【冷たい君と星を仰ぎたい 後編】
私は三日三晩考え続けた。いや、それどころじゃない。朝も昼も夕方も夜も、永遠に考え続けた。紗耶香にとって何が一番安からな死なのかを。もし私に出来ることがあるのならば、私はそれをするべきなのか。それが紗耶香の願いだとしても。
私はあの日から、紗耶香の家は訪れなかった。紗耶香が弱い姿を私には見せたくない、と言ったから。紗耶香の希望通りにしようと思った。
その代わり、あの丘でただ一人、自問自答をし続けた。秋も中旬を超えて、紫苑の花はもうすぐで満開だった。その丘の上で、ただ一人考え続けた。何が紗耶香の幸せなのか、何が紗耶香の為になるのか。ただひたすらに、自分に問い続けた。目を閉じた瞼に裏に浮かんだのは、秋蛍に囲まれて消えていく紗耶香の姿。私に何かを言ったあの表情。紗耶香は何を伝えたかったのか。でも、今になればすべてはわかることだった。あれこそ、虫の知らせだったのだろう。紗耶香は私がどうしようが、近いうちに亡くなるのだ。紗耶香の願いを叶えるかどうかは、私の手にかかっているのだろう。それを叶えるかどうかは、私次第なのだ。だからこそ、私は考え続けた。
「ねぇ、私は、どうすればいいと思う?」
紫苑の花にそう尋ねても、何も答えない。当たり前のことだ。でも、それでも私はこの花に尋ねたかった。紗耶香が好きだった花が、紗耶香の気持ちを知っているような気がしたから。もう何日も考えてわからない答えに、私は考えることを諦めてしまうそうだった。
家に帰ると、お母さんが笑って私を見ていた。
「何?にやにやして」
「向日葵、誰からもらったの?」
「誰って、紗耶香だけど」
そう言うとお母さんは嬉しそう目を細めてに笑った。
「そう。紗耶香ちゃんは本当にあんたのことが好きなのね」
「……なに?どういう意味?」
「ヒント、花言葉」
その瞬間、私は勢いよく部屋に向かって階段を駆け上がった。
(紗耶香)
すぐに部屋に入って、スマホを手にする。
(紗耶香)
検索ページを開いて、【4本の向日葵 意味】と調べる。
(意味なんてないって、笑っていたじゃないか)
花言葉が詳しく乗ったサイトをスクロールする。
『向日葵には情熱・あなただけを見つめるといった意味があります。また向日葵は本数によって意味が変わります。1本はあなたは私の運命の相手。3本ならあなたを愛しています。4本なら……』
「なに、それ……」
私はその意味に、どうしようもなくなった。目尻が熱くなって、涙があふれ出してくる。知らなかった。紗耶香がどんな思いで私と過ごしていたのかも。紗耶香の気持ちも。紗耶香の言葉全ての意味も。私は何も知らずに、ただ紗耶香との時間が限りなくあるものだと思って過ごしていた。紗耶香はこの時間に、この瞬間に、リミットがあることを知っていた。だから、私にこの花を。でもきっと紗耶香は、私を縛り付けたくなくて、自分の気持ちなんか言えなくて、きっと抑え込んで、我慢して、この向日葵に自分の思い全てを託したんだ。きっと、今私に伝えてしまったら、私が紗耶香のことを忘れられなくなるから。私がその気持ちに答えてしまったら、紗耶香はもっと生きたくなってしまうから。紗耶香の、一世一代の最後の恋。
「紗耶香の、馬鹿。もっと早く、言ってよ……」
私はそこで泣き崩れてしまった。ただ、声を上げて泣いた。
「私だって、紗耶香のこと……!」
この日になって、初めて私は紗耶香が死ぬのが嫌だと感じた。今更になって、神様にお願いしてしまった。神様、どうか紗耶香を連れて行かないで。紗耶香を私から奪わないで。紗耶香をもっと、生きさせて。紗耶香に、満開の紫苑の花を見せたいのに。紗耶香ともっと、いろんな景色を見たいのに。
