしい。


「あの浮島の上に人口三万ほどの小さな国を作ります」


 傷が癒えた魔王からは侵略する意思が消え、小さくとも豊かな国を作っていきたという抱負を持っている。人間との共存を選んだのもそのためだ。


 そのラトスタの負っていた傷にユリシスは疑問が残る。あれは一体、何だったのだろうか?


「ラトスタからはその真実を、聖女ユリシス様に伝えるようにと言われています。ただし、秘中の秘、口外は無用に願いたいのです」


 それは驚くべき真実だった。


「ユイエスト教の教典にも書かれている最初の楽園からの追放に関してです。楽園には二人の人間がいた、そう書かれてありますが、それは間違いなのです。本当は三人いたのですよ」


 その一人が魔王ラトスタだったのだ。


「当初、二人の人間と一人の魔人は、仲睦まじく楽園デクラしていました」


 ところが、人間二人に邪心が芽生えた。魔人であるラトスタを疎外するようになったのだ。そしてついに凶行へと及んだ。二人の人間はラトスタを殺害しようとしたのだ。


「頭に傷を負いながら、間一髪でラトスタは楽園から逃げ出した。そして、憎しみから人間に呪いをかけ、あの地にやってきたのです」


 ユリシスにとっても教団にとっても衝撃の真実だ。確かにこれは口外できない。人間と魔人との関係性から教義の根本まで揺らいでしまう。


「ユイエスト様、いえヴァルエスト様、それが人間が犯した最初の罪なのですね」


 ユリシスの言葉に、ヴァルエストは静かにうなずく。その原罪が人間が持って生まれる宿痾に繋がっている。それは魔王の呪いだったのだ。そのラトスタが負っていた傷はユリシスが癒やした。傷はふさがったはずだ。


「そうです。ですから、聖女ユリシス様。魔王の呪いは晴れたとお考えいただいて結構です」


 今、背負っている宿痾は消えはしないが、今後産まれてくる子供たちには宿痾はない。そう考えていい。人間の背負っていた原初の罪は許されたのだ。


「魔王を追放した人間は、その後、禁断の実を食べ、そして楽園を追放された、それも恐らく真実なのでしょう。であるのならば、人間は、その罪の全てを許された訳ではない。まだまだ救いは必要でしょう」


 ユリシスはそういいながら手を組む。


「いかがですか? 人間によって負わされた魔王の傷を、人間である貴方が癒やした。これからは人間も魔人も分け隔てなく暮らしていける世の中を作っていけそうではありませんか?」


 ヴァルエストからの提案に反対する理由はない。まずはその先鞭を聖サクレル市国が付けるべきだろう。


 ユリシスは立ち上がると、ヴァルエストに手を差し伸べた。その手をしっかりと握り合う。


「ヴァルエスト様、聖女ユリシスの名をもってお誓いいたしましょう」


 その時、ユリシスの頭にナザレットで逼塞しているであろうオーサ・ディックとの顔が浮かんだ。救済派各国の首脳に、魔人との共存を説くのはそれほど難しくはないだろう。地理的にも魔人の国と近い。問題となってくるのは贖罪派の国々、それも最大の勢力を誇るナザレット教皇国の存在だ。

 ユリシスにはオーサが今のままでいるとは思っていない。いずれ政界に復帰し、高位に再び登ってくるだろうと予測している。


「ヴァルエスト様、お約束致します。贖罪派にも修好の手を。私んは彼らを説き伏せる自信があります」


 ユリシスは振り返る。腕に宿っていたハッシキはいなくなってしまったが、ランサもいる。ロボもいる。たくさんの支えてくれる人々がユリシスはいてくれる。


 ユリシスは自分の使命を悟った、そっと左手の中指をさすりながら。


                                  【完】


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。何とか最後までかき続けられました。読者の皆様ありがとうございました。★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

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プリズン・アーム――腕に魂を宿した聖女は人類の真理を知る―― 武臣 賢 @rikiken

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