第10話 (5)県大会
夏の新人戦が終わると、すぐに県大会がやってくる。
県大会は各市や地区で行われた大会で四位以内に入賞した人間だけが参加する資格があるため、レベルは地区大会などよりも高くなる。
そんな県大会が行われるのは、県が多額の税金を注ぎ込んで作り上げたといわれている『県民アリーナ』と呼ばれる無駄に広い体育館だった。
「緊張している?」
アリーナの二階席でおれが胴を着けていると、佐竹先輩がやってきておれの隣の座席へと腰を下ろした。
今回の県大会には佐竹先輩以下、数名のS高校剣道部員たちも出場しており、S高校は県大会でそれなりに名前の知られている学校だった。
「いや、あの、大丈夫です」
いきなり佐竹先輩に話しかけられたため、おれは上手く言葉が出てこなかった。
「やっぱり緊張しているみたいだね。そうだよね、県大会は初めてだもんね。でも、花岡くんならきっと勝てるよ。新人戦の時みたいにさ。がんばってね」
佐竹先輩は笑顔でいうと、おれの肩に優しくタッチをしてくれた。
「がんばります」
おれの気合いは満タンになった。
佐竹先輩がおれに「がんばってね」といってくれたということは、これは「インターハイで優勝して、わたしを迎えに来て」といっているようなものだ。おれは勝手にそう解釈して、燃え上がった。
県大会は、新人戦とは違い一年生も二年生も三年生も関係なく戦うため、新人戦の時のように簡単には勝ち星に恵まれそうもなかった。なにしろ、県内から猛者たちが集まってきてるのだ。
S高校剣道部からは、主将である河上先輩を筆頭に三年生が四人、二年生が二人、そして一年生はおれという合計七名が出場していた。
一回戦、相手は隣の地区で優勝した三年生だった。体はでかいが、スピードはそれほどではなく、おれは素早い攻撃で相手を翻弄して、勝ち星を上げた。
一回戦の勢いをそのままに、おれは二回戦、三回戦と突破し、ついには決勝戦まで駒を進めた。
「花岡、お前凄いな」
三回戦で負けてしまった河上先輩が、おれに向かって言う。
「このまま、おれは優勝しますよ。そして、インターハイでも」
「大きく出たな。でも、お前だったら行ける気がするよ」
河上先輩はおれの背中を平手で思いっきり叩いた。
「行って来い」
河上先輩に背中を押されるような形で、おれは決勝戦の舞台に立った。
相手は県大会では常連だという別地区の三年生だった。最後の県大会を優勝で飾りたい。そんな気持ちが伝わってきたが、おれは無視をした。
おれはこんなところで立ち止まっているわけにはいかないんだ。おれはインターハイで優勝するまで走り続けなければいけないんだ。
多少、苦戦を強いられるかと思っていたが、決勝戦はあっけなく終わってしまった。
小手と抜き胴。
おれは圧倒的な強さを発揮して、県大会で優勝した。
もうこうなってくると、誰にも負ける気がしなくなってきていた。このまま、インターハイまで行って優勝して、佐竹先輩と付き合うんだ。そればかりが、おれの頭の中を支配していた。
県大会での優勝は地元紙にも掲載され、おれはちょっとした有名人になった。
警察の道場へ行けば、みんなから「インターハイがんばってこいよ」と声を掛けられ、近所を歩いていても知らないおじさんから「剣道がんばれよ」などと声を掛けられたりもした。
そして、なによりも変わった事は、夏休み明けに起きた。
朝、学校へ行くと下駄箱にラブレターが入っていた。最初は誰かのいたずらなのかと思っていたが、差出人の名前を見ると隣のクラスの女子だった。
しかも、それが一回ではなく、何度も続いたのだ。
放課後、部活が終わるのを待ち伏せされ、突然告白されたりもした。
なぜか、おれはモテるようになったのだ。
しかも、モテるようになったのは、女子に対してだけではなかった。
いままで口も利いたことの無いような不良の先輩から、声を掛けられたりもした。
「剣道がちょっと強いからって、調子に乗るんじゃねえぞ」
そんな言葉を浴びせられるのかと思っていたら「お前、凄いんだな。がんばれよ」などと励まされ、なんだか拍子抜けしてしまったりもした。
こんな調子になってくると、人間はどうしても天狗になってしまう。
だが、おれはこの程度のことでは天狗になってはいられなかった。おれの目標はインターハイ優勝なのだ。こんなところで天狗になっている暇などはないのだ。
おれの練習はさらに苛烈になっていった。
授業中に眠っていても、先生は怒ることはなくなっていた。それだけが、おれにとって助かったことかもしれない。
そして、ついにインターハイの日を迎えた。
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