「紗耶香、紗耶香……」
紗耶香はあと、一週間もしないうちにこの世から消える。病と言うどうしようもないものに、命を奪われる。泣いていた紗耶香を思いだす。紗耶香の声が頭に聞こえる。
『大、好きな、葵、ちゃんの、手で、死んだ方が、ずっと、ましなの』
もう、迷いはしないと思った。紗耶香の為に、紗耶香の気持ちに報いるために、私はその任務を遂行しなければならない。その義務が、私にはある。それが、私が紗耶香に出来る最後の花向けだから。私は涙を拭いて、立ち上がった。もう、泣いてはいられない。時間は無い。もう私は、紗耶香の為に全てあげるのだと覚悟したから。
学校の制服は中間服に変わった。田んぼの稲は小麦色の一色になった。公園には紅葉がちらちらと舞い落ちていた。アキアカネが空を飛び始めて、鈴虫が一層鳴き始める。日が落ちるのも早くなって、風は寒くなった。紫苑の花は満開を迎えていた。
私はその日、紗耶香の家を訪れていた。紗耶香のお母さんに承諾をもらって、紗耶香の部屋にお邪魔する。紗耶香はもう数日に一度しか目を覚まさず、言葉もあやふやで、目もよく見えているかどうかわからない状態だという。私は紗耶香のベットに腰かけて、紗耶香を見た。前に会った時より、紗耶香はずっと痩せていて、肌は白かった。それでも紗耶香は綺麗だった。人は最後の最後まで、聴覚は残っているという。私は紗耶香の耳元に、口を寄せた。
「紗耶香、葵だよ。ただいま」
何も返答はない。それでも良かった。
「紗耶香、向日葵ありがとうね。ちゃんと受け取ったよ」
紗耶香の意識に届くように、語りかける。
「紗耶香、遅くなってごめんね。やっと覚悟がついた」
紗耶香の手を強く握る。
「今夜、紗耶香の部屋に来る。だから庭のドア、開けておいて」
私はそれだけ伝えると、紗耶香から離れた。そうして庭のドアの鍵を開けておいた。今夜、全てが終わる。私は紗耶香に言い残した。
「紗耶香。お母さんやお父さんにさようなら、言っておいてね」
そう言って、私は紗耶香の部屋を後にした。部屋を出て、私はリビングに向かった。
「紗耶香のお母さん、ありがとうございました」
そう言うと紗耶香のお母さんは、苦しそうな顔で私を見た。
「ああ、葵ちゃん。ありがとうね。紗耶香も喜んでいるわ、きっと」
私は少し困ったように笑って紗耶香のお母さんに告げた。
「紗耶香に、最後のお別れ、しておいてください」
「……え?」
「では……」
私はそれだけ言い残すと、そのまま紗耶香の家を出た。
普通にお風呂に入って、夜ご飯を食べて、いつも通りに宿題をして、明日の学校に行く準備をした。そうして8時にはベットの中に入った。暗い布団の中で、私は紗耶香との思い出を思い返していた。紗耶香と遊んだこと、紗耶香と話したこと、紗耶香の全てを頭に思い浮かべた。初めて会った時は、紗耶香は布団の中だった。「いとこ同士、仲良くしてね」と言われた時、紗耶香は紗耶香のお母さんの後ろに隠れていた。小学生高学年になって、初めて一緒に外で遊んだ。紗耶香は見慣れない景色に目を輝かせていた。それから夏休みと年末年始は毎年一緒に過ごした。紗耶香は浴衣も水着もよく似合っていた。成長すればするほど、美人になって賢くなっていった。夏の太陽に晒されて笑う紗耶香も、冬の雪に寒いねと白い息を吐く紗耶香も、全部綺麗だった。紗耶香は紫苑の花が大好きで、いつも見れなくて残念だ、と嘆いていた。落ち込む紗耶香も、喜ぶ紗耶香も全部大好きだ。こんなことになるなら、全部写真に撮っておけば良かったと思った。少しでも、紗耶香がこの世にいたことを残しておけば良かった。
