【悲報】天然パーマの私、テレビから出てきた幽霊のしっとり艶やか黒髪ロングに無事嫉妬

長埜 恵(ながのけい)

第1話

 私を嫌っていることで有名な知人が、一枚のDVDをプレゼントしてくれた。貰えるものはなんでも貰う主義の私としては断る理由も無かったので、周りの制止も聞かずお礼を言って受け取ったのである。

 その日の晩。テンションが合えば睡眠のお供に使えないかと、何気なくDVDを再生した時だった。

 映っていたのは荒れ果てた井戸。そこから出てきた髪の長い女が、じわじわとこちらに近づいてきた。そしてテレビのふちに手をかけたかと思うと、現実の境界線をあっさり踏み越えヌッと黒い頭を突き出してきたのである。


「うわーーーーーーーっ!!!!」


 私は絶叫した。


「何その髪!!!! 質、良っ!!!!」


 ――余談であるが、私の唯一にして最強のコンプレックスがこの質実剛健チリチリ天然パーマだった。






 私の勢いに恐れをなし逃げ腰でテレビに帰ろうとした幽霊だったが、そうは問屋が卸さない。気合いで幽霊の足を掴み、こちら側に引きずり戻した。


「で、単刀直入に聞くんだけど」


 ちょこんと正座する幽霊に、私は詰め寄る。


「どうなってんの、その髪。どういう手入れしてんの?」


 幽霊は、しばらくオロオロとしていた。多分変に喋って幽霊としてのアイデンティティが崩れることを恐れたのだろう。けれど執拗に髪質にこだわるだけの私を前にとうとう観念して口を開いた。


「遺伝です」

「遺伝かぁーーーーーっ!!!!」


 そりゃそうだよね、私の天パも遺伝だもん。でもさ、もうちょっとこう手心というか、希望というか、そういうのを手土産的な形で持たせてくれてもいいんじゃないかなって。

 無理か。


「あの……もう帰っていいですか」

「待って」


 だけどこんなことで諦められるなら、幽霊に無礼を働いたりしないのである。しっかり腕を掴んで引き止めた。


「聞くだけ聞いときたいんだけど、あなた呪いとかってかけられる系の幽霊?」

「え? ええ、簡単なものなら……」

「その中に髪がうるツヤストレートになるのってある?」

「無いです」


 ちょっと食い気味で返された。


「だって呪いですよ? 基本嫌がらせみたいなことしかできませんよ。やらなきゃいけない仕事があるのにやる気が出なかったりとか、寝る直前に昔あった嫌なことを思い出したりとか」

「あれ呪いだったんだ」

「確かにそれをきっかけに不幸な事故は起こったりしますけど、あくまで副産物です。幽霊、そんな大したことはできないんです」

「でも今、バリバリ私の前に出てきてますけど」

「それは……なんかこのDVDをあなたに渡した人の怨念がものすごく強かったから……」


 彼女の言うには、幽霊は生きている人の強い感情に共鳴して力を得るらしい。つまり私は例の彼女にはちゃめちゃに嫌われているというわけだ。いやぁ参った参った。


「じゃあ私も呪われるの?」

「無理です。だってあなた私のこと怖がってませんもん。幽霊だの怨念だの言っても結局生きてる人間が一番強いんで、怖がるなどして弱っててもらわないと付け入る隙が無いんですよね」

