第三章 7月28日

ピピピッ。ピピピッ。ピピピッ。

部屋の中に、携帯の目覚ましが鳴り響く。


「ふぁあああ」


思い切りあくびをする。

昨晩は、ふらわぁさんに会う事が楽しみすぎてうまく寝れなかった。

いや、楽しみというより緊張が勝っているかもしれない。

集合場所は、ふらわぁさんの住んでる近くにある駅だ。

色々なお店があるらしい。

楽しみだな。

顔はどんな感じかな。現実世界もネットの世界と同じような性格で、同じような声なのかな。

色んな事を想像しながら、部屋を出る。


「お、陽翔起きるの早いね。もしかして、お父さんとお母さんが今日帰ってくるから?」

「違うわ。ていうか、今日帰ってくるんだ。初めて知った」

「そうだったんかい」

「うん。あ、今日出かけるから」

「あーなんか昨夜、寝る前に言ってたね」

「うん」

「どこ行くの?」

「埼玉の方」

「埼玉?そっちの方に友達なんているんだっけ。あ、彼女の家とか?」

「ち、違うわ。用があるだけ」

「ふーん?」


にやにやしながらこっちを見てくる。

なんとなく、お姉ちゃんに目を合わせないように洗面所に向かう。

鏡で自分の顔を見て、『ふらわぁさんと会う』ということを思い出しニヤつく。

気分が高いまま、水で顔を洗う。

洗い終わったあと、もう一度鏡を見て笑顔になる。

第一印象が大事ということを聞いたことがある。

現実世界とネットの世界は印象が変わると思っている。

だから、今日は顔をもう少しちゃんと洗う。


「陽翔ー。もう、7時半過ぎてるけど、朝食どうするの?」


7時半。家から集合場所まで1時間くらいかかる。

今から、朝食を食べても間に合うわけがない。


「ごめん。今日はいいや。どこかで食べる」


大急ぎで、そう言い走って部屋に戻る。

スマホの時計を見ると、7時35分だった。

急いで、着替えて鞄に財布やスマホなど大事な物を入れる。

いつもは念入りに持ち物をチェックするが、今回はやむを得ない。

自分を信じて、鞄を閉める。

そのまま、鞄を掛けて玄関に向かう。


「お、もう行くの?」

「うん。行ってきます」


言いながら、家を出たから「行ってらっしゃい」もろくに聞こえなかった。

まあいいや。

自転車を出して、駅に向かって出発する。



「ありがとうございました」


怠そうな顔で、あたかも作ったかのような口調で礼を言われる。

コンビニを出て、集合場所の駅に向かう。

そういえば、朝バタバタしててふらわぁさんに返信をしていなかった。


『おはよう。今日はよろしくね』

『おはよう。朝、起きるの遅れて急いで出たから返信忘れてた。すまん』


一応、謝っとく。

適当に、ベンチに座りながらコンビニで買った水を飲む。

どんな感じなんだろうな。

髪型はボブなのかロングなのか。

匂いだとか雰囲気だとか、いろいろ妄想をする。

少しすると、返信が来た。


『駅着いた!どこら辺にいる?』

『南口を出たところにあるベンチに座ってるよ』

『わかった』


その返信を見て、心臓の鼓動が早くなる。

手で胸を触らなくても、心臓がバクバクしているのが分かる。

一秒一秒が、長く感じる。

スマホでも、見て緊張を抑えるかと思いスマホを開くと

『あ、見つけたかも?』と通知のところに書いてあった。

一気に心臓が鼓動する。

そして、周りを見渡す。


「ハル・・・さん?」


急に後ろから声を掛けられて、驚く。

駅の方から、来ると思っていたため南口の方を見ていた。

後ろを振り返ると、俺が驚いたことに対して笑っているふらわぁさんがいた。


「ハルですよ。っていうか、何笑ってるんですか」

「いや、面白いなーって。敬語じゃなくていいよ」

「あ、はい」

「ふふ」


また、ふらわぁさんがクスクス笑っている。

そんなに面白かったかな?