今年は、紗耶香と過ごした最初で最後の秋だった。紗耶香ともっといろいろしたかったけれど、それはいつかの為に残しておこう。また紗耶香と出会えた時にでもいい、紗耶香が戻ってきたときでもいい。また、この縁が巡り合った時に。今度は同級生にでも生まれ変われたらいい。そうしたら、もっと同じ時間を共有できるかもしれないから。そしたら、今度は私から紗耶香に伝えるんだ。今度は私から、向日葵をプレゼントする。そうして春も、夏も、秋も、冬も、ずっと一緒に過ごすんだ。このお別れが、最後じゃない。このお別れが、全てじゃない。例えどんな姿になっても、どんな形になっても、私達はまた惹かれ合うから、必ず。
今夜はその一区切りに過ぎないのだから。だから、さようならは似合わない。
目を覚ますと、あっという間に夜が来ていた。スマホで確認すると、時間は夜の1時だった。ちょうどいい時間だ。私はベットから降りて、制服に着替えた。ポケットに携帯だけを入れて、私は静かに部屋を抜けた。足音を立てないように階段を下りて、靴を履き、玄関の扉を開けた。ここにはもう、帰ってこれないかもしれないけれど。せめてお母さんにさようならぐらい、言えばよかったのかもしれない。
鈴虫が鳴く田舎道を、ただひたすらに早足で歩いた。こんなところで警察や大人に見つかったら大変だ。私はその危険を危惧して、早足で警戒しながら道を抜けた。紗耶香の家までの道は、秋月が道を照らしてくれていた。私はその明かりに従って道を急いだ。そのおかげで紗耶香の家まではすぐに着いた。私は庭に回ってドアを確認した。私はそのドアを見て、びっくりしてしまった。そのドアは、ちゃんと開けられていたのだ。私は鍵を開けただけだから、もしかしたら紗耶香が開けてくれたのかもしれない、と思った。私は遠慮なくそのドアから部屋に入った。部屋の真ん中のベットで、紗耶香は健やかに眠っていた。私は誰も来ないことを確認して、紗耶香の部屋の鍵を閉めた。そうして紗耶香のもとに向かった。紗耶香は静かに眠っている。私は紗耶香のベットの上に乗って、紗耶香の体にまたがった。
「紗耶香、来たよ」
紗耶香は何も答えない。
「苦しいのは、一瞬だけだからね。痛くないよ」
私はそう言って紗耶香の首に手をかけた。白くて細い首を包むように、自分の手を回して首を掴んだ。その肌はもう死んでいるのかと言うぐらい、冷たかった。いや、もう死んでいたのかもしれない。でも私は信じたかった。病魔より先に私が紗耶香に死をもたらしたことを。紗耶香の辛さや、苦しみには、私が終止符を打ったことを。私は紗耶香の約束をちゃんと守ったんだということを。
私は全部の力を込めて、紗耶香の首を絞めた。首の細さが、やけに手に残る。今すぐにでも、離したくなる。でも、ここまで来てそれは、そんな甘えは許されないのだ。私は力の限り、紗耶香の首を絞めた。
「……さや、か」
これが、本当に紗耶香の望んだことなのか。紗耶香の人生の終わり方が、こんなのでいいのか。あんなに考えて、ここまで来たのに。いまだに私は迷っている。こんな迷いすら、全て捨てて来たはずなのに。私はまだ。
「ごめん、ごめん……紗耶香……ごめん」
私の方が苦しくなって、涙を流してしまう。命を奪うほどの価値が、紗耶香の人生を終わらすほどの価値など、私にはないのに。ただ、紗耶香に頼まれたからと言うだけで、こんな人殺しが正当化されるわけではない。例えどれだけ紗耶香が病魔に苦しんでいたって、私が手を下していいわけではない。どんな理由だって、人殺しが正当化されるそんな理由はない。
こんなのは、きっと間違いだ。
