ツギキ
やすんでこ
ツギキ
舞香が死んだ、というニュースはすぐに高校中で噂になり、僕は胃を踏みにじられるような絶望を味わった。
あまりに突然のことで心の整理が追いつかなかったけど、数日経ってようやく受け入れることができた。心臓の病気が急激に悪化した、ということだった。ついこの間まで普通に学校に来て友達と楽しそうに喋り、そして、彼女の放つ輝かしい光に僕は何度も手を伸ばそうとして──。
いえなかったんだ、ずっと好きでしたって。最後の最後まで。正真正銘の馬鹿だよね。情けなくて、悔しくて。
葬儀は小さな家族葬で行われ、幼馴染の僕は特別に参列させてもらえた。
葬儀の三日後、舞香の母親から一通の手紙を渡された。死んだら僕に渡してくれ、と舞香が生前母親に託したものらしい。
『リッヒテン公園のベンチで眠ってください』
それだけだった。もう手紙を書く力すら残っていなかったのだろう。所々字が崩れ、途切れ、震えているのが舞香の苦痛を如実に表していた。
行かねばならないと思った。
だから今日、僕は公園までやってきた。幼い頃舞香と一緒によく遊びに来た場所だ。名前の通りドイツをモチーフにした、お城の遊具があるのが特徴だ。敷地も広くバドミントンやキャッチボールなどに向いている。最近は劣化が進んでいるせいか、ベンチは無人だった。
ベンチの頭上、大きな桜がまるで傘を差すようにピンクの花を開いている。この桜にはちょっとした言い伝えがあった。ベンチで眠ると他者の気持ちが自分に接がれるというもので、『接ぎ気』と地元では呼ばれている。
舞香は占いや迷信の類が好きで、女子友だちとよく話しているのを見かけた。小学校のとき、占いを使った恋バナトークで舞香がちらりと僕のほうを見て目があったのは勘違いだったのかな。舞香の仕草一つ一つが、僕の空っぽの心を満たしてくれていた。
ベンチに座り、あれこれ思い返していると眠くなってきた。
そして夢の中、僕は『僕』を見つけた。『僕』というのは第三者が見ている僕の姿。体操着姿の『僕』が慌てた様子で廊下を風のように駆け抜けていった。胸元に『立花』と名前ペンで書かれていたから間違いない。腹痛に襲われ、トイレに寄ったせいで体育の授業に遅れてしまった覚えがある。
誰かに見られてたんだ……。
チクっと突然胸を針で刺されたような感覚。
「舞香、ほら、タチバナ君っ!」
「そ、そうだね……ふうん」
「あれれ、意識しちゃってる?」
「違うし!!」
ドキッ。心臓が跳ねる。モヤモヤして気持ち悪い。苦いチョコレートを口に入れたような。
どうやら僕は舞香の過去の『気持ち』を体験しているらしい。言い伝えは本当だったんだ……。
場面が変わる。校門から舞香が下足場を眺めている視点だ。誰かを待っているのだろう。しばらくして現れたのは『僕』だった。
意中の相手を前に呼吸を荒くする『僕』よりも、舞香のほうが息が乱れている。僕を目の前にすると舞香はいつも落ち着かずソワソワしていたらしい。
「ぐ、偶然だね……。部活は?」舞香がいった。
「体育で足くじいちゃって……筋トレならできますっていったんだけど、帰って病院行けとさ」
「へえ……」舞香は渋い顔をした。「痛むの?」
「そんなだけど、悪化させないための休養は大事だよな。ところで舞香も帰るところ? もしかして友だち待ってた?」
ドキリ。なんだ『この気持ち』は? 僕に対して抱くこの気持ちの正体は? まさかね、そんなの都合よく考えすぎだ。
「よかったら一緒にさ──」
頬を赤らめた『僕』が告げた直後、また場面が変わった。
今度は中学のとき夜桜を観に出かけた記憶らしい。ナイター設備でライトアップされたソメイヨシノは、昼間とは異なる魅力を放っている。舞香の瞳に映る、漆黒の闇を舞う桜吹雪。舞香が口を開き、
「桜は幸せ者だね。綺麗に咲くってみんなに知ってもらえてるから。今日桜を観るために、あたしたちは道端に生えてる雑草や花をどれだけ踏んで来たんだろう?」
「皮肉だな。きっと数え切れないと思う」
「あたしは雑草。美しくも気高くもない。でもタチバナくんは、こんなあたしを見てくれた」
「急に照れるこというなって!」
「言っちゃたもんね」
二人で満点の星空を見上げる。舞香の瞳に映る星々は僕が見るより数倍煌めいている。
「俺たち、付き合お?」
「うん……」
ドキッ。
舞香はたぶん微笑んでいるのだろう。ほわほわと心が温かくなる。舞香との心の距離が、このときぐっと近づいたんだ。
大切な日だったのに、何で今まで忘れていたんだろう。
そうか──だって──、
舞香がふと後ろを振り返ると、顔を歪め二人を睨みつける『僕』がいた。
ドキリ──。
これが舞香と橘が結ばれた日の、僕の記憶
ツギキ やすんでこ @chiron_veyron
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