第7話 相部屋の人

「ところで、どうやったら相部屋の人と仲良くなれると思います?」




テストが終わってから初めての軍閣。ルイーズの手伝いもあって膨大な試験範囲の中数学をなんとかした。結果は平均点より少し良いくらいの点を取っていて、単位を難なく得ることができた。教えてもらうようになってからルイーズの印象はがらりと変わった。教えるのもすごく上手でわかりやすくて、セシーリアがうんうん唸っていてもわかるようになるまで付き合ってくれた。とても優しかった。単純だけど、仲良くなりたかった。でもテストが終わると前のようにつれなくなっていて少しだけショックだったのだ。




「勉強教えてもらったのに仲良くなれなかったのか。」




「なれなかった。」


しゅんとした声色だった。本当にかなしいのだろう。


そして、ルイーズはまた学年で2位だった。すごい。でも試験が終わって結果が出てからルイーズは更に根を詰めて勉強しているように見えた。いつか体を壊してしまうかもしれない。セシーリアがそんな心配をするくらいには。




「詰み。」




踏んだり蹴ったりだ。せっかく試験がパスできたかと思ったらルイーズとは仲良くなれないし軍閣には負けるし。




「ああ……最悪。」




「まあ、勉強不足だな。」


「ごめん、前回借りた分まだ読み切れてないから今度持ってくる。」


「ああ、いつでもいい。」


セシーリアの気持ちを汲み取ってなのか、ヘルムフリートは苦笑交じりに盤上を片付けた。






・・・・・






部屋に戻るとまたルイーズは机に向かっていた。何かに迫られているような、これを解き切らないと死ぬ。それくらいの。


「ルイーズ、あの、そんなに根詰めると体を壊すからほどほどにしたほうがいいと、思います。」


なんだかデジャヴを感じて、怖くなったから少しだけ声をかけてしまった。




彼女はセシーリアに最大限の配慮をしている。自分が勉強していてもセシーリアが眠ることができるように夜は小さな明かりで勉強するようにしてくれているし、語学で文章を読むときは外に出てくれている。優しい。彼女はとても優しいと思うにつけて、壊れてしまいそうで怖くなる。どうしてそんなに鬼気迫るように勉強をしているのか。いつか仲良くなれると思っていた。でも、それより彼女が壊れてしまうほうが早いような気がしていた。




「大丈夫です、自分のことは自分で分かっているので。」


「ちゃんと寝てるんですか?目の下のクマがとても濃いです。」


「お気になさらず、もう少ししたら寝ますし…。」


「でも…、」






それでもセシーリアが言葉を継ごうとすると、ひといき吸ってルイーズは言葉を吐き出した。




「私は、平民なんです。家が大商人であるわけでもないから奨学金でここに通っているし、頑張らないと、成績が良くないと存在意義がないんです。お願いだから放っておいてください。」




なのにいつまでも2位だからこれじゃだめなんだ、と付け加えた。ルイーズは満身創痍だった。どんなに頑張っても1位になれない、自分には勉強しかないのに。


、勢いで身分を明かしてしまうくらいには追い詰められていた。言ってしまったと我に返った時にはもう遅い、ああ、差別をされてしまうのかもしれない。


セシーリアのほうをちらりと見ると何も言わずにじっとルイーズのことを見つめていた。瞳の中から内面までごっそりのぞき込まれているような気がして目をそらすことはできなかった。






「存在意義がないって、誰が言ったの。」




問いかけた声は今まで聞いたこともないくらい冷たくて、なんだか哀しさを帯びていた。どこか憤っているようにも見えた。ふだん陽気なセシーリアからは想像もつかないほどの落差を感じた。




「成績でしか得られない存在意義なんて捨ててしまえ。自分で自信を持てる能力じゃないなら、縋らない方がいいんじゃないですか。」




言われた言葉が衝撃すぎたからなのか、よくわからなかったからなのか。異言語のように思われてフリーズする。咀嚼して落とし込むのに時間がかかる。頭を鈍器で殴られたようだった。


いま、自分は全否定されているのだ。たいして親しくもない相部屋のひとに。自分の頑張りを全否定されている。自分よりも成績の悪い人に。意味が分からないし納得もできない。なのにどこか腑に落ちている自分がいて、言葉を絞り出す前に対してこらえていたわけでもない、突然湧いて出てきた涙がひとつこぼれ落ちた。




「私には、勉強しかないんです。勉強でこの学園に入ったし、成績が良くないとこの学園に居続けられない。私には身分なんかないから。あなたにはあるかもしれないけど、私には大人になってから保障されるようなものなんてなにもない。」


自分に言い訳をするように言葉を重ねる。勉強をして成績が良くないと、なにもできない。成績がいいままじゃないとなにもできなくて、それ以外に何も持っていないのがばれてしまう。




セシーリアは未だにルイーズをまっすぐ見つめていた。帰ってきた言葉にも表情を一つ崩すことなく、ため息もつくことなく言葉を継いでいく。




「この学園を出たら、どうするんですか。」


セシーリアにだって余計なことしか言っていない自覚はある。でも、この人が壊れてしまうのはなんだか嫌だった。




「学園を出たら…」


考えたこともなかった。いや、入学する前はこうなりたいがあったけれど、入ってからは勉強するのに必死だった。それを言い訳に向き合うのをやめていたのもあるのかもしれない。自分は何もできないから。


夢を告げて嬉しそうにしてくれた母の笑顔は心の中で靄に包まれていた。包んでしまっていた。








「………ほんとうは、外交官になりたかった。」


口の端から言葉が滑り落ちる。母の笑顔がきれいに思い出されるように、晴れた霞は涙となって外に流れて行った。




なんとなくは、わかっていた。


自分がいつまでも2位なのは、努力でどうにもならない部分もあるということ。人には適性があって、伸びるのには限界があるということ。それを実感できているはずだった。でも認めたくなかった。自分がなりたいものに適性がなかった時、つらいから。だから諦められなかった。






「この学園でそれだけの成績だったら、なれますよ。きっと。」




同じ年なのに。セシーリアの言葉がやけに胸に刺さって、涙がぼろぼろとあふれ出した。

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