「ごめん、紗耶香。私は、紗耶香を殺すことなんて……」
そうして目を閉じて、手の力を緩めた時だった。
「葵ちゃん」
顔を上げると、そこには笑った紗耶香がいた。
「さや……」
紗耶香は私の涙を指で拭った。
「葵ちゃん。いいよ。私のせいにしていいから」
「でも、そんな、私には、紗耶香の命を奪う権利なんて……」
「なんで、?泣かないで、葵ちゃん」
そう言って紗耶香は笑った。
「誰よりも愛してる葵ちゃん。貴方に終わらせてほしいの」
はっきりとそう言った紗耶香は、私を見て、目を閉じた。そうして、私の手に自分の手を重ねた。
「愛してるなら、お願い。貴方の手で眠らせて」
そんなことを言われたら、私は、私は……。
「ごめんね、ごめんね紗耶香」
「ううん、謝らないで。葵ちゃんが謝る必要なんてないの」
ぎゅう、と首を絞める。
「私の方こそ、ごめんね」
私は、首を横に振った。
「誰よりも愛しい紗耶香。……おやすみなさい」
紗耶香は、最後嬉しそうに笑っていた。
何かの拍子で目を覚ます。荒い息が、部屋中に響いていた。私の下には、紗耶香の体が横たわっていた。息を確認するが、もうないことが分かった。私は完全に、確実に、紗耶香をこの手で逝かせてしまったらしい。ゆっくりと紗耶香の首から手を離した。そこには赤い手の跡がついていた。一つも苦しそうにしなかった紗耶香は、最後まで強くて優しかった。私は最後の最後まで、紗耶香に救われてばかりだった。私は紗耶香の体を持ち上げて、背中に背負った。そうして、そのまま紗耶香の部屋を出た。
行く先など、一つしかない。きっと今日が満開の日だから。せめて紗耶香には、そこで眠ってほしい。
死んだ人間の体は、思った以上に重かった。あの軽かった紗耶香でさえ、重いと感じるのだから。それでも、この重みが紗耶香を感じられる最後の感触なのだろう。私は少しでも長く紗耶香に触れられることを感謝して、丘までの道を歩いてった。一歩、一歩のその一歩が重い。体からは汗があふれてくるが、それでも負けじと紗耶香を背負って、田舎道を進んだ。さっきからもうずいぶんと紗耶香の体が冷たいのは、感じていた。仕方がない。だって紗耶香は死んでいるのだから。すぐに紗耶香の体は人間の温かさを失っていくだろう。でも、それでもいい。私はただ、丘に向かってあるいた。ただでさえ丘に向かうのは徒歩で20分はかかる。それを紗耶香を背負っていたら、もっとかかるのは当たり前だった。紗耶香を無事に丘まで運べた時は、もう2時を回っていた。私は最後の力を振り絞って重い足を上げ、一歩一歩を踏みしめて、丘を上がった。
「さや、か……、着いたよ」
丘の上は、満開の紫苑の花で満ちていた。月の光を浴びて、紫苑は横に揺れていた。私はそこまで来ると、紗耶香をその紫苑の上に下ろした。紗耶香がずっと見たがっていたこの紫苑の花畑を、見せられて良かったと、心から思った。紫苑の花の中で眠る紗耶香は本当に綺麗だった。もう、棺のなかに入っているようだ。これが、本当に意味で紗耶香への花向けとなったな、と思った。私は紗耶香の隣に横たわった。そうしてすべての力を抜いた。ただ、紫苑に体をゆだねる。私は紗耶香の手を握って、そのまま、目を閉じた。
間違いではなかったと、今ならそう思える。
私は紗耶香の最後の願いを果たせたのだ。
それだけで、もういい。
