従者、廃都時空戦役に臨む
【エリア0-1:セントラル市街地】
「さあメルヒェン、勝負よ!」
「あの、私忙しいんですけど……」
道場でメタクソに痛めつけられた真由美は、『治癒』の魔法で切り傷を塞ぎながらげんなりと肩を落とした。
「いいんじゃない? 私は魔法の扱いを教えてあげられないし、見たところ二人の戦闘スタイルは結構近いでしょ。まだまだ流れが途切れがちなんだから実戦形式で学ぶのは悪くない」
「やりぃい!!」
ガッツポーズを掲げるのは、魔法少女ニュクス。あの長く勢いだけの名前の大会にて真由美と決勝を争った黒衣の魔法少女だ。あの大会は背景が真っ黒な賭場として開かれていたらしく、知らずに犯罪の片棒を担がされてきたニュクスはしばらく保護観察処分となっていた。
とは言っても、未だ法整備がされていないセントラルにおいては、一応見張りだけはつけておくけど
「……ニュクスさん、保護観察解けたらどうするつもりなんですか?」
魔法の応酬を繰り広げながら、真由美はそう尋ねた。手数の多い戦闘中でもそれぐらいのことは考えられるくらいの余裕を、彼女は手にしていた。
「んー、元の世界に戻ろうかなって思ってる。エルトさんに誘われて異世界を回ってたけど、本業が疎かになってたからね」
「ああ、元の世界でも同じようなことやっていたんでしたっけ……」
「あっちはすごい健全だからね? メルヒェンもいつかおいでよ! いい席用意してあげるからさ!」
「それって、リングの上ってオチじゃないでしょうね……」
ニュクスは舌を出して曖昧に笑った。
『人事の悪魔』エルト・シェイド。彼が今どうなっているのかは、彼女らには明かされていない。聞いてもホノカは教えてくれなかった。
真由美の『束縛』の魔法はとっくに解除している。なので嫌な予感はするものの、情報の価値がある内は無事だろうし、それを盾にしてうまく生き延びているんだろうなぁという雑な憶測が立っているだけだ。
気にしてもしょうがない問題だったし、真由美もそこまで興味がなかった。
「ほい、そこっ!」
「あ」
左足に闇の弾丸がヒットし、ガードしたものの体勢を崩してしまう。そこを闇のリボンが絡め取って雁字搦めに拘束されてしまった。喜ぶニュクスと、あからさまに肩を落とすホノカ。
「すみません……」
「基礎動作は格段に良くなってる。あとは視野を広く持つことと戦略の組み立て。先と今で広く見えていると、見える世界が変わってくるよ」
「見える、世界……」
これまでも、あった。見えないものが見えるようになる。そんな一段上のステージに至った瞬間は身体で覚えている。まだまだ上があるのだ。
「ということで、ねじ込んで来たから」
「…………え?」
真由美は渡された書類に軽く目を通す。
「あの、私はセントラルを離れるわけには……」
「あの方も参加するみたい。多分、ちょうど『完全者』を打倒したところで巻き込まれたのかな? でも見た通り、規模が違う。君も彼女に付いていてあげた方がいい」
あの方。
ニュクスがいる目の前、誤魔化しているものの、女神アリスのことに違いない。そして、急ごしらえの報告書に記された参戦者の一覧には。
(やっぱり高月さんも合流している……それが必要だって判断を、したんだ)
エリア7を戦場とした時空竜の討伐作戦。遥加にとっては本筋から外れた戦いのはずだ。しかし、こうして前線に出てくるということはその理由があるはず。
「……分かりました。培った力、微力ながら前線で活かします」
「よし、私も行っちゃうぞ!」
「いや真由美ちゃん、よく読んで。君は後方支援だ。あのレベルの前線なら君程度は瞬殺だって。それにニュクスさん、あなたは保護観察処分なんだからセントラル外に行っていいわけないでしょ」
魔法少女二人、しょぼんと落ち込む。
「君の魔法はかなり便利で応用も効く。唯一無二の役割として……うん、まあ頑張って」
「ちょっと不穏なんですけど……」
『馬車馬で使っても問題ないほどの勝手良さ』と売り込んで無茶なねじ込みをしているのは黙っておくのが吉だろう。ホノカの見立てではそれでも彼女はやり遂げそうであったし、何より彼女は追い詰められたときに成長を遂げていることをよく知っていた。
「後方支援でも死ぬほど大変な規模なの。それに君の代わりはどこにもいないけれど、君はどんなものの代わりにもなれる」
『創造』の
「はい。私の魔法で、想いを救って魅せます」
かの救済の女神の御姿を思い浮かべながら。
♪
【エリア1-1:クリアウォーター海岸】
奇しくも、合流地点は真由美が寝泊まりしているホテルだった。なんでも、このホテルのオーナーがとある異世界の軍における元帥の地位を担っているらしい。
(だから私が寝泊まりする場所に指定されたのね……)
緊張を隠せていない面持ちで部隊の編成を待つ真由美は、あちらこちらから聞こえてくる怒声と罵声と胃薬を差し出す声に耳をやられている。参加表明したことを早くも後悔し始めたころ。
「そろそろ足並み揃えての出発となりますが、準備のほどは大丈夫ですか?」
「あれ、さっき飛び立った方々は……?」
この集団の指揮官の青年は悲しそうな顔をしている。真由美は口を噤んだ。彼のことはホテルの職員として何度か見かけている。名前は、冷泉雪都。格好良くて頼りがいのあるお兄さんに、真由美はたじたじだった。
「あの、冷泉さん、私はどの子に乗ればよいのでしょうか?」
真由美は作戦書の要約メモを小さく振るう。瞬時にその内容を把握した冷泉指揮官は関心とばかりに頷いた。
「よくまとめられていますね。その様子だと移動中に作戦を再確認する必要はなさそうです」
「ぁりがとうございます」
「貴女には私と一緒に行動してもらいます。作戦にて居場所を明かしていないのは、味方から襲われるリスクを減らすためです。細かい指示は状況を見ながらおって出します」
「はい。お願いいたします」
味方から襲われるリスク。それは『創造』の
さっき叫んでいた、ならずものの軍人たちを思い返す。輪を乱す彼らに対する真由美の印象は最悪だった。彼らには彼らのやり方があるのだと受け入れられるほど、彼女は大人ではない。
(お)
だが。
(おおぉ)
そんな後ろ向きの感情はすぐに吹っ飛んだ。
(ド、ドドド、ドラゴンだああああああああ――――!!!!)
ドラゴンといえば。
あらゆるファンタジーの王道的な象徴であり、若干ファンタジーオタクが入っている彼女にしてみれば夢のような光景だった。
「ちょっと失礼」
しかもイケメンのお姫様抱っこ付き。飛び立つ飛竜の上で、真由美は顔を真っ赤にしながら幸福を噛み締めていた。
しばらくして戦地に至り、その凄惨な戦場に、彼女は我に返ることとなる。
<ソルト様ご執筆の【廃都時空戦役】編に続く>
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885714804/episodes/16817330650082330939
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