「あ、そうだ。会ってから言うのもあれだけど、ハルくんって本名なんて言うの?」


そういえば、本名を教えていなかった。

特に気にしていなかった。


「陽翔って言います。苗字は言わなくていいですよね」

「うん、大丈夫だよ。ていうか、また敬語になってるよ」

「あー、ごめん。まだ、慣れてないんだよね」

「ふふふ」


なんか、少し恥ずかしい。


「ふらわぁさんの本名は?」

「私は、はな。花だからふらわぁ」

「あ、そういうことか」


だから、ふらわぁという名前だったのか。納得した。


「それじゃあ、行こうか。くん」

「え、あ」

「ははは。面白い。急に本名呼び嫌だった?」

「いやじゃないけど、ちょっとビックリしただけ」

「あー、そういうことね。ははは。面白い」

「笑いすぎだよ」


花さんは意外と俺の事を受け入れてくれてるっぽい。

安心した。


「最初、どこ行く?」

「うーん。花さんはどこ行きたい?」

「私は、陽翔くんが決めたところ」

「なにそれ」

「いいじゃん」


とりあえず、スマホで付近に何があるか調べる。

カフェ、洋服屋、ゲーセン、映画館、カラオケ。

色々ある。

うーん。迷う。

俺は洋服を見に行きたいけど、花さんがそれで楽しいのかわからない。

映画館にするか。

いや、でも見たい映画が。


「陽翔くんって優柔不断だよね」


お姉ちゃんと同じことを言われた。


「そんなに、優柔不断?」

「うん。今、すごい悩んでるでしょ」

「よくわかるね」

「私は、どこでもいいよー。洋服屋とかさ」

「じゃあ、洋服屋にしよう!」

「うん」


例えで洋服屋を出してくれて、助かった。

二人で、駅の付近にある少し大きめのデパートに行く。

これじゃあ、完全にデートじゃないか。

少し、恥ずかしい。

時々、カップルを見かけ、『花さんとあんな風になれたらなあ』

と思う。

自分は、恋愛には興味がない。

しかし、花さん自体には興味がある。

これが、恋なのかな。

そんな事を思いながら、デパート内にあるエスカレーターに乗る。


「陽翔くん」

「ん?」

「想像してたより、ずっとイケメンやね」


急に、イケメンと言われて照れる。

目をそらしたら、気づいたのか「フフ」とまた笑ってきた。


「そんなこと言ったら、花さんもかわいいと思うよ」

「そうかなー?まあ、痩せてる方ではあるけどね」


確かに、花さんは周りの女性と比べて痩せている方だ。

身長は女性の平均ぐらいだが、痩せている方だと見ただけでわかる。

ちゃんと料理は食べているのか心配になる。


「洋服屋って何階?」

「えーっと、4階だから次だね」

「わかった」


お互いスマホを触りながら、エレベーターで喋る。

そして、沈黙の時間が少し流れる。


「陽翔くんー。次、右と左どっち?」

「右だよ」

「ありがとう」


右手に曲がると、目の前に服屋があった。


「あ、これ可愛くない?」

「本当だ。花さんに似合うんじゃない?」

「うーん。私には似合わないよ」

「そうかな?」

「うん。あ、こっちの服は陽翔くんに似合いそう!」

「似合わないよ」

「似合うよ!きっと。自信持って!」

「絶対似合わないからさ」

「つまんないのー」


そういうと、花さんは奥の方に進んでしまった。

怒ってないといいな。


「あ、陽翔くんー。こっちの服の方が陽翔くんに似合うと思うー!」


怒ってないっぽい。よかったと少し安心する。


「どの服?」

「これこれ」


灰色がメインで白と黒のチェックが部分的に入ってる服だ。

本当に俺に似合うのかな?


