第171話 祝福
ユリシスは抱きかかえた魔王ラトスタを膝の上に乗せる。気絶した彼はまだ目を覚ます気配はない。先に、気を失っていたランサと壁に激突させられたロボが起き上がってきてユリシスの元へと、足を引きずりながら歩んでくる。
ランサとロボは驚いた。ユリシスの瞳の色が深い緑色に変わっている。その口から紡ぎ出された声も、ユリシスのものとはまったく異なっている。
「初めまして、私はファフィーナ。この魔王の后だった者よ」
なぜファフィーナがユリシスの身体の中にいるのか語り始める。
「魔王には息子がいた。ヴァルエストという名の息子が」
ランサもロボも、ユリシスもその人物を知っている。あの次元空間で出会った、ユイエスト教の教祖と言われる彼だ。
「ラトスタが眠りについて、彼は人間の大陸に渡った。その理由は和平のためだった」
ユリシスたちはもちろん知っている。直接本人から聞いたのだから。
ファフィーナは彼の行動に危惧を持った。戻って来ないような気がしたのだ。そのため、彼が出たと聞き及び、いても立ってもいられなくなり、彼の後を追った。
しかし、彼には追いつけず、行方不明になってしまっていた。ファフィーナは悲嘆に暮れたが、そんな余裕すらなかった。迫害が迫って来ていたのだ。
「ヴァルエストを探すどころではなくなったの。自身に危険がせまっていた。思えば浅墓な行動だったのかもと後悔した。本当はラトスタの眠っているそばにいるべきだったのではないかと」
身近に危険が迫っているが、ファフィーナにはなすすべは何もなかった。捕らえられ、赤子の首を撚るように簡単に殺されてしまった。
「でも私の意識は残った。ラトスタに与えられた魂から生まれてきたから。肉体は滅んでも私の精神は漂い続けたの」
どれだけさまよい続けたのかはファフィーナにも分からない。ただはっきりしているのは、すでにユイエスト教は隆盛期に入っていた。
百年、いやもっとかもしれない。ファフィーナは探し続けた。ファフィーナと同じような波長を持った魂を。
精神を取って代わられたユリシスはじっと耳を傾けている。なぜファフィーナの魂がユリシスに宿っているのか、それはハッシキにも秘密がるに違いない。
「そしてやっと見つけたの。私の魂と同調出来る魂をもった少女を」
同調すると言っても、ただ宿るだけ。精神は元の少女のまま。だが、少女は特異な能力を持った。人々を癒やし、祝福を与えた。彼女はまた敬虔なユイエスト信者でもあった。
「それが聖女の始まりなのよ。だからユリシス、あなたの魂に私の魂も混ざっているの」
ラトスタは魂が渾然一体になっていると言っていた。ファフィーナはユリシスの疑問を察したようだ。
「私の魂と同根になっているから、魂は永遠でも肉体は朽ちる。その前に、次の依代を見付けなければならない。それが聖女の使命のひとつでもあった」
次々に肉体を移りながら、魂と同調し、ファフィーナの魂、正確には魔王ラトスタから受け継いだ意識は、同調した少女たちの魂の奥底で存在し続けた。ラトスタの覚醒に合わせるかのように、ハッシキの魂がユリシスに宿ったのも偶然ではなかったのだ。
「あの意識が、ラトスタから飛び出して貴方を救ったのにも訳があったのよ。ただ、記憶を失ってしまったのは、ラトスタがまだ完全に目覚めていなかったから」
人々に慈愛と祝福を与える役目を負いながら、次の聖女の依代を見つけ出す。それが聖女の定められた役目。だが、ユリシスには疑念があった。運命や宿命をそのまま信じたくはないという気分がある。自分自身が聖女として相応しいのかどうかも含めてだ。ユリシスは聖女の名の元に、人の命も奪っているのだ。
「貴方には貴方らしい聖女の形がある。それは強制でも運命でもない、貴方が決めるのよ、これから先もずっとね。答えは次の聖女の魂が見つかった時に分かるかも知れない。もちろん分からない可能性もあるわね、貴方の人生なのだから」
ユリシスはそっとラトスタの頭を撫でる。ユイエスト教も聖女もすべてはこの小さな身体から生まれたという真実を受け入れるしかない。それが全てなのだ。
ただ、ラトスタが苦しんでいた古傷は一体何なのか、疑問が残る。
「それに答えるには私にはもう、時間が残されていない。私はまた貴方の魂の中で静かに眠りにつかなくちゃ」
ユリシスの瞳の色が、深い青へと戻っていく。身体が少し重たくなったような気がした。ユリシスは青い瞳でラトスタを凝視した。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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