最終章 未定。
夢の中で、花さんが出てきた。
どことなく寂しいような笑顔で、こっちに手を振ってくる。
それを追いかける俺。
そのまま、花さんがいなくなるという夢だった。
夢の中の俺は、思い切り泣きながら走っていた。
そのせいか、俺も起きた時泣いていた。
時計を見ると、深夜の1時だった。
鞄に入れたままだったスマホを、足で器用に取り出す。
スマホを付けると、一件の留守番電話が来ていた。
「こちら、———病院です。花さんが意識を戻しました。
しかし、とても危険な状態ですので、特別に病院を開けておきますので来てあげてください。——」
花さんの意識が戻った。
その言葉に良かったと思う。
しかし、とても危険な状態とは。
今から病院に行こう。
鞄を準備して、玄関に向かう。
「あれ、陽翔。こんな夜遅くにどこいくの?」
声をかけてきたのは、お姉ちゃんだった。
なんて返せばいいんだ。
言っても信じてもらえなさそうだ。
適当に誤魔化すしかない。
時間がないんだ。
「ちょっとそこまで」
「ちょっとそこって?今日、帰って来てからおかしいよ。」
「気のせいだって」
「本当?」
「もう、うるさい!わかってるって言ってんだろ!」
「え。」
やばい、ついカッとなってしまい怒鳴ってしまった。
「ご、ごめん。すぐ戻るから」
そういい、家から出る。
スマホで現在地から病院までの道のりを調べる。
検索結果が出てきたのと同時に、思い切り走る。
夕方に帰ってきた道を思い出しながら、スマホも使う。
走って、走って、走る。
汗がポタポタ垂れてくる。
袖で、垂れてくる汗を拭きながら思い切り走る。
走って。
走って。
今にも吐きそうなくらいに本気で走る。
前からパトカーが走ってくるのが見えた。
この時間に俺みたいな若い者が外に出ていたら、補導されてしまう。
別のルートで進もう。
一つ手前の交差点を右に曲がり、全力疾走する。
汗が滝のように出てくる。
暑い。
熱中症にでもなるのではないかと思う。
しかし、今は花さんに会うためだ。
この機会に。
もしかしたら、最後かもしれないこの機会に気持ちを伝えよう。
次の信号を左に曲がろうとしたが、赤信号になってしまった。
歩道橋を大急ぎで、上って下りる。
最後の数段をジャンプして下りた時、足をくじきそうになる。
「あああああ」
近所迷惑かもしれないが、叫ばないと今にも倒れそうだ。
いつの間にか家から病院まで半分を切っていた。
ヤンキーがいそうな狭く暗い道を進む。
頭の中に、花さんが浮かんでくる。
頼む。俺。
汗だけではなく、涙も出てきた。
それでも、走る。
疲れて、辛くて、痛いのを我慢する。
泣きながら、体中の酸素を循環させて走る。
汗が垂れてきて、気持ち悪い。
しかし、今は我慢だ。
走って。
走って。
転びそうになっても、うまく立て直して走る。
短距離走のペースで長距離を走っているようなもんだ。
今にも吐きそうだ。
スマホの充電もあまりない。
いつ着くんだ。
そんな事を思いながら、走る。
近くの交差点を曲がったら、夕方の帰り道と似たような景色があった。
あと少しだ。
思い切り走る。
走っていると、病院の看板が見えてきた。
「うあああああああああ」
大声というより、雄たけびだ。
迷惑になっていることは悪いと思っている。
だけど、許してくれ。
そう思いながら、病院の駐車場を駆ける。
そして、エントランスに転ぶように入る。
体が動かなくなりそうだ。
汗も滝のように出てくる。
よろよろしながら、花さんがいる部屋に向かう。
部屋に着いた。
急いでドアを開く。
そこには、ベッドで横になっている花さんがいた。
「花!」
初めて、呼び捨てで呼んだ。
「陽翔くん・・・。」
急いで、花さんのもとに駆け寄る。
「どうして、病気の事言ってくれなかったんだ」
「ごめんね。言わなくて。心配かけたくなかったんだ」
花さんの声を二度と聞けないと思っていたから、嬉しさで思い切り涙が出る。
「どうして、陽翔くん泣いてるの?」
「いや、気のせい。」
「ふふふ」
「笑うな」