「着てみてよ」

「えー。どうしよ」

「お願いー。試着室すぐそこだから!ね?」

「しょうがないな」


買う気はないが、似合っているかもしれない。

とりあえず、服をもって試着室に入る。

上を脱いで、服を着る。

自分でも意外と似合ってる気がする。

カーテンを開けて、花さんに見せる。


「お、すごい似合ってるよ!買っちゃえば?」

「そうかな?どうしよう」

「かっこいいよ」

「うーん。他の服も見たいな」

「じゃあ、見に行こ!」

「わかった」


試着室で、元の服に着替える。

試着室を出て、服をかごの中に入れる。

花さんが「こっち、こっち」という方についていく。

今思ったら、女子と二人きりで服屋どころか買い物すらしたことがない。

これだとデートだ。一瞬、心臓が強く鼓動する。

花さんと一緒にいるの楽しいな。

そんな事を思っていると、花さんが「この服似合いそうだよ」と言ってくるのが聞こえる。

花さんの方に向かうと、半分黒で半分白色のパーカーに指を指していた。

パーカーは、着てればおしゃれだと思っているせいか似合うと思ってしまった。


「じゃあ、試着室で着てくるね」

「うん!」


さっきの試着室に行き、着替える。


「どうかな?」

「似合ってるよ!さっきの奴と両方買えば?」

「うーん。お金ないから、どっちかにするわ」

「じゃあ、どっちにするの?」

「うーん。」


どっちにしよう。

優柔不断がまた発動する。

迷う。


「陽翔くん、迷いすぎだよ」と笑いながら言われる。

白黒のパーカーの方が個人的には好きだ。

だけど、家にある服とパーカーが似合うとは思わない。

チェックの入った服は、似合いそうなズボンもあれば相当おしゃれになる気がする。

どうしよう。


「そんなに迷うなら、私が決めてあげようか?」

「お、じゃあ、お願い」

「うーん。白黒のパーカーにしよ!すごい似合ってた」

「わかったー」


白黒のパーカーをかごの中に入れて、そのままレジに向かう。

花さんは、買っても外出をする機会がないから買わないらしい。


「陽翔くん、次はどこいく?」

「うーん。花さんは行きたい場所ある?」

「んー。あ、映画見たい!」

「じゃあ、映画館行こう」

「うん」

「花さんは見たい映画とかあるの?」

「なんだっけ。名前が出てこない」

「名前出てこなくても、行ったらわかるよ!」

「だね」


そんな会話をしながら、デパートを出て映画館に向かう。

思ったより服屋にいたせいか、後少しで昼になるようだ。

映画を見たら、一緒に昼ごはんを食べに行きたい。

女子と二人きりでご飯なんてしたことがない。

少しだけ緊張する。


「陽翔くんー。映画館、見えてきたよ」

「本当だ」


そのまま映画館に向かう。

中に入ると、冷房が効いていてとても居心地が良かった。

チケットの販売所に行って、映画を決める。


「花さんが見たいって言ってた映画ある?」

「えーっと、これ!」


花さんが指を指したのはアドベンチャー系の映画だった。

その物語は、突然、東京都内に大きな青色のピラミッドが地中から出てくるところから始まる。

主人公は都内に住む社会人。

ある日、家に一つの封筒が届く。

封筒の中身は、そのピラミッドに入れる許可証みたいなものらしい。

選ばれた10人が青いピラミッドに入る権限がある。

その10人が、青いピラミッドの謎を解いていくというものらしい。

広告で流れてきたのを、見たくらいだからこれくらいしかわからない。

自分の中でも、結構気になる方だったから好都合だ。


「陽翔くんもこれでいい?」

「うん」

「じゃあ、決まりね」


そういうと、チケット販売の台をポチポチ押し始めた。

高校生は千円らしい。

お金を入れると、小さいチケットが2枚出てきた。

片方は俺の、もう片方は花さんのものだ。

チケットを手に取って、時間通りにシアターに移動する。

やる気がないのかだるそうにしている人にチケットを渡して、チェックをつけてもらう。

シアターに入ると、思ったより人がいて驚いた。

指定した席に花さんと隣同士で座る。


「私、映画見るの久しぶりなんだよね」

「俺も」

「陽翔くんは前に何見たの?」

「えーっと、なんだっけ」

「ちゃんと思い出してよー」

「思い出してるけど、名前が出てこないんだよね」


適当に会話をする。

ちょっとしたら、映画の始まる直前に流れる映画泥棒が流れる。

