最終話:異世界に火を付ける

「よくぞ使命を果たしてくれた。心から礼を言うぞ」


 思ってもないことを。


 この世界に召喚した張本人である王様の前で弘は心の中で悪態を吐いた。

 勝手に召喚した挙句、命令を拒否すれば命の保証は無いと脅してきた張本人だ。恨まない方が難しい。

 邪智暴虐な王とはこのことだ。


「それでは約束通り元の世界に返してくれますでしょうか」

「もちろんだ。儂としても一刻も早く退散して貰いたい」


 隣で跪くアールが小さく舌打ちをしたのを弘は聞き逃さなかった。弘としても横暴な王をぶん殴ってやりたかった。


「しかし本当にやってのけるとは思わなかったぞ」

「それなりに頑張りましたからね」


 一年前、この国はエルフの森に領土を侵略されていた。

 このままでは徐々に国が侵食されていくが、森はエルフにとって神聖なもの。下手に対処すればエルフと敵対しかねない。そこでスケープゴートとして駆り出されたのが弘というわけだった。


 森を燃やしたのはあくまで余所者。聖なる森を焼却したとしても、それは縁もゆかりもない他人がやったこと。王の建前はそんなものだ。

 他にもエルフの王とも細かい取り決めがあったろうが、そんなところだろう。


「ふむ。ではその魔法陣の中に入るが良い」


 言われて王の間の中心に描かれた模様の中心へと歩く。弘達の存在は極秘事項なのか周囲に従者の姿は無い。


「準備は良いか」

「いえ、すみません。少しだけ待ってください」


 一言断ってからアールの方を見る。

 すると、彼女は何ともいえない気恥ずかしい表情を見せた。


「たった一年だけどアンタには世話になったわね」


 最初に言葉を紡いだのはアールの方からだった。


「本当にな」

「ちょっとそこは『俺の方こそ世話になった』とか言うとこでしょう!」

「散々迷惑掛けておいてよくそんなこと言えるなお前」

「それはこっちの台詞よ」


 柔らかなしかめっ面を見せるアールのせいでつい笑みが溢れた。不細工な王は不愉快そうに貧乏揺すりをしていたが敢えて無視した。


「お前はこれからどうすんだ?」

「さあね。クソ野郎共に嫌がらせもしたことだし今まで通り好きに生きるわよ」

「そうか。じゃあ、お前もこちらの世界に来ないか?」


 最近暇さえあれば考えていたことを口にする。彼女はほんの少しの間目を丸くしたが、何かを諦めたように不敵な笑みを浮かべた。


「気持ちだけ受け取っておくわ。これ以上アンタと一緒に居ると、心に火が着いちゃいそうだし」

「……流石に冗談だろ」

「当然」


 きっぱりと言われた。まあ、分かっていたことだが。

 アールとはそういう関係にはならなくていい。

 命を共にした戦友であり共犯者。それ以上は不要だ。


「じゃあなアール。元気でな」

「うん。さようなら、ヒロシ」


 感動的な空気に浸りながら王の方を見る。


「挨拶ぐらい済ませとかんか。甘ったるい雰囲気に反吐が出たぞ」


 あまりに酷い暴論に心地よい感情が吹っ飛んでしまう。そのせいで、つい相棒に目配りをしてしまった。彼女が強く頷いたところを見るに、弘が去ったあとはクズ王を殴ってくれることだろう。


「ではさらばだ異世界の放火魔よ」


 そんな元の世界でも放火してた風に言うなやボケが!


 王が告げた瞬間、白線で描かれた魔方陣が派手に光輝いた。言い方はどうあれ転送する段階に入ったようだ。


 光が強くなるにつれて段々と皮膚の感覚が失せていく。

 異世界での思い出は思い出したくもないようなろくでもないことばかりだったが、役目を果たせたという達成感はそれなりあった。


 さらば異世界。


 さようならアール。











 ……。


 ………。


 ………………?


 何時消えんのこれ?


 不思議に思っているうちに魔方陣の光が失せ、手にも力が戻ってきた。妙な展開に近くにいた相棒も珍しくキョトンとしていた。


「あ、あの?」


 仏頂面をしている王へと恐る恐る話し掛ける。すると中年の王の額の皺が寄った。


 まさかさっきの会話で気分損ねたせいだったりして。


「今エルフの王から魔法で連絡があった。どうやらまだ様々な地方で森が活性化しているらしい」

「と、言うとつまり?」

「貴様をまだ返すわけにはいかんということだ」


 王の言葉を聞いた瞬間、頭が痛くなった。


 やっと解放されたと思ったのにこの仕打ちって。

 また命と隣り合わせの生活を送んの? マジで?


 脳内に次々と溢れ出る絶望に訳が分からなくなり、何故か歩を前に進めていた。

 そして見るだけで不愉快な王のすぐそばまで寄り体を捻る。


「貴様何を」

「ふざけんなバーカ!!」

「うげぶらっ!?」


 ぶん殴った。

 放火を強要するおぞましい馬鹿の顔を。


「おぉ、やるぅ! ならアタシも混ぜて混ぜて!」

「ぶげぶぅ!!」


 弘と同じく不満が溜まっていた相棒が後方から乱入し、鮮やかな蹴りをお見舞いする。そこから馬乗りになり五発ほどパンチを叩き込むと、ただでさえ醜い顔面がひょっとこのように間抜けになった。


「あー、すっきりした」


 気が済んだのか、立ち上がったアールが血を払いながら伸びをした。

 逆に彼女のストレスのはけ口となった王は見事に白目を向いている。もしこの部屋に従者が居れば二人揃って取り押さえられていたことだろう。


「これでアタシ達、人間からもお尋ね者ね」

「マジか……いやマジか」

「多分これでもう二度と帰れなくなったと思うんだけど後悔してる?」

「……いいやまあ、いや別に」

「告白の返事出来ないよ?」

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!! やっぱやだああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」


 大声を上げながらへたり込む。


「この性格の悪いクズ王のことだから脅しても言うことは聞かないでしょうね」

「あーどうしよう! どうすれば良いアールぅ」


 顔から噴き出る液体という液体を出してアールの足に飛びつく。


「取り敢えずまあ、やっちゃもんは仕方ないし逃げよっか」


 彼女の言う通りこの場で泣いてても仕方がない。動かなければ殺されるのだ。


「折角だから火つけてく? 油余ってるし」

「そんな『飯でも食ってく?』みたいに言うなよ。お前には人間の心は無いのか?」

「だってアタシハーフエルフだし」


 それもそうか。


「新たな二人の門出。ってことで盛大にいこう!」

「ああもう何とでもなれ!!」


 二人して持っていた油を盛大に撒き火を放つ。

 脱出しながら燃え広がっていくのを見ると、少しだけ胸がスッとした。


「これからも宜しくね。異世界の放火魔さん」

「その名で呼ぶな馬鹿!!」


 喋りながら並んで走る弘とアール。

 背後には二人の行く末を祝福するように城が赤く輝いていた。

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これから毎日エルフの森を焼こうぜ エプソン @AiLice

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