第9話 (4)過去との決別
決勝の相手は同じ中学で、一緒に剣道部にいた
旧友との再会。それも決勝戦で。そんなドラマチックな展開が待っているかと思えば、そうではなかった。
おれは、大浦のことが嫌いだった。
中学一年生、二年生と成長期がやってこなかったおれは、身体が大きかった大浦にいじめられながら剣道をやっていた。
試合稽古だと言って、小突き回されたこともあった。いくらおれでも身体の大きな相手には敵わなかった。もちろん、いつか復讐をしてやろうと思ったことはあった。殺してやりたいほど憎いと思ったこともある。
そんな大浦がいま、おれの前に立っている。
「はじめっ」
審判の声が体育館に響いた。
S高校剣道部員たちの歓声がおれの耳に届いてくる。
正面に立つ、大浦は薄ら笑いを浮かべていた。あの頃、おれのことを竹刀で小突きまわしていた時と同じ笑みだ。
頭に血が昇るかと思っていたが、おれは意外に冷静だった。
正眼に構えた大浦だったが、構えには隙があった。左の脇が浮いている。それはよく顧問の先生に注意されていた点だった。その癖は今でも直っていないようだ。
おれは素早く踏み込むと、大浦の左小手に竹刀を打ち込んだ。
大浦は何の反応も出来ていなかった。小手を打ち込まれてから気がついた、そんな感じだ。
「小手あり、一本」
審判がおれの旗を上げる。
大浦は狸に化かされたような表情でおれを見ていた。
中学三年の夏、おれの剣道の腕がめきめきと上達し始めた頃、大浦はすでに剣道部の練習には来なくなっていた。私立高校を受験するためだ。だから、大浦は強いおれを知らない。大浦が知っているのは身長が低く、からかうにはちょうどいい的となっていたおれだけだ。
もう、そのおれはいない。お前の目の前にいるのは、あの時のおれじゃないんだ。
再び、大浦と向かい合った。大浦の目が怒りのこもった威圧的な目に変わっていた。あの頃、おれを脅かすたびになっていた目だ。おれはその目つきを恐れていた。また竹刀で小突き回されるのではないかと思い、恐れていた。だが、いまは何とも思わない。ただの虚勢にしか見えない。
こんな試合は無駄だ。遺恨も何も無い。
大浦はおれにとっては過去の人間だ。おれが目指すのはここの頂点ではない。もっと上だ。おれはインターハイで優勝しなければならないんだ。
おれは軽く息を吐き出すと、一歩踏み込んで、先ほどとまったく同じ左小手に竹刀を打ち込んだ。
「小手あり、一本。白の勝ち」
審判の声に、大浦が肩をがっくりと落とすのが見えた。
おれは誰からも一本も取られることはなく、新人戦トーナメントで優勝した。
新人戦では四位以内に入っていれば、県大会への出場権が得られる。
そして、県大会で優勝すれば、待っているのはインターハイだ。
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