もう少しで始まる合図だ。

ワクワクする。



映画が終わり、エンドロールが流れ始める。

エンドロールを最後まで見ようと座ってる人もいれば、途中で帰る人もいる。

花さんも俺もエンドロールを最後まで見る派の人間だから、終わるまで残る。

エンドロールが終わり、席を立つ。


「面白かったね」

「うん」

「この後どうする?陽翔くんお腹空いたでしょ?」

「確かに。お腹空いた」

「じゃあ、昼ご飯食べに行こ」

「うん」


映画館を出て、スマホを取り出す。


「花さん、食べたいものとかある?」

「んー。なんでもいいよ。陽翔くんは?」

「俺は、うーん。なんでもいいかな?」

「じゃあ、サイゼリヤとかにしよっか。安いし美味しいし」

「おっけー。調べるね」

「わかった」


検索で『サイゼリヤ 近場』と調べる。

出てきた欄から一番上のところを押す。

徒歩5分ほどで着くようだ。


「徒歩5分くらいで着くらしいよ」

「わかった。ついていくね」

「うん」


スマホを見ながら、サイゼリヤのある方向に向かう。

この後、何をしようか考えながら歩く。

あっという間にお昼になった。

今日も、ボーっとしてたらいつの間にか終わってるのかな。

一日一日が遅く感じる。

でも、別の事をしたりしていたら一秒一秒とすぐに時が経つ。

大事にしないとな、なんて、自分で何を考えているのだと思う。


「あ、花さんご飯食べ終わった後何する・・?」


え?

後ろを振り返ったら、花さんがしゃがんでうずくまっていた。

急いで、走って駆け寄る。


「花さん、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫だよ。いつもの貧血」

「貧血なんだ。歩ける?」

「うん。大丈夫だよ。先行ってて」


そういいながら、花さんがよろつきながら立つ。

今にも倒れそうだ。


「本当に大丈夫?」

「う、ん」


花さんが立ったと思ったら、すぐに倒れる。


「花さん!おーい!」


返事が帰って来ない。



花さんが倒れた後、すぐに救急車を呼んだ。

病院の人から、花さんが持病を抱えていた事を教えてもらった。

そして、この病院で闘病生活を送っているらしい。

病院の方曰く『少し散歩に行ってくる』と言い、俺と会いに来てくれたらしい。

持病を抱えているなら、言ってくれればよかったのに。

花さんの症状は非常に最悪な状況らしい。

服屋にいる時、『出かける機会がないから』と言っていた事を思い出す。

夏休みが始まり、花さんと絡んでから2週間近く経っている。

たった2週間だ。

それでも、好意を抱いている。

このまま死んでしまったらどうしよう。

深く深く考えて、最悪な状況を想ってしまう。


「陽翔さんはどうやって花さんと知り合ったの?」


急に質問をされたため、一瞬ビクッとなってしまった。


「えーっと、ネットで出会いました。」

「ああ、そうなのか。花さんが持病を抱えていることは?」

「いえ、知りませんでした。」

「そうなのか。まあ、こちらも最善を尽くしてみる。一応、花さんの保護者の方に連絡は取っておいた。」

「わかりました。すみません、外の空気を吸って来ます」

「わかりました」


病院の部屋を出て、エントランスに向かう。

エントランスを出て、花壇のレンガに腰を掛ける。

花さんがこのままいなくなってしまったらどうしよう。

こういう面で初めて、花さんの事が心から好きだという事を理解する。

膝を立てて、顔を隠す。

声が外に漏れないようにして、思い切り泣く。

ここにいても、何もできない。

今日は疲れたな。

緊張して疲れた。泣いて疲れた。

家からここまでは徒歩でも、2時間くらいで着くらしい。

ゆっくり、歩いて帰ろう。

一歩、一歩。

うつむいたまま、泣きそうになりながら重い足で歩く。

何も考えず、何も感じず。ひたすら、家に向かって歩く。



家に着いた。

途中、赤信号ではねられようかと思った。

鍵を開ける。


「陽翔、おかえりー」


お姉ちゃんの声が奥から聞こえる。

声を出す気力もない。

洗面所に行って、涙と汗で汚れた顔を洗う。

そして、部屋に戻って、ベッドに入る。

顔を枕に押し付ける。

そのまま、疲れで寝てしまいそうだ。

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