「そうなんだ。元気いっぱいで良かった」

「うん、まあ……そうですね。その解釈で間違ってないです」


 「もういいですか?」と幽霊はそわそわしながらテレビを見ている。この世ならざる者でも帰りたい意思は露骨に表明するんだなぁ。

 私はよっこいしょと立ち上がると、テレビの電源をひっこ抜いた。


「あ、ちょっと」

「まあまあ。せっかくだし、もう少しゆっくりしていきなよ。生前使ってたシャンプーの話も聞きたいし」

「えー、まだ話しますか」

「そりゃそうよ、だって私の一番のコンプレックスだもん」

「でもあなたの髪、全然傷んでませんよ?」

「ほんと?」

「はい。枝毛も無いですし、ちゃんとキューティクルもあります。サラサラストレートヘアにこだわるなら、一度ストレートパーマをあててみるのがいいかと」

「うーん、実際やってみたんだけどね。少しでも伸びると根元からチリ毛が復活してカリフラワーみたいになっちゃって」

「それはそれは」

「エセレゲエと呼ばれ続けた髪はダテじゃないわよ。ちなみに生前お使いだったシャンプーは?」

「メリ○トです」

「嘘だと言ってよおおおおお!!!!」

「うふふ、今死んだらエセレゲエさん、幽霊としてさまよっちゃいそうですね」

「早速あだ名で呼ばないでくれる? 別にいいけど」


 とにかく努力でチリ毛をどうにかするのは難しいらしい。ああ、やっぱり私は一生このチリ毛と生きていくしかないのか……。


「……あなたの髪、素敵だと思いますよ」


 がっつり落胆している私の頭上から優しい声が降ってきた。


「私も自分の髪が嫌いだったんです。コテで巻いてもすぐストレートに戻るからヘアアレンジなんてできた試しがありません。かといって、ショートヘアは骨格的に全然似合わないし。ツヤベタ女とからかわれたこともあったし、夜も眠れないぐらいゆるふわパーマに憧れたこともありました」

「幽霊さん……」

「だから、ね。無い物ねだりですよ、エセレゲエさん。あなたが私を羨ましがったように、きっとドリフの爆発後みたいなその髪も羨ましがってくれる人がいると思うんです」

「……そうかな」

「そうですよ」

「じゃあツヤベタ女さんは私の髪と交換してみたい?」

「それはちょっと」


 正直な幽霊である。でも励ましてもらったお陰でかなり元気が出てきた私だ。顔を上げ、青白い幽霊の顔を真正面から見つめる。……今まで髪しか目に入ってなかったけど、結構可愛い子なんじゃない?


「……ショートヘア、似合うと思うよ」

「え、うそ」

「嘘じゃないって。つーか骨格云々ってだけで髪型が決められるとかしゃらくせぇよね。好きな髪型で堂々と歩いてる人が一番かっこいいと思う」

「それ髪に固執してる人が言います?」

「ほら、他人のことはどうとでも言えるから」

「飾りませんねー」

「でも見てみたいな、ツヤベタ女さんのショート」

「……」


 幽霊さんは自分の髪を摘んで、ちょっと困ったみたいに眉を八の字にしていた。その間に私はテレビの電源を入れ直す。


「あ、テレビ……」

「もう話すことなくなっちゃった。髪以外に共通の話題が無いから間も持たないし、帰るならどうぞ」

「お節介とは思いますが、そういう所が嫌われる所以なんじゃないでしょうか」

「私という人生の舵を取るのは私」

「あなたという船に引き起こされる荒波にもまれる人間もいるんですよ。……まあでも」


 テレビに足をかけ、幽霊さんは最後に私を振り返った。


「そんなエセレゲエのこと、私は結構嫌いじゃなかったですよ」

「ツヤベタ女……」

「それじゃ、次生まれ変わってくる時には普通の天パになれるといいですね」

「なんで普通にサラサラストレートヘアを願ってくれないの?」


 こうしてツヤベタ幽霊女は私の前から姿を消したのである。一度だけ暇だった時にDVDを再生してみたけど、わざとらしい砂嵐が出るだけで彼女の姿は影も形もなかった。

 そういえば名前も聞かなかったのだ。やっぱりサダコとかそんなのかなぁと思いながら道を歩いていると、私を蛇蝎のごとく嫌っていることで有名な知人にばったり出くわした。知人は珍しく機嫌がよく、あれやこれやと言いながら私に一枚のブルーレイを差し出した。なんでも巷で絶賛公開中映画のファストバージョンらしい。何もかもヤバいな。もちろん貰えるものはなんでも貰う主義の私としては喜んで受け取ったのだけど。


「またアナタですか」


 そして荒れ果てた井戸から出てきた見覚えのある幽霊の彼女は、呆れ顔で言った。


「どんだけ嫌われてるんです? そんなんじゃいつか後ろから刺されても知りませんよ。いくら爆発パーマだからって人生にまでヤケにならなくても」

「ヤケじゃないし爆発パーマ関係無いし」

「確かに生まれ変わるのが一番手っ取り早いかもしれませんが」

「その前に絶対幽霊になってアンタのお尻蹴っ飛ばしてやるからね」


 それにしても……と私は、艶のある彼女の髪に目をやる。


「やっぱショートヘア、似合ってんじゃん」

「あ、ありがとうございます。口裂け女さんに頼んだんですが、前髪切り過ぎじゃないですか?」

「えー、ぱっつんかわいいよ」

「やめてください! 嬉しくて成仏したらどうするんですか!」

「万々歳では?」


 ちなみに私はというと、ストレートパーマに再挑戦した結果現在ブロッコリーみたいになっていた。いっそ緑に染めてやろうかな。とりあえず憂さ晴らしに、目の前のツヤベタ女を褒め殺して成仏させてやろうかと考える私なのだった。

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