3

 耳鳴りが絶えず庄吉を追い詰める。どうしようもなく凍てついた冬の夜。不規則に時計の針が進んでいく。

 押し込められた六十人の生徒が密室に閉じ込められ、シンと静まり返った教室で天使の翼を育てていた。


 天使が羨ましかった。十分な愛情に応え、誰に習ってもいないのに友情を育むやり方を知っていて、お膳立てされた栄光を勝ち取る。社会的な笑みを使い分け、厚かましい聖人の真似事をしている。彼らに許された天使の特権が、堪らなく妬ましかった。

 

 庄吉、お前は出来が悪いね。モナリザのような笑みを振りまく講師がそう呟いた。

 侮蔑の表情が静かに語っていた。ここにいるのは場違いだ。お前のその小さな翼では羽ばたくことはおろか、成長することも叶わない。頭打ちだ。諦めなさい。


 静かな教室で転落するあの日のあの時を思い出した。冬の冷酷な空気が、不規則な息を白く染め上げ、諦念の涙を凍らせる。


 天使たちが栄光を掴み取る。永遠に一直線に続く、潔白で華々しい階段を駆け上がっていく。


 立ち止まってほしい。置いていかないで。言葉が喉元から出ていくことは無かった。喉が焼け爛れる。

 図々しい助けを求める声が音にならぬよう、喉元で飼い殺して、遂に庄吉は何も喋ることができなくなった。


 抜け落ちる羽に分け目も振らず、人間は走り出した。栄光の光に身を焼かれても、天使の姿が米粒のように見えなくなっても、人間は天使の足跡を追って走った。


 足元の奈落に足を滑らせ、焼け爛れた喉では助けを呼ぶことはできず、底の無い谷へ落ちていく。

 過熱された思考はまとまらない。まとまらなければ、潔白な翼を紡ぐことは叶わない。時間が足りない。すぐに春が来てしまう。春が来たら、天使を忘れてしまう。


 忘れてしまったら、俺は一体何者になれる?

 

 貧しい人間がいた。

 貧しい人間は、どうしようもないことだと曖昧に笑っていた。



 酷い耳鳴りだった、と汗を拭う。この時間だけ射し込む斜陽が粘り気のある体ですり寄る。じわりと上がる体温を知らないふりをして真っ黒なテレビを見つめ、終わったこと、いや、俺の意識が無くなるまで終わらないことを延々と考えていた。


 外は珍しく賑やかで、例の祭りが始まっていることは明らかだった。素寒貧の自分には関係のないことだ。だが、ひょっとすると、何か良いものがあるかもしれない。

 ここにいてもいつまた天使が現れるのか、そのことばかり考えてしまう。それならいっそのこと、足を痛めつけながら歩き回るほうがましだ。


 庄吉が部屋に散らばった小銭を搔き集め、ポケットに突っ込む。

 地域の祭りに一獲千金の夢を見ていると悟られぬよう、いたって普通の足取りで町の喧騒を頼りに祭りに足を向けた。

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