この会話もこれで最後かもしれないと思うと、涙がどんどん出てくる。
今、この瞬間に『好き』という気持ちを伝えたい。
しかし、本当に今なのか。
どうしよう。
「花」
「どうしたの」
名前まで言えた。だけど、あと少しでってところで走ってきた疲労で倒れそうになる。
「陽翔くん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。疲れただけ」
花さんが細い手で、軽く支えてくれる。
その時、花さんの手がものすごく冷たいことに気づく。
この瞬間、本当に後わずかで死ぬことを悟った。
「花さん、その・・」
「ん?」
恥ずかしくて言えない。
けど、どうしよう。
「陽翔くん、また何か考えてるでしょ」
「え?」
「陽翔くん、買い物の時とかもそうだったけど何かに迷ってる時の顔わかりやすいんだもん」
「あはは」
苦笑いをしとく。
すると、花さんが少し悲しい顔をする。
「陽翔くん。私の持病、すごく悪い状態らしいの。」
「知ってるよ。病院の方からきいた」
「そうなんだね。もう左耳も聞こえづらいし目もぼやけてきてる。
私このまま死ぬのかな?怖いよ。」
「え」
そんなにひどかったのか。
改めて、花さんの辛さを知る。
「陽翔くん。最後に、」
花さんが深呼吸をする。
「花さん。なんて言おうとしたの」
「陽翔くんは優柔不断でしょ。だから、前から言いたかったんだよね」
「うん。」
「悔いを残さないように生きて。自分に素直になってみて。」
「え?」
「そうすれば、迷うことも決められると思う。
もしかしたら、こうかもしれない。
もしかしたら、違うかもしれない。
その、『もしかしたら』が本当に起こってしまうかもしれないけど。
それでも、自分が少しでもこっちが良いと思った方に進んでみてほしいなって。
それだけ」
そういうと、花さんはニコッと悲しいような別れを告げるような笑顔を見せた。
そして、バイタルのランプが緑色から赤色に変化しアラームのようなものがなった。
「花!」
呼んでも返事が来ない。
言えなかった。
悲しくて、花さんの布団に顔を埋めるようにして泣く。
「花さん。いや、花。関わってくれてありがとう。好きでした。」
声が響かないように、布団に顔を押し付けて思い切り泣く。
死なないでほしい。
医者の方が、部屋に入ってくる。
何か言っているか聞こえない。
思い切り走ってきたせいか、自分も眠りにつきそうになってきた。
意識が飛びそうになる。
その瞬間、花さんが『私も好きだったよ』という声が聞こえたような気がした。
そして、そのまま意識が飛び、眠りにつく。
※
「おはようございます。今日、8月11日の天気は晴れです。しかし、台風が非常に強い勢力で近づいているためゲリラ雷雨にご注意ください」
隣の部屋から、テレビの音声が聞こえる。
二週間前のあの出来事は、毎日目を覚ますたびに思い出す。
あの後、花さんは結局助かることはなかった。
疲労と悲しさであの後、朝まで病床で寝ていたらしい。
お金もろくに持ってきていなく、スマホの電源も切れていたため
記憶力を頼りにゆっくり歩いて帰った。
お姉ちゃんには、帰ってきたら重いきり叱られ、事情を説明した。
そしたら、思ったより素直に納得してくれた。
結局、花さんの両親に会うこともなかった。
「ふああああ」
あくびをして、自分の部屋を出る。
残り半分くらいの夏休みをどう過ごすかはまだ未定だ。
自分に素直になって、少しでも気になる事は挑戦しようと思った。
しかし、三日坊主でやめてしまう。
一日が未定で埋まった毎日だ。
俺はこれから、何しようか。
『悔いが残らないように。自分に素直になる。』
『自分に素直になれる日は来るのだろうか。』
そんな事を、思う。
今朝も、食パンの焼ける良い匂いと、目玉焼きか何かを焼いているフライパンに音が家の中で響き渡っている。
未定。 魅花。 @mika_desu
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