冷たい秋初風に、私は目を覚ました。濃紺の夜空が、私の視界を埋め尽くす。遠くには、幾千もの星が瞬いていた。銀色の星達は、ただ限りある命を燃やしている。幾年も瞬き燃え続けるその姿は、とてもは儚く尊く美しい。私はその星達をただ、眺めていた。吹き続ける秋の風はひんやりとしていて、私の肌を優しく撫でる。その冷たさに私は紗耶香の思い出を感じる。この痛いほどの優しい風を私は忘れない。この身に焼き付けて、体に覚えこませる。この瞬間は、もう二度と来ないから。肌で、感触で、全ての五感で、今この瞬間を覚えておきたい。この、かけがえのない時間を。この冷たい風を、綺麗な夜空を、揺れる花の香りを。もう、二度と来ることはない、紗耶香といる時間を。
私は花が咲き乱れる丘から、ゆっくりと体を起こした。遠くに聞こえていたはずの鈴虫の声が、やけに近くに聞こえる。その鳴き声が、さらにこの場所の静寂を引き立てる。この、私と紗耶香しか知りえない場所で、私と紗耶香の時は全て止まったのだ。この丘に、私達は今夜全てを置いていく。その覚悟で、ここに来たのだから。
私は隣に目を向けた。そこには花に包まれて、眠るように死んだ、紗耶香の死体がある。私は紗耶香の顔に、手を伸ばした。まだ温かいその頬は、彼女が少し前まで生きていたことを意味していた。私は紗耶香の頬を優しく撫でた。
「紗耶香、見て。満開の紫苑の花だよ」
その言葉に、誰も答えない。当たり前だ。彼女はもう、死んでいるのだから。でも、それでも私は彼女に言葉をかけることをやめられなかった。だって、私は紗耶香に言えなかったことが、あまりに沢山あるのだ。本当は、紗耶香に聞いて欲しかったことが、沢山あったのに。彼女はそんな私の気持ちも知らずに、永久の眠りについてしまったのだから。でも、私だっていけないのだ。もっと早く、紗耶香に色んなことを伝えておけば良かったのに。私達に与えられていた時間は、あまりにも短すぎたのだ。たった一言さえ、言う間もないままに。
「……これで、良かったんだよね?紗耶香」
私は紗耶香がしてほしかったことを、ちゃんとこなせたのだろうか。ただ、そのことだけが心残りで、私は答えない紗耶香に尋ねてしまった。未だに、紗耶香は本当にあんなことを望んでいたんだろうか、それをするのが私で良かったのかと思う。そんなことを、どれだけ思ったところで、もう本人から答えは聞けないのだけれど。その時、突発的に強い風が吹いた。私は思わず目を閉じてしまう。そうして風が止んだところで目を開けると、そこにはなにか頷くように揺れる花の姿があった。それはもしや、紗耶香の思いを代弁しているのだろうか。
冷たい秋の夜に、私達は二人ぼっちだ。見上げた星空には、銀色の星たちがごうごうと命を燃やし続けていた。
「紗耶香、ありがとう」
そう言って私は紗耶香の冷たい唇に、自分の唇を落とした。きっと、これが最後のキスになる。私達の最後の愛情の表現。
その胸にもう後悔はなかった。だって紗耶香はきっとあの星の遠くに旅立ってしまったのだろうから。ここから遠く離れた場所で、きっと安らかに眠っているのだから。紗耶香、愛しい紗耶香。どうか安らかに。
その時、懐中電灯が私達を照らした。後ろを振り返ると、そこには警察官と紗耶香のお母さんとお父さんが私達を見ていた。私は観念したように、目を伏せた。
「お母様、お父様、いらっしゃいました!」
警察は紗耶香の姿を見つけると、すぐに紗耶香のお母さんとお父さんに報告した。紗耶香のお母さんとお父さんはすぐに紗耶香に駆け寄り、警察官は私に駆け寄った。
「君、紗耶香ちゃんを連れだして何をしていたの?今、何時かわかってる?」
私は頷きも返事もしなかった。
「おい、君!」
そう言って警察官が私に詰め寄った時だった。紗耶香のお母さんが悲鳴を上げた。
「警察官さん……、紗耶香が、紗耶香が息をしていません……!」
その言葉に警察官も固まった。警察官は私の肩を掴んだ。
「君、何か知っているだろう?紗耶香ちゃんに何をしたんだ?」
