閑話休題 リドル

セシーリアはリューラック王国国王ユニハフのもとに生まれた5人きょうだいの末っ子だった。




姉、兄、兄、姉。2番目の姉と2番目の兄の間が少し離れていて、自分が物心ついた時には1番上の姉は他国に嫁いでいて、その地で亡くなっていた。


母方の祖父は元国軍総司令だったこともあってか孫たちに兵学や軍学を教えたがった。とくに王子たちには厳しく。それもあってか1番目の兄は早々に王位継承を放棄して生物の研究の道へ入ってしまった。もちろんそれは簡単なことではないけれど、彼があまりにも社会に適合できなかったというのもあったのだろう、しぶしぶ国王は受け入れた。


2番目の兄はちょうどよく祖父の教育を受け、2番目の姉は早々に放棄した。彼女はちゃんと淑女だった。




そのきょうだいの中で最も兵学や軍学に興味を持ち、よく吸収したのはセシーリアだった。軍閣というものを祖父から教えてもらうや否や兄や周りの大人たちに片っ端から勝負をかけては負けていたものだ。




セシーリアは勉強が飛びぬけてできるわけではなかった。及第点はとることができる。それくらい。淑女としてのたしなみもないことはない、でも徹底はしていない。それくらい。頭の良さと興味をすべて兵学にもっていかれてしまったのもあるだろう。




7つ年上の2番目の兄、リドルはそんなセシーリアをよく祖父のもとへ連れて行ったものだった。かわいい妹にせがまれてはな、といつも苦笑していたけれどどこか嬉しそうに笑っていた。祖父は妹に連れられて自分のもとにやってくる孫息子をみては安心したような、ほほえましいような気持ちを覚えていた。




リドルはとても優秀だった。王族としても、人間としても。勉強も良くできて、武道にもまじめに取り組んで社交的で。スコリオではなく国内の官僚学校に通っていた。王宮に勤める人々はみんなリドルは優秀であると口々に言いあった。次の国王は人望も厚く優秀なリドルになるのだろう、この国も安泰だ、と誰もが思っていた。




リドルは優秀すぎた。みんなから期待をかけられても、応えることができてしまう。応えられるくらいの努力ができてしまった。


だから、彼は努力をすれば望みは叶うと思っていた。




セシーリアが9歳の時、祖父が亡くなった。外戚を恨んだ宰相一族による暗殺だった。これを機にもとより不安定だったリューラック王国の情勢が大きくぐらつきはじめる。




それからというもの、リドルは以前よりも机にかじりつくようになり、妹に構わなくなった。話しかけても上の空のような返答ばかり。それもセシーリアにだけ。セシーリアとリドルの仲が冷めるのと反比例するように、リドルの評判は良くなっていった。


セシーリアも父から兵学や軍閣を禁止され王族として、淑女としての教育が厳しくなされるようになった。こそこそ図書館に行っては兵学の本を読んだりはしていたけれど、祖父が亡くなってしまったこともあって兵学に触れる機会はどんどん減っていった。兄の背中を見に、部屋を訪れることも無くなってしまった。




そんなリドルは18歳の夏、留学生だった他国の王女と駆け落ちした。


リドルはもう壊れてしまっていた。






「好きなことを好きなようにやってくれ。好きなことは、必ずしもできることである必要はないから。」




居なくなる前の日、寝ているはずのセシーリアのもとへリドルはやってきていた。泣きそうな、絞り出すような、でも託すような震えた声で一言告げて部屋を出て行った。はっとしてセシーリアが起き上がって廊下を見てみても、歩いていたのはなんだかちっぽけになってしまった兄の背中だった。


声をかければ振り返るはずだった。走っていけば追いつけるはずだった。




セシーリアは扉をそっと閉じて、静かに嗚咽した。


幼くもなく、情勢もなんとなく理解できるような年になっていたセシーリアは、努力してもどうにもならないこともあることを知った。そして、人から評価されることでなんとか己を保っていた兄が、どうにもならなくて壊れてしまったことを悟った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボードゲームの逢瀬 シーペップ @sea_peppo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