私は何も言わない。
「どうして紗耶香ちゃんをこんな夜更けに連れだした?」
私は目を開けた。
「紗耶香を……」
そうしてすべての覚悟を決めた。
「紗耶香を殺したのは、私です」
今夜は、やけに月が明るい夜だった。
そのあと、私は警察所に連行され、紗耶香は病院に運ばれた。私はすぐに事情聴取が行われ、私と紗耶香がどういう関係だったのかから今夜のことに至るまで根掘り葉掘り聞かれた。私はそれに全て素直に答えた。
「紗耶香ちゃんを殺したのは、君と言うのは本当か?」
私はこくりと頷いた。
「はい。確かにこの手で紗耶香の首を締めました」
警察官は怪訝そうな顔をして尋ねてきた。
「どうしてそんなことをした?彼女への恨みか?それとも好奇心か?」
その言葉に、私は笑ってしまった。どんな理由だって、私は紗耶香を殺したりはしない。紗耶香に頼まれる、と言うこと以外では。決して。
「……そんなの、紗耶香を愛していたからです。それ以外には、ありません」
紗耶香のせいにするつもりなんか、一ミリもなかった。紗耶香に頼まれたからなんて、言ってやるものか。紗耶香の死んだことに対する罪は全部私が背負う。紗耶香は病気でも、なんでもなく、確実に私の手によって殺されたのだから。私達は、あの夜にすべての愛と恋と思い出を残してきたのだから。そんな私達の純粋な気持ちを、たかだか警察官なんかにわかってもらう筋合いはない。私達だけが知ればいいのだ。
こんな苦しみも、悲しみも、あの夜にすべては。
一年後
その日、私は紗耶香のお墓参りに来ていた。紗耶香のお墓はこちらが実家だということで、こちらに建てられていた。田舎の一等地に、まだ新しい墓石が立っている。そこには紗耶香の名前が刻まれていた。私はそれを見て、改めて紗耶香は死んだんだ、と言うことを実感した。
お墓を綺麗に水で洗って、紫苑の花を添え、線香を立てた。そこで目を伏せて、手を合わせて、紗耶香に語り掛けた。
(紗耶香、ただいま。お墓参り、遅くなってごめんね)
あの頃と同じ、懐かしい風が吹いていた。
(私は少年院に行くことになったよ。そこで精神鑑定も受けるんだ。おかしいよね、どこもおかしくないのに)
アキアカネが風を切っている。
(紗耶香に一つ、謝らなきゃいけないことがあるの)
線香の匂いが、鼻を掠める。
(殺人罪として、立証されなかった)
鈴虫が、遠くで鳴いている。
(紗耶香を殺したのは私だって主張したんだけど、警察は解剖して、病死で間違いないって。私が殺すよりも先に、もう死んでたって)
私は目を開けた。
「紗耶香、あの時、どうして私に……いや、なんでもないよ」
私はそう言って笑った。
「紗耶香、気持ちは全部受け取った。紗耶香。あの時、紫苑の花言葉の話、してたよね。追憶と、あともう一つ」
ささやかに咲く紫苑の花に、私は微笑んだ。
「大丈夫だよ。紗耶香は私の中で永遠に生き続けるから。……また、来るね」
そう言って私は桶を持って、お墓を去った。
あの時、紗耶香が言っていたことを思い出す。紗耶香がそう願うなら、私はそれを叶えよう。花に込めた、その意味を、思いを、気持ちを、紗耶香の願いを。
私は秋晴れの空を仰いだ。今でも目を閉じれば、あの星空と紫苑の花が目に浮かぶ。私は心の中で紗耶香に告げた。この秋の色も、紗耶香の笑顔も、最後の言葉も、紗耶香の大好きだった紫苑の花も、紗耶香のなにもかもも。
君を、忘れない。
【短編集】歪んだ君は美しいから僕は好き。 藤樫 かすみ @